第3話
魔王の心臓が封印されている洞窟を目指して、俺は慎重に森の中を進んでいく。
『始まりと終わりの村』を取り囲む森には、モンスターが生息している。
モンスターは、『世界の終わりの物語』の設定上では、人の生息領域には滅多に現れないが、自分達の生息領域に人が足を踏み入れた場合は容赦なく襲うということになっている。
おそらくモンスターが俺を見つければ、俺を殺そうと襲ってくるだろう。
ガサガサ…
「…っ!?」
不意に背後で茂みの動く音がした。
俺はビクッと飛び上がり、背後を振り返る。
『グルルルル…』
「ほ、ホワイトウルフ…」
真っ白な狼が爛々と光る目で俺を睨んでいた。
モンスター、ホワイトウルフ。
『世界の終わりの物語』の中において、ゴブリンやスライムと並ぶいわゆる雑魚モンスターに分類される種類だ。
『グルルルル…』
「…っ」
ホワイトウルフが唸り声を上げながら近づいてくる。
ゲームプレイ時は単なる経験値にしか見えていなかったが、今目の前にいるホワイトウルフは、間違いなく俺の生存に対する脅威だった。
主人公であるアレクならまだしも、モブの村人である俺がホワイトウルフに戦って勝てる可能性はゼロにちかい。
「…っ!!」
『…!ガルルルルルッ!!』
俺は踵を返して走り出す。
背を向けて逃げ出した俺を、ホワイトウルフも当然追ってくる。
「うおおおおおお!!!」
『ガルルルルルッ!!』
全力疾走。
後ろは振り向かない。
俺は草木をかき分けて、多少頬や腕に切り傷ができるのもお構いなしでとにかく走り続けた。
「見えた…!!」
しばらくして前方に目立ての洞窟を発見。
『ガルルルルル!!』
「うおっ!?」
すぐ近くまで迫っていたホワイトウルフが、俺の背中に噛みつこうとする。
俺は必死に前方に転がって、ホワイトウルフの攻撃を回避した。
そして地面を這って、洞窟の中に転がり込む。
『グルルルルル…』
ホワイトウルフは、洞窟の中までは追ってこなかった。
何かを怖がるように、洞窟と一定の距離を取りながら、俺を睨んでいる。
「ふぅ…」
俺はなんとかここまで逃げ延びたことに安堵の息を吐いた。
この洞窟の中は、ゲーム内でもモンスターが追ってこないセーフティポイントだった。
早速ゲームの知識に救われた形だ。
「よし…行くか…」
深呼吸をして荒くなった息を整えた俺は、立ち上がり洞窟の奥に進んでいく。
暗い洞窟は、数人がようやく通れるほどの広さで、斜め下に向かってまっすぐに続いていた。
俺は転ばないように慎重に洞窟の中を進んでいく。
洞窟の中は確かモンスターの出現はなかったはずだ。
俺はそう言い聞かせ、恐怖を拭い払って足を動かす。
やがて行き止まりが見えてきた。
「あれか…!」
見つけた。
黄金に輝く宝箱だ。
その見た目は、ゲーム内のイラストと全く一緒。
この中に、封印された魔王の心臓があるはずだ。
「…っ」
俺はごくりと唾を飲んで、宝箱に耳を当てる。
ドクン、ドクンと中から脈動する声が聞こえる。
「間違いない…魔王の心臓だ…」
封印されし魔王の心臓。
その昔、魔王を倒した勇者が、その心臓をくり抜いてここに封印したのだ。
勇者アレルは魔王を探して世界を旅し、最後にはここに行き着く。
そして魔王の心臓を破壊して復活を阻止しようとするが、一足遅く、魔王復活を企む魔族に魔王を甦らされてしまうのだ。
「ゲームのラスボス…悪いが最初に倒させてもらうぞ」
俺の記憶が正しければ、現時点では魔王復活を企む魔族ですら、この場所に魔王の心臓が封印されていることには気づいていない。
今なら誰にも邪魔されることなく、魔王復活の目を積むことができる。
俺は宝箱を開けた。
そして中から脈動する魔王の心臓を取り出す。
「なんか悪いな…ズルしているみたいで…」
本来なら、用意されたさまざまなストーリーを辿った上でここに辿り着かないといけないのだが…
最初からここにきて無防備なラスボスを倒そうとしているのは、なんだかチートコードを使ってゲームをプレイしている気にさせられる。
「でも…こうでもしなきゃ俺は明日には死体に変わってるモブなんだ…ごめんな魔王」
俺は魔王に謝りながら、手に持った木の棒を魔王の心臓に突き立てた。
ドクン…
魔王の心臓がビクッと跳ねた。
「なんだ…?」
一瞬世界が揺れた気がした。
魔王の心臓の最後の揺れが、波紋となって周囲に拡散し、世界を揺らしたような気がしたのだ。
「…っ」
俺はごくりと唾を飲む。
動きの止まった魔王の心臓はボロボロと崩れ、やがて廃になって消えた。
シーンと静寂が辺りを包む。
「…どうなるんだ?」
とりあえず魔王を倒した瞬間にこの世界が消滅するという最悪のシナリオはなかった。
だが…これで明日のモンスターの襲撃を回避できるのか…?
