第6話
カラカラと音がする。
(糸を紡ぐ車の音だわ)
そう思って目を開けると、緋色の吊り飾りが見えた。
花や馬の形に縫った絹に綿を詰めたそれは、子供の健やかな成長を願った、玩具としては少々値が張る物だ。
どうやら自分は仰向けに寝て、それを見上げているらしい。
「あら、起きたの?」
そう言って見下ろすのは、美しい衣を纏った若い女だった。豊かな黒髪を緩く結い上げ、額には華を象った「花鈿(かでん)」が紅粉を練った物で描かれている。
黒い瞳はやや垂れ目がちで愛らしく、耳には大粒の真珠の耳環が揺れていた。
璃夏はぱちぱちと瞬きし、身体を起こそうとして、はっとする。
(……私……死んだのよね…………)
牢獄から連れ出され、城壁から吊るされた。
足裏に感じた冷たさ、あの時の痛みと衝撃を、璃夏は生々しく覚えている。
首に伸ばそうとした手が視界に入り、更にぎょっとした。
(何……これ…………)
目の前にあるのは、ふくふくとした赤子の手だった。
「どうしたの、阿夏(アーシア)」
火がついたように泣き出した赤子を、女は慌てて抱き上げる。身を捩る赤子を慣れない手つきであやすが、一向に泣き止む様子がない。
見かねた乳母が手を伸ばした時、寝室の扉が開いた。
「どうしました、姉上」
「季月(ジーユエ)……」
季月と呼ばれた青年は、女の腕から暴れる赤子を抱き取る。
「どうした阿夏、お腹がすいたのか?」
常になく激しく泣く赤子を、季月は慣れた手つきであやす。腕を揺らしながら宥めていると、次第に泣き声は小さくなり、くずる程度になった。
「季月は阿夏をあやすのが本当に上手だわ…………駄目ね、私」
「私は慣れているだけですよ。姉上もすぐに慣れます。大丈夫、子供は皆、媽媽(まぁまぁ)が大好きなんですから」
落ち込む女に、季月は優しく微笑んだ。
「それにしても、阿夏は本当に愛らしいですね。目の色と髪は姉上に、顔立ちは義兄(あに)上に似ています」
「そうねぇ、旦那様はお綺麗だもの、阿夏が旦那様似でよかったわ」
「また、そんなことを…………姉上を娶りたい方は大勢いらっしゃったのですよ? 姉上が義兄上を選んでくれて、私はほっとしましたけど」
「おかしな殿方に引っ掛からないか、心配だったのよね?」
「ええ。何せ、姉上は優しくて人が良いですから」
「警戒心がなくて、騙されやすいと言いたいのでしょう?」
季月はそれを否定することなく、柔らかく微笑む。
ぷうと頬を膨らませる仕草は、女を幼い少女のように見せる。
「そろそろ義兄上がお帰りになる時間でしょう? 阿夏は私が見ていますから」
「ありがとう。いい子にしててね、阿夏」
女は赤子の頬をひと撫でして、部屋を出ていった。
「いつまでも、仲睦まじいことだね」
「ほんとうに」
季月の言葉に、乳母も呆れたように同意した。
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