第19話
「お、やっぱりいたな」
草原地帯にたった一本、聳え立っている巨大樹の根元へ向かって俺は歩く。
歩いていくうちに、巨大樹の根元に1人の少女が立っている姿が見えてきた。
俺はイベントを起こすために、その少女に嬉々として近づいていく。
「どうかしたのか?」
「え…?」
俺が背後から話しかけると、少女がくるりと振り向いた。
赤毛でそばかすのある美少女だ。
手の中に、何か小さな生き物を大切そうに抱えている。
「それは…?」
「雛鳥。落ちてきたみたいなの」
赤毛の少女が巨大樹の上を指差した。
はるか上の枝に鳥の巣があり、そこから何羽かの雛鳥が顔を覗かせている。
どうやらあの巣から地上に一匹落ちてきてしまったようだった。
「落ちた時に怪我をしたみたいなんだけど…どうしよう…」
雛鳥の羽が血に染まっていた。
落ちてきた時の衝撃で翼の骨を折ってしまったようだな。
「助けてくれない?この子が可哀想なんだけど…私1人だとどうしようもなくて…」
少女が助けを求める台詞を口にする。
どうやらイベントが発生したようだ。
「任せろ」
イベントを起こすためにここにやってきた俺は、もちろん即答で引き受ける。
「本当!?ありがとう」
赤毛の少女が花が咲いたように笑った。
「じゃあ、まずはそいつの怪我を治そう」
俺はまず、少女が抱えている鳥の怪我を治すことにした。
必要なのは薬草のすり潰し、またはポーション。
回復魔法が使えるのならそれでもいい。
ちなみに初見でこのイベントを踏んだ時、俺はポーションを持っておらず、回復魔法も使えなかったため、薬草を草原地帯で探す羽目になった。
薬草を少女の元に持っていくと、それをすり潰して、傷薬を作り、怪我をした雛鳥を治療していた。
「ええと…や、薬草か…ポーションを持っていない?あればそれで直せるんだけど…」
「薬草ならある」
俺は薬草でいっぱいになった麻袋を少女に見せる。
「わあ!!こんなに!?」
少女が目を丸くした。
「これだけあればすり潰して、すぐに傷薬を作れるわ…!」
「あー…いや、ちょっと待ってくれ」
すり潰して傷薬、か。
この薬草はほとんどが高級の薬草だから、それだと明らかにコスパが悪いんだよな。
すり潰すよりも、売ってポーションを買ったほうが明らかに安上がりだ。
今の俺には、それよりももっとお手軽な方法がある。
「どうしたの?早くしないと雛鳥が死んじゃう…」
「薬草をすり潰すよりも…回復魔法の方が早くないか?」
「え、使えるの!?回復魔法!?」
「ああ。使える」
嘘だけどな。
「すごい…!!」
少女が目を輝かせる。
純粋な反応にちょっと心が痛む。
「少しの間目を瞑っていてくれないか?」
「どうして?」
「人に見られていると魔法に集中できないんだ」
「それなら…わかった。はい」
俺はそれっぽいことを言って少女に目を瞑らせる。
俺は少女の手の中の雛鳥に生と死の剣で僅かな傷をつける。
それから剣の力を発動させた。
「甦れ」
『ピィピィ!!!』
雛鳥の傷が癒えて、たちまち元気に泣き出した。
「もう目を開けていいぞ」
「す、すごい…!治ってる…!」
傷の完治した雛鳥を見て、少女が目を丸くする。
「さて…あとはどうやって巣に返すかだな」
俺は上を見上げる。
巣ははるか上空にある。
雛鳥はまだ自分自身では飛べないようだ。
俺が巣のあるところまで登って返してくる必要があるだろう。
「ど、どうしよう…何か方法はないかな?」
少女が困り顔になる。
もうちょいストーリーの後半とかになれば、空飛ぶ靴のようなアイテムとかも手に入ってこういう場合も楽にイベントクリアできるようになるんだが……
今はまだストーリーは序盤で、レアアイテムはないため、力技で解決するしかないな。
「ちょっと言ってくる」
「え…」
「雛鳥、かしてくれ」
「う、うん…!」
少女から雛鳥を受け取った俺は、腰に括ってある薬草袋の中に雛鳥を入れる。
『ピィピィ!!』
柔らかい薬草に包まれて雛鳥は元気に鳴いている。
「ど、どうするの…?」
「頑張ってのぼる」
雛鳥を入れた薬草の麻袋を腰に固定した俺は、生と死の剣と勇者の剣を両方とも抜いた。
そして二つを交互に巨大樹の幹に突き刺して上へと登っていく。
「す、すごい…!」
少女の感心した声がしたから聞こえてくる。
かなり無理矢理な方法ではあるが、レベルがカンストして身体能力もほぼ限界まで強化されている俺に
とって人間離れした木の登り方は案外楽勝だった。
「ほら、もう大丈夫だ」
『ピィピィ!!』
巣のある場所まで登った俺は、雛鳥を巣に返してやり、それから地面へとおりた。
「ありがとう…!!あなたのおかげで助かった!!」
降りると少女が駆け寄ってきた。
さて、イベントクリア報酬を貰おうか。
「お礼にこれをあげる」
そう言った少女が下げているバックから取り出したのは、虹色の実だった。
「体力回復の実!!三つ全部、あなたにあげる!!」
「いいのか?」
少女が差し出したのは体力回復の実だ。
食べるだけで体力が回復し、腹も満ちるという優れもの。
序盤のストーリーには欠かせない消費アイテムの一つだ。
「うん!!ぜひもらって」
「じゃあ、遠慮なく」
俺は体力回復の実を少女から受け取った。
「それじゃあね。また会えるといいな」
俺に体力回復の実を渡した少女は満足げににっこり
と笑って、背を向けて走っていってしまった。
「また、か…機会があったら来るかぁ…」
俺は遠ざかる少女の背中をぼんやりと眺める。
これ以降、あの少女は、巨大樹の根元を訪れた時にランダムで遭遇出来る存在となる。
そしてここで出会うたびに会話イベントが発生し、親睦が深まってくると最終的に攻略ヒロインに昇格するのだ。
「機会があれば、攻略するのもいいかもな」
一度少女を攻略したことのある俺は、会話の進め方などは熟知している。
他の推しヒロインを攻略した暁には、あの子の攻略に挑戦するのもいいかもしれないと俺は思ったのだった。
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