俺がそんなふうに首を傾げたその時だった。
パンパカパーン!!!
目の前でファンファーレが鳴り響いた。
「うおっ!?なんだ!?」
目の前に半透明のウィンドウが。
そこにゲーム画面のログのような文字がずらりと並んだ。
“おめでとうございます!!
あなたは魔王を討伐し、この世界をクリアしました!!
報酬として『生と死の剣』が送られます”
「生と死の剣!!」
俺は思わず叫び声を上げた。
それは、『世界の終わりの物語』をクリアした時のクリア報酬であり、最も強力な武器の一つと言っていい。
『生と死の剣』という名前の通り、生と死を司ることのできる剣であり、その能力は、少しでもその剣で傷つけた者の生殺与奪を自由にできるというもの。
この剣を使えば、致命傷を負った者を瞬時に回復させたり、逆に少し傷をつけるだけでその者を死に追いやったりすることが出来るのだ。
つまり掠っただけでほとんど勝負に勝てるようなチート武器なのである。
「これが…そうなのか…?」
気づけば目の前の地面に一本の剣が刺さっていた。
俺はその剣を抜いて、確認してみる。
一方は緑の刀身、そしてもう一方は赤の刀身。
間違いない。
この剣は『世界の終わりの物語』で見た生と死の剣だ。
クリア報酬としてもらえる、最強のチート武器だ。
「も、貰っていいんだよな…?」
俺は恐る恐る呟いた。
もちろん返事は返ってこない。
「と、とりあえず戻るか…」
ひとまず地上に戻ろうと、俺は踵を返す。
その時だ。
「…っ!?」
ずきりと脳が痛んだ。
「なん…だこれ…!?」
まるでたくさんの情報を一気に脳に詰め込もうとするかのように、痛みと共に知らない情報が流れ込んでくる。
〜魔王討伐を確認〜
〜経験値百万を獲得しました〜
〜レベルアップを確認〜
〜レベルアップを確認〜
〜レベルアップを確認〜
〜レベルアップを確認〜
「…っ」
まるでゲームがバグったみたいに、頭の中でさっきゲームクリアを伝えてきたのと同じ声が、ひたすらレベルアップを告げてくる。
「…そ、そうだ…レベル…」
この世界にきてまだ確認してなかったことがある。
それはこの俺自身のレベルだ。
『世界の終わりの物語』では、主人公アレルのレベルは常に画面右上に表示されていた。
俺の現在のレベルは一体どうやって確認できるのだろうか。
「す、ステータス…」
ダメもとでそう呟いてみる。
その途端、目の目に半透明のウィンドウが現れた。
「ま、マジかよ…出やがった…」
俺はいまだに続いている頭痛に顔を顰めながら、自分のレベルを確認した。
===================
名前:グレン
職業:村人
年齢:12歳
レベル:1→999
攻撃:20→100890
防御:10→101200
敏捷:30→100340
魔力:10→100040
スキル:なし
直近獲得経験値:1000000
次のレベルまでの経験値:0(レベル上限)
===================
「えーっと…バグかな…?」
どうやら魔王を討伐したことにより、俺のステータスはカンストしてしまったようだった。
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