5章 最後の切符

5-1

「さあ! ついに時が来たようだねえ!」

 ダスクシティの拠点、チーム全員が集まった作戦会議室にマリアの声が響き渡った。

「時って……、トライアル・ファイナル・ラウンドのことか?」

 俺はトレーニング後の汗だくの体をタオルで拭いながら聞き返した。

 今日は朝から春の陽気に包まれており、運動後だとウェア一枚でも暑いくらいだ。

「当然、それもある。次のレースで勝てなきゃ終わりだからね。だけどそれだけじゃない」

 マリアは珍しく上機嫌そうに微笑んだ。

「ユーフェインタウンに行くんだよ」

 その地名を聞いた瞬間、俺以外の全員が色めき立った。

「やったね! 招待状届いたんだ!」

「ボクも実は行くの初めてなんだよね! 前から興味あったから楽しみだなー!」

 ルナとヘカテはいつにもまして盛り上がっている様子だ。

「……一体、そのユーフェインタウンとやらに何があるんだ?」

「あ、そっか! フーマは知らないよね。ユーフェインには名物があって、それが――」

「温・泉・だ!」

 マリアはいつの間にか取り出した扇子を片手に、歌舞伎の見得を切るようにして言い放った。

「……温、泉?」

 予想外の単語に俺はあんぐりと口を開けて聞き返した。

 日本で生まれ育った以上、もちろん温泉は知っているし入ったこともあるが、このファンタジー感満載の世界で温泉という言葉が出て来たことに驚いて脳みそがついていかなかった。

「ユーフェインは大陸随一の温泉地でね。年中客が訪れる一大観光地なんだよ。そんでもってこの時期にはユニコーンダービーの最重要トライアルレース、『ホットスプリングステークス』が開催される。『ホットスプリングステークス』は他のレースと比べても獲得トライアルポイントが高めに設定されてる上に、ユニコーンも温泉に入ることで休養が取れるっていうので大人気でね。そのせいで招待制になっていて、主催者側に選ばれたユニコーンしか出走できないんだよ」

「それじゃあ、今回プルーフはそのレースに選出されたってことか?」

「その通り! そして招待客にはもれなく最高級温泉旅館の宿泊権がついてくるのさ!」

 なるほど。それでルナもヘカテも、マリアすら浮かれているというわけか。女性に温泉好きが多いのはこちらの世界でも変わらないらしい。しかし温泉があるだけでなく、旅館という概念まで存在するとは。急に和風要素が強くなりすぎではないだろうか。

「確か三つの旅館の内から一つ選べるんだよね? どれにしようかなぁ。考えるだけでもワクワクしてくるね!」

「ボクは断然、九星苑(キュウセイエン)だねー。ホラ、九つの湯巡りができるってとこ」

「何言ってんだい! 昼は花見酒、夜は月見酒の遊月館(ユゲツカン)に決まってるだろ!?」

「……酒が旨いなら儂もそこで構わんぞ」

「えー! もうちょっとちゃんと調べてから決めようよぉ」

 急にわいわいがやがやし始めた皆のノリに俺だけ取り残されたような感じになったが、ルナがいつもより楽しそうにしている姿を見てたまにはこういうのもありかと思った。そして本格的に旅館選定討論を始めたチームの輪の中に入っていったのだった。

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