4-5
俺はルナの案内でロイヤル・アカデミアの校内を進んで行く。
校内には見たことのない生き物の標本や、巻物と本が収納された書棚が大量に並んでいた。人を含め生物の気配は感じられなかったが、時折ロボットのような人型の無機物が施設を徘徊していた。ルナの説明によるとそれらは自動人形(ゴーレム)と呼ばれる魔術師の使い魔で、魔法で指示された通りに校内の設備を整備し続けているのだそうだ。
ロイヤル・アカデミアはこんな風に見る者を飽きさせない不思議な建物だが、その中でも俺が最も興味を惹かれたのは『殿堂の間』という場所だった。
そこは天井の高い縦長の空間で、両脇にいくつものユニコーンの銅像が並んで置かれていた。銅像の台座にはそのモデルとなったユニコーンの名前や戦績、毛色などの特徴が彫られている。
「父の一族、ドヴォルザーク王家は昔からユニコーンの生産者(ブリーダー)としても有名だったんだ。ここに並んでいるのは王家が生産したユニコーンたちの中でも、とりわけ大きなレースを勝った名馬たちだよ」
「へえ……! ルナはブリーダーの家系だったのか」
そういえば元の世界でも西欧や中東にはブリーダーやオーナーとして競馬を嗜んでいる王族がいると聞いたことがある。どちらの世界でも権力者が楽しむスポーツとしての側面があるのだろう。
俺は一頭一頭順々に銅像を見て回ったが、一番奥に置かれた一頭の銅像はとりわけ大きく、美しい出来だった。台座の説明を読んでみると、最高ランクのレースをいくつも勝った馬だとわかった。
「その子は『エクセリオン』。ドヴォルザーク家の最高傑作と言われる百年前の名馬だよ」
「すごい戦績だな。ほとんど負けなしだ。あれ、でもユニコーンダービーは……」
「そう。ユニコーンダービーだけは負けてしまったの。だから別名『偉大なる銀(グレート・シルバー)』。ダービーで二着だったことと彼の毛が銀だったことからそう呼ばれているんだ」
「銀の毛?」
言われてみて確認すると確かに台座にも銀毛と書かれている。
「白毛か芦毛のユニコーンから突然変異で極稀に生まれるみたい。私も詳しくは知らないんだけどね」
「へえ! すごいな! 俺の故郷にはそんな体毛の馬はいなかったよ。一度見てみたいけど……。その血を引いているユニコーンはいないのか?」
「いるよ。というかフーマが一番よく知っているユニコーン」
「え? まさか?」
「そう。プルちゃんは『エクセリオン』の子孫なのです!」
ルナはにっこりと得意げに笑った。
「そうだったのか……」
ルナがプルーフのことを人一倍大事にしているのは、父親の一族と所縁があるからなのだろう。
「……獲ろうな。ダービー」
「うん!」
今の話を聞いたらより一層プルーフにダービーを獲らせてやりたいと思えてきた。先祖が果たせなかった夢を今度こそ叶えるのだ。
『殿堂の間』を後にした二人は長い廊下を渡り、『覚醒の間』へと辿りついた。
『覚醒の間』は十畳くらいの広さの簡素な部屋だった。校内の部屋の中では比較的地味な造りで、床に大きな六芒星の魔法陣が描かれているのと、その頂点の内の三つに青い炎が灯されている以外は他に何もない。もっといろんなマジックアイテムが用意されていて、それらを大量に使うのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「えーっと。俺はどうすればいい?」
「まずは魔法陣の中心で座って。そこで瞑想しながら自分の魔法を掴んで引き寄せるんだよ」
「……ごめん。ちょっと理解できなかった」
「えーっとね……」
ルナの説明によると、この魔法陣は目には見えないが強力な魔法が何重にもかけられており、魔法の才能が乏しい人でもすぐに自分の魔法を習得できる仕組みらしい。魔法の習得にはいろんな方法があるらしいが、この魔法陣は想起型と呼ばれるもので、過去の失敗の記憶をトリガーにしてそれを超えるための手段を実現できるような魔法を発現させるのだという。とはいえどんな事象も実現できるわけではなく、本人の適正によってできるものとできないものがあるらしい。
