第4話

翌朝、牢から引き出され連れて行かれたのは、後宮の端にある建物の一室だった。

かつては、罪を犯した妃が軟禁された「冷宮」として使用された場所で、璃夏も外から見たことはあるが、中に入ったのは初めてだ。

庭は荒れ放題だが、建物内は一応手入れされているらしい。何もない空間に置かれた豪華な椅子に、女が座っている。


「ご機嫌よう、晏皇后」


寂れた場所には不似合いな豪華な衣を纏った紅燕は、扇を手に微笑んだ。


「こんなところに連れ出して、何の御用でしょう?」


「もちろん、お話をするためですわ」


やや垂れ目がちの潤んだ瞳は庇護欲をそそり、豊満な肢体は欲望をそそる。

ねっとりとした話し方は相変わらずで、無邪気を装って投げつけられる悪意を含んだ言葉を聴くのは、心身ともに疲れきっている今、気が重い。


「話とは?」


「王の慈悲を受け入れて頂きたいの。藍芳様も、后であった貴女を殺したくはないのですわ。私とて、姉と慕った貴女の命が奪われるところなど見たくないですもの」


「…………」


「どうか、民の前で自らの罪を認めて、謝罪なさってください。そうすればーー」


「私の罪とはなんですか?」


「えっ……」


「王を唆し堕落させ、国費を浪費して贅沢をしていたのは貴女でしょう? 謀反について、私は全く知らなかったし、扇動などしていません」


「で、ですが、藍芳様はそうお考えになられています。この王宮に、貴女の言葉を信じる者はいませんわ」


「構いません。天と私自身が身の潔白を知っていれば、恥じることなく死ねます」


「死ぬのが、怖くないのですか?」


「貴女こそ、怖くないのですか? 多くを死に追いやり、国や民を裏切っていることに、恐れを抱かないのですか?」




皇太子妃から罪人の娘に落とされ、牢に入れられても、璃夏の矜持は折れていない。

紡がれる言葉も、紅燕を見据える瞳も、后であった時と何一つ変わっていなかった。

その事に、紅燕は苛立った。

立場はすっかり入れ替わった。

王の寵愛も、后の地位も、全ては紅燕の物の筈だ。

なのに、何なのだろう、この敗北感は……


(何処までも、嫌な女ね……)


苦境にあっても揺るぎなく、己を貫く彼女は、確かに后に相応しいのだろう。

だが、それこそが藍芳の心を遠ざけ、紅燕へと走らせたのだと、愚かな女は気づいていない。

紅燕は暗い笑みを浮かべた。


「お父上と弟君を亡くされたばかりの璃夏様に、申し上げるのは心苦しいのですが……私、藍芳様のお子を身籠っておりますの」


やや芝居がかった風に言えば、璃夏は驚いたように目を見開いた。

嫁いだ時、(*)初経(しょけい)もまだだった璃夏に藍芳は手をつけなかった。

四年の間、彼は寝所を訪れても璃夏を抱くことはなく、紅燕が側室となってからは、夜に顔を合わせることすらなくなったと、聴いている。

「女」として、これほどの屈辱はない。

紅燕だったら夫と側室を殺して、自死していただろう。


「見てくれる殿方もいないのですもの、その髪も必要ありませんわね」


側に控えていた護衛達が璃夏の両手を捕らえ、粗末な簪を引き抜いた。


「何をっ…………」


紅燕は背中に散った髪を掴み、小刀で断ち切った。







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