第3話『退院する事になったのだが』

 入院中はとりあえず、大人しく爺さんの指示に従った。体の方は特に問題なかったのだが、何しろ脳移植手術を受けたのだ。しっかりとリハビリに励み、軽い運動も出来るレベル迄キチンと確認された。

 言葉使いや行儀作法についても、徹底的に指導を受ける。国府宮あかりは裕福な家の一人娘なんだとかで、今迄自分ではちゃんとしていたつもりが、実はマナー違反になるとか、結構な数のダメ出しをもらう。44才の俺が、今更こんな事で悩まされるとは思わなかった。

 一番困ったのは、国府宮あかりの両親が面会に来た時だ。父親は仕事の都合で週末にしか来なかったが、母親は毎日見舞いに来た。

 最初に爺さんが嘘の説明をしてくれたのだが、俺は『国府宮あかり』になりきりつつ、記憶を失ったフリをしなければならない。

 本田宗一としての記憶はハッキリ残っているが、あくまで今の俺は9才の『国府宮あかり』である。どう受け応えするのが正解なのか?探り探り言葉を選びながら会話するのはマジで気を遣った。

 何とか誤魔化せた……のだろうか?多分大丈夫だろうとは思う。

 しかし、これから先ずっと演技を続けなくちゃならない事を考えると気が重いな……。

 『国府宮あかり』について知らない事も、徐々に情報を集めて補完していけばいいのだろうが、それ以前に本来の俺、本田宗一としての記憶があるからなぁ~。いっそのこと、本当に記憶喪失になっていた方がよっぽど楽だっただろう……。



 そして1ヶ月経過した。リハビリも終わり、『国府宮あかり』になりきる指導も一通り終えて、いよいよ退院する事になった。

 とりあえず新しい体には慣れたのだが、まだ新しい人生と向き合う覚悟は決まっていない。正直言って、不安しかないのだが……。

「なぁ伊能先生、俺本当に大丈夫なのかなぁ~?正体バレねぇかなぁ~?あ、それカン」

 退院を明日に控えた夜、俺はまた爺さんやナースを相手に雀卓を囲んでいる。

 何だかんだで入院中、毎晩のように院長室で麻雀を打つのがお約束みたいになっていた。

「まぁ大丈夫じゃろ。『国府宮あかり』として不自然な言動も無くなったしのぅ。分かっておるじゃろうが君の素の状態、『俺』なんて言葉使いをするのは、この部屋に居る時だけにしておくんじゃぞ?」

 爺さんはそう言って捨て牌した。それ、ナイスタイミング!

「ロン! 四槓子スーカンツ!」

 ハハハッ、マジで幸運の女神が俺に味方して来たかな?爺さんもナースも悔しそうにしてやがる。この入院生活の中で、麻雀を打つ事だけが唯一の楽しみになっていた。

「あ~、まだじゃまだじゃ。もう 半荘ハンチャンやるぞぃ」

 爺さんもナースも、まだまだやるつもりらしい。どうせ明日退院するんだ、トコトン付き合ってやろうじゃないか。

「しかし、君もいよいよ明日退院か……。新しい生活に疲れたら、いつでもこの病院へ遊びに来て良いんじゃぞ。またいつでも、この 面子めんつで麻雀をやろうじゃないか」

 爺さんがそう、しんみりとした雰囲気で言った。何だよ、俺が退院するのがそんなに寂しいのか?

「まぁ、麻雀の相手ぐらいはいつでもしてやるよ。小学生が夜に家を出るのは難しいだろうから、昼間になら大丈夫かな?」

 そう言いながら牌を混ぜ、チャチャっと並べる。指先の感覚も問題無い。最初の頃は上手く掴めずに、よく牌を崩したっけなぁ~。麻雀もある意味リハビリだ。

「時間の都合はこちらが合わせよう。それと、今回は上手くいったが、私にとっても初めての脳移植手術じゃったからのぅ。ちゃんと定期検査は受けるんじゃぞ?何か体の不調があったら直ぐ私の所に来るがいい。ホイ、ポンじゃ」

 一応、少しは俺の事を心配してくれているのか。人は見た目によらないものだなぁ~。だが、麻雀で情け容赦はしない。

「ロン! 国士無双コクシムソウ!悪いね、俺ばかり勝っちゃって」

 ここまでヒキが強くなると笑いが止まらねぇわ。今日も俺の一人勝ちになりそうだな。

「えぇい、ちょこざいな!まだ勝負は決まっておらんぞ!次じゃ次ッ!」

 爺さん、麻雀に関してはムキになるタイプだな。だが、そろそろ眠たくなってきた。トコトン付き合うつもりだったが、この半荘が終わったらお開きにしてもらおう。

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