第10話


「ま、魔族…」


お告げの巫女が顔を顰める。


「な、なんだこいつ…」


「え…人…?でも…」


魔族を見たことがないアレルとアンナが、戸惑いの声を上げる。


「お二人とも、注意してください。彼は魔族。魔王復活を企む者たちです。騎士たちを殺したのも彼です…!」


お告げの巫女が、俺たちを庇うように一歩前に出る。


『そういうことだ!!俺は魔族…!!魔王様を復活させいずれはこの世界を支配する…!さあ、勇者はどいつだ…?教えろ…!2人の男のうちのどちらかなのか…?それともその女か…?』


魔族がぎょろぎょろと動く目で、俺とアレル、そしてアンナを順番に見る。


俺は魔族に注意を払いながら、このイベントの今後の展開を思い出していた。


このイベントは簡単にいうとアレルが勇者としての自覚を芽生えさせるイベントである。


『世界の終わりの物語』の実際のシナリオでは、アレルとお告げの巫女は、この魔族に追い詰められ瀕死となる。


そこでアレルの勇者としての力が覚醒し、格上である魔族を倒してしまうのだ。


…つまり今回に関しては放っておいてもアレルが勝手に魔族を倒してくれると思われる。


「…(頑張れよアレル)」


俺は心の中でアレルにエールを送りながら、様子を見守る。


『おい…誰が勇者なのか答えろ…!!全滅がお望みなのか…?俺の目的は勇者を殺すことだ…!!勇者が名乗り出れば、残りの3人は見逃してやろ

う…!!』


「「「…っ」」」


お告げの巫女、アレル、アンナの表情に迷いが生じる。


自分が名乗り出て残りの3人を助けようとでも考えているのだろうか。


「わ、わた…」


「…待て」


「…!?グレン…?」


名乗り出ようとしたアンナを俺が急いで止めた。


思った通りだ。


アンナなら絶対に自分を犠牲にして俺やアレルを助けると思った。


だが、その必要はないのだ。


魔族は覚醒したアレルが勝手に倒してくれるだろう。


「お、俺が勇者だ…!!」


少し遅れてアレルが名乗り出た。


よし、それでいい。


偉いぞアレル。


「いけません、勇者様…!」


止めるお告げの巫女を振り払って、アレルは一歩前に出る。


『ほう…?お前が勇者なのか…?』


魔族が前に出てきたアレルを見下ろして目を細める。


「そうだ…!俺が勇者だ!!」


『そうか…ククク…ではお前を殺そう…!!魔王様復活の前に、目障りな勇者は始末しておきたいからな!!』


「お、俺を殺せば…他の3人に手出しはしないな…?」


アレルが恐る恐る尋ねる。


魔族がニヤリと下衆な笑みを浮かべた。


『嘘だ。目撃者は1人も残さない。お前を殺した後に、後ろの3人も殺してやる』


「て、てめ…!」


『ふんっ!!』


「ぐほっ!?」


魔族が腕を軽く凪いだ。


すると、アレルの体が吹っ飛んで転がる。


「アレル…!!」


「勇者様…!」


お告げの巫女とアンナが声を上げる。


「ぐぅう…」


たった一発で瀕死となったアレルが、地面に膝をつき、口から血を流す。


『ククク…勇者よ…さあ、お前の力を俺に見せてみるがいい…!』


魔族がかかってこいとでもいうようにアレルに手招きをする。


さあ、アレル。


覚醒してそんな魔族なんか倒しちまえ。


アンナにかっこいいとこ見せるチャンスだぞ。


頑張れ! 


応援してるぞ。


俺はアレルの覚醒を今かいまかと待つ。


だが…


『む…?来ないのか?』


「あれ…?」


首を傾げる。


アレルがなぜかいつまで経っても覚醒しない。


立ち上がらないどころか、さっきの一撃で死にかけている。


「え、なんで…?」


おかしい。


全くもっておかしい。


これは勇者アレルの覚醒イベントであり、放っておいてもあの魔族はアレルが殺してくれるはずなのだが…


「あ…」


もしかしてアンナを助けたからなのか。


幼馴染だった俺やアンナが生き返ったことで、『始まりと終わりの村』のモンスター襲撃は、アレルの心に深い傷を残さなかった。


確かゲームの中のアレルは、故郷と幼馴染を失った深い悲しみと憎しみを勇者の力に目覚めるきっかけとしていたはずだ。


だが、今回は俺とアンナが助かってしまった。


だからアレルの勇者としての力が覚醒しにくくなっているんじゃないのか…?


『ずいぶんとか弱い勇者だな…お前、本当に勇者なのか…?おらぁ!!』


「ぐぁあああああ!!!」


魔族がアレルの元に歩いて行って、その腹に蹴りを入れる。


アレルが悲鳴をあげ、メキメキと明らかに骨の折れている嫌な音がする。


「勇者様…!!」


お告げの巫女が駆けつけようとするが…


「邪魔だ!」


「きゃっ!?」


魔族に簡単に吹き飛ばされる。


お告げの巫女に戦闘能力はない。


「え…どうしよう…」 


俺は焦る。


アレルが覚醒しないのだとしたら…ひょっとして俺が戦わなくてはいけないのだろうか。


「ぐ、グレン…私が囮になるから…グレンだけでも逃げて…!」


そういったアンナが魔族に1人で向かって行こうとする。


「あぁ!!くそ!!」


ここで全滅するなんて、最悪の結果だ。


せっかく助けたアンナを死なせては意味がない。


「やればいいんだろ…!」


俺は魔族と戦うことに決めた。

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