第4話


「俺は何も見なかった…うん…そうだ…」


目の前に表示されていた半透明のステータスウィンドウは、俺が歩き出すと自然に消えた。


レベル999。


『世界の終わりの物語』におけるレベル上限の数値が見えたような気がしたが、うん、多分気のせいだろう。


俺はバグのようなステータスを見なかったことにして、洞窟を出た。


『グルルルル…』


「…っ!?まだいたのか…!」


洞窟の外に出てみると、くる時に襲われそうになったホワイトウルフがまだそこにいて待ち構えていた。


「…いなくなるまで待つか…いや」


一瞬洞窟の奥に引っ込んでホワイトウルフが去るのを待とうとも思ったが、もはやその必要はないと気づいた。


俺は手の中の『生と死の剣』を構える。


「大丈夫…少しでも擦れば、俺の勝ちだ」


地名賞を与える必要はない。


あのホワイトウルフに、この生と死の剣でかすり傷を与えるだけで討伐は可能だ。


「…いずれは通らなくちゃいけない道なんだ」


この世界に転生した以上モンスターとの戦闘は避けては通れない。


俺は覚悟を決めて『生と死の剣』を構えてホワイトウルフに向かっていく。


『グルルルル…』


「よし…来い!」


『ギャンッ!?キャンキャン!!』


「あれ…?」


妙なことに、俺が生と死の剣を持って近づいていくとホワイトウルフはまるで俺を怖がるかのように後ろに引いていった。


まさか生と死の剣の強さを知っているのだろうか。


いや、ゲーム内では強いアイテムを持っているからといって雑魚モンスターが逃げ出すというようなことはなかった。


彼らにそんな知能はないはずである。


「おい待てよ…!」


『ギャン!!』


結局、ホワイトウルフは走って逃げていってしまっ

た。


せっかくモンスターとの初戦闘の覚悟を決めた俺は、拍子抜けして肩を落とす。


「ま、いいか…帰ろう」


気を取り直して俺が村へ帰ろうとした、その時だった。


『グォオオオオオ…』


「…っ!?」


背後から低い唸り声が聞こえて俺は思わず振り向いた。


『グォオオオオオ!!!』


「お、オーガ!?」


巨大な鬼が俺を見下ろしていた。


『世界の終わりの物語』の中盤以降に登場するモンスター、オーガだ。


生半可なレベルと装備では倒せないオーガが、序盤のフィールドである『始まりと終わりの村』に出てくることなんてゲームプレイ中滅多になかった。


さっきのホワイトウルフは、どうやら俺ではなく俺の背後のこいつを怖がって逃げ出したのだろう。


『オガァアアアアアア!!』


オーガが咆哮と共に巨大な腕を俺に向かって振り下ろしてくる。


「うおおおおお!!」


俺は引け越しになりながらもなんとか『生と死の剣』をオーガに向かって振った。


「擦りでもすれば…俺の勝ちなんだ…!」


実力で殺す必要はない。


少しでも攻撃を当てられれば、剣の力で殺すことができる。


そう思って放った一撃だったのだが…


斬ッ!!!


