第2話


全くもって信じ難いが、どうやら俺は大人気RPGである『世界の終わりの物語』の世界に転生したようだった。


「悪かったな、グレン。ちょっとやりすぎた」


「大丈夫?グレン。どこか痛かったりしない?」


「だ、大丈夫だ…問題ない…」


俺のことを心配そうに見てくるアレルとアンナに無理やり作った笑顔を浮かべる。


ゲームの画面上にしか存在しないはずの2人が、今こうして目の前にいる。


そんな現実がいまだに受け入れられない。


「…グレン?なんでそんなにキョロキョロしてんだ?何か探してんのか?」


「グレン?なんかこの村に初めてきた旅人みたいだよ?」


俺が『世界の終わりの物語』が完璧に再現された村の風景に一種の感動を覚えていると、アレルとアンナが怪訝そうに俺のことを見てきた。


俺は慌てて首を振る。


「いや、なんでもないんだ…」


「そうか…それならいいが」


「とにかく…今日の勇者ごっこはもうおしまいね。グレン。今日は1日ゆっくり休んで?また明日会いましょう」


「そうだな…」


勇者ごっこ。


それは幼き頃の主人公、アレルが夢中になっていた遊びだ。


『始まりと終わりの村』で育ったアレルには、2人の幼馴染がいる。


1人がアンナ。


そしてもう1人が、この俺、グレン。


3人はこの村でいつも一緒にいて、暇さえあれば勇者ごっこという名の、棒切れを使ったチャンバラをして遊んでいた。


察するに、先ほど俺が気絶して倒れていたのは、アレルが勇者ごっこの最中に俺の額を思いっきり殴ったからなのだろう。


額に手を触れてみると、わずかにズキズキと痛む。


「ごめんな、グレン。それじゃあまたな」


「また明日ね、グレン」


「おう、また明日な」


俺が怪我をしたことで今日の勇者ごっこはお開きとなった。


俺たちは解散してそれぞれの家へ向かって歩いていく。


「確かグレンの家は…こっちだったな…」


頭の中に『始まりと終わりの街』のマップを思い浮かべながら、俺は『グレン』の家に向かう。


村のあちこちでは、住人たちが農作業をしていたり、木の株に座って休んでいたり、動物と戯れていたりと長閑な光景が広がっていた。


「まさかこんなことになるなんてな…さてどうするか考えないとな…」 


どうしてこの世界に転生したのか。


そのことを考えるのは後回しだ。


今の俺には考えなくてはならないことがある。


それは放っておくと、俺は明日にはこの村のどこかで死体になっているかもしれないってことだ。


「勇者アレルは幼き頃、故郷の村をモンスターの大群に襲撃され、失う。その際に、グレンもそしてアンナも、モンスターに殺されて死んでしまう…」


俺は口に出しながら、『世界の終わりの物語』の序盤のストーリーをなぞる。


『世界の終わりの物語』の序盤では主に、幼き勇者アレルを襲う悲劇が描かれる。


アレルの育った故郷の村が、モンスターに蹂躙されるのだ。


アレルは、目の前でグレンとアンナという2人の幼馴染が無惨にも殺されていくのを見て、悲しみに暮れる。


その悲しみが、アレルが勇者を志すきっかけになるのだ。


「もしこの世界のゲームのストーリーと全く同じ運命を辿るのなら…俺は死ぬ…そんなのはごめんだ」


主人公のアレルならまだ良かったかもしれない。


だが、グレンに転生してしまった手前、このままだと俺の死は確実だ。


それだけはなんとしてでも阻止しないといけない。


せっかく転生したのだから、俺はこの世界で精一杯生き抜いてみようとそう思った。


「となると…俺に取れる選択肢は限られてくるな…」


『始まりと終わりの村』は狭い。


どこかに隠れてモンスターの襲撃をやり過ごすのは不可能だろう。


かといってこの村は森に囲まれているため、そう簡単に脱出もできない。


…となると、俺に思い浮かぶ生き残るための選択肢はひとつしかなかった。


「魔王を倒して……ゲームをクリアするか…」



『世界の終わりの物語』のストーリーをものすごく大雑把に説明すると、主人公の勇者アレルが魔王を倒すまでの物語だ。


幼き頃にモンスターの襲撃で故郷の村を失ったアレルは、その後王都で勇者となる。


界隈では修行編と呼ばれている王都での訓練を経て力をつけたアレルは、その後世界の各地を仲間と共に旅して回る。


そしてさまざまな国、地域を旅した果てにアレルが行き着くのが、なんとこの故郷の村である『始まりと終わりの村』なのだ。


旅をするうちに、アレルが探している魔王がなんと自分の故郷の村の洞窟に封印されているという衝撃の事実が明かされることになる。


『始まりと終わりの村』という名称も、結局物語の終盤にはここへ戻ってきますよ、というストーリーラインの伏線となっているのだ。


すでにメインストーリーをクリアし終えている俺は、この世界のラスボスである魔王が、森の中の洞窟の最奥に『箱に入れられた心臓』という形で封印されていることを知っている。


つまるところ俺の考えとは、その魔王の心臓を刺してあらかじめ魔王復活の目を潰しておけば、ゲームはクリアされ、俺が死ぬこともないんじゃねというものだった。


「ま、あくまで自分勝手な都合のいい予想だけどな…」


魔王の心臓を刺したところで、ストーリーがなんの影響も受けずに進んでいく、という可能性ももちろんある。


あるいは魔王の心臓を刺した瞬間に、ゲームクリアとなりこの世界が消え失せるかもしれない。


…流石にそれはないと信じたいが。


「とにかく物は試しだ…何もせずにむざむざ殺されるのはごめんだしな…」


とは言っても、このままじっと何もしなければおそらく俺の死は確実だ。


であれば、思いついた策をとにかく試したい。


俺は家に向いていた足を、洞窟のある森の方へと向ける。


「…っ」


森の入り口に立って、ごくりと唾を飲む。


ここから先はモンスターの出る危険な場所だ。


これがゲームなら躊躇なく踏み込めたのだろうが……あいにく今はこの世界が俺にとっての現実だ。


コンテニューはできない。


一度死ねば、一巻の終わりかもしれないのだ。


「大丈夫…地形は把握している…俺なら洞窟に辿り着けるはずだ…」


幸いなのは、この世界がおそらく『世界の終わりの物語』の地図を忠実に再現したものだということだろうか。


今まで見てきた『始まりと終わりの村』は、ゲームの中のそれと酷似していた。


おそらくこの先の森の中の地形も、ゲーム内のそれとほとんど一致すると思われた。


「行くぞ…!!進むんだ、グレン!」


俺は自らを鼓舞するようにそう言って、覚悟を決め、森の中へと足を踏み入れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る