「は…?」


空気を切るような一閃が出た。 


『オガ…?』


直接剣の当たった腕どころか、オーガの胴体が切り裂かれ、真っ二つになる。


それだけでは終わらず、発生した斬撃が、衝撃波を伴ってオーガの背後の大木を切り裂いた。


ズウゥウウウウン…


二つに分かれたオーガの死体と共に、斬撃によって切り裂かれたいくつもの大木が倒れて地面をぐらぐらと揺らした。


「えっと…」


俺は自らの作り出した惨劇に、固まって動けなくなってしまう。


…どうやら先ほど見たレベル999という数字は気のせいではなかったらしい。




「おい、グレン…今日はどうしたんだよ…?全然やる気ないな」


その翌日。


俺はアレルとアンナと勇者ごっこに興じていた。


村の片隅で木の棒を持って、剣士さながらに撃ち合いをするのだ。


立会人はアンナ。


どちらの木の棒がより多く当たったかを判定するのだ。


「すまん…そんなつもりはなかったんだが…」


攻勢だったアレルが、急に攻撃をやめて不満顔で俺にそんなことを言ってきた。


どうやら俺が手を抜いているように見えたのが気に入らなかったらしい。


「いつものお前みたいに全力でこいよ…じゃねーと楽しくないだろ?」


「こ、これが俺の全力だよ」


「嘘つけ。なんか全然気合いが入ってないぜ」


鋭いことを言うアレルに、俺は汗を流す。


全力。


魔王を討伐し(無防備な心臓を刺しただけだが)、レベル999となった俺が全力を出せばアレルを怪我させるだけじゃすまなくなる。


アレルのいうように今日の勇者ごっこでは俺はアレルに怪我をさせるように細心の注意を払い、結果としてそれがアレルには手を抜いていると受け取られているようだった。


「アレル。グレンにそんなこと言わないの。きっと昨日、アレルにやられた傷がまだ治ってないんでしょ」


俺がどう誤魔化そうか迷っていると、アンナがそんなふうに助け舟を出してくる。


ありがたいので、俺は乗っかることにした。


「実はそうなんだ…すまんアレル。昨日はちゃんと休んだんだが、頭がまだ少し痛くてな」


「そ、そうなのか…それはすまん…」


アレルが慌てて謝った。


「そうか…まだ治ってないのか。そんなに強く当てたつもりはなかったんだが…けど、それなら今日はもう終わりにしたほうがいいな」


「そうしてもらえると助かる。明日は必ず本気で戦うから…」


「おう、楽しみにしてるぜ」


俺を気遣ったアレルが言い出し、今日の勇者ごっこは終わりになる。


アレルとアンナと分かれた俺はほっと安堵の息を吐く。


「さて…夜に備えるか」


俺にとって大事なのは今日の夜。


この村をモンスターの大群が襲うのか否かだった。


 



「も、モンスターが来たぞぉおおお!!」


「きゃあああああああ!?!?」


「うわぁああああああ!・!?」


「逃げろっ!!皆んな逃げろぉおおお!!」


その日の夜。


俺の予想に反して、『始まりと終わりの村』をモンスターの大群が襲撃した。


森の方からモンスターが押し寄せて村の人たちが逃げ惑う光景に俺は混乱する。


「ど、どういうことだ…?」


魔王を倒し、ゲームはクリアしたはずだ。


だが、ゲームのシナリオ通り、モンスターの襲撃が起こってしまった。


「魔王を殺せていなかったのか…?いや、そんなことはないはずだ」


俺は昨日確かに魔王を殺した。


莫大な経験値も受け取ったし、クリア報酬として『生と死の剣』も手に入れた。


ではどうして運命が変わらなかったのか。 


「まさか…魔王のいない状態でストーリーが進行している…?」


そんなことがあり得るのだろうか。


ラスボスが欠けた状態で、それでもこの世界はゲームのストーリー通りの運命を辿ろうとしているのか?


「考えるのは後だな…」


とにかく今は、アレルとアンナを探さなくては。


『世界の終わりの物語』のシナリオ通りなら、この襲撃によってアンナが死ぬ。


ひとまずはそれを阻止しなくては。


「邪魔だ…!」 


『グゲッ!?』


近くに寄ってきていた雑魚モンスター、ゴブリンを、俺は蹴飛ばす。


ゴブリンの頭が吹っ飛んで遥か彼方に飛んでいった。


俺は構わずに走り出す。


アレルとアンナは一緒にいるはずだ。


2人と合流し、アンナの死という運命を変えなくては…


「うわぁああああああ!?」


俺が2人を探して村の中を駆け回る中、聞き覚えのある悲鳴が聞こえてきた。


「あれは…アレル!!」


俺は声のした方に向かって全力で駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る