「今回の場合、レースで使う魔法だから、過去のレースでの失敗を振り返って、それを魔法を使って覆すイメージをすれば大丈夫だよ。私が補助魔法で過去のレースの記憶を思い出させるから、フーマはしっかり解決法をイメージしてね」
「あ、ああ」
過去の失敗を思い出させられるというのはなかなかにきつい試練だが、他に方法はないのだから了承せざるを得ない。
「成功すれば、そこの青い炎から呪文が書かれた紙片が出てくるからね。それじゃあ、一気に三連発行ってみよう!」
言うが早いかルナはいきなり呪文を唱え始めた。俺も慌てて意識を集中する。
ルナの声を聞くうちに夢の中のようなぼんやりとした感覚に入っていく。続いて周囲の音が消え、黒いバックスクリーンに映された映画のようにレースの映像が流れ始めた。
最初に流れて来た映像は直近のトワイライトステークスのものだった。第三コーナーの勝負所で、ヴェロニカの策略に嵌り身動きを封じられた。このレースはこのことが敗因だと捉えているから、何とかして状況を打開する方法を思い浮かべなければいけない。同じ映像を繰り返されること三度。いろいろ考えたが透明になって馬群を通るイメージを固めた。
すると「ボン!」という音ともに映像が次のレースに切り替わった。一つ目は上手くいったということだろうか。
二番目の映像はプルーフのデビュー戦だった。このレースでは最後にタキオンブーストが切れて負けてしまった。序盤にもっと前目につけるとか、追い出しをぎりぎりまで待つという技術的な課題もあるが、一番いいのはタキオンブーストが切れないことだ。そのためにはプルーフの魔力量が増えればいい。とすると、魔力量を増やすというバフのイメージでどうだろうか。俺が頭の中でそんな考えをまとめると、再び「ボン!」という音が鳴り、映像が切り替わった。
最後三つ目の映像はまさかの日本ダービーのものだった。異世界に来てからのレースだと思って油断していた俺は、思い出したくもない恥ずかしい記憶から目を背けようとしたが、瞳を閉じても映像は瞼の裏側まで追ってくる。この空間では答えを出さない限り、拷問のように記憶が繰り返されるのだ。
俺は何とかそこから抜け出そうと必死に解決案を練ったが浮かんで来ない。そもそも魔法がない世界の出来事なのに魔法で解決しようというのがイメージできないのだ。苦しい映像を何度も見るうちに混乱してきた俺は、あのダービーもユニコーンレースだったらよかったのに、と思い始めた。もし日本ダービーにプルーフと一緒に出れば絶対に負けたりしない。それなら必ずあの男にも勝てる。プルーフやルナたちと一緒なら……。
混濁した頭でそんな考えが浮かんだとき、三度目の「ボン!」という音がして、急激に現実の『覚醒の間』に意識を引き戻された。
「うっ!」
「あ、フーマ! 大丈夫!?」
何だかとても酷い船酔いをしたときのような感覚だ。吐き気と頭痛が激しく襲ってくる。
「ご、ごめんね! ちょっと無理させちゃったかな……。これ飲んで」
ルナが差し出してきた黄色い液体が入った瓶を飲み干すと、徐々に症状は治まっていった。
「よくなってきたよ。もう大丈夫。それで……、魔法は上手く習得できたのか?」
正直、自分の中で何かが変わった感覚はないのだが果たして成功しているのだろうか。
「うん! 大丈夫。これがフーマの呪文だよ」
ルナはそう言って三枚の紙片を手渡してくれた。
受け取って見ると、この世界の共通語で文字が書かれている。読み方はわかるのだが意味はわからない。呪文だからそういうものなのだろうか。
「今はどんな呪文かわからないけど、実際にユニコーンに乗って唱えればちゃんと発動するよ。成功してるから安心して」
「そうか。ならよかった」
魔法の効力はさておき、三つ揃っているなら『トライスペル』として登録できる。これでこれからのトライアル・ファイナル・ラウンドに挑むことができるのだ。
「ちょっと休んだらすぐに出発しよっか。登録期日ぎりぎりになっちゃったし」
「え? まだここについて一日も経ってないだろ?」
「あ、ごめん! 言い忘れてた……。『覚醒の間』は高速習得のために時間制御をかけてるから中にいるときの体感時間と実際の時間が違うんだ。だからもう外は期日前日の午後くらいかな」
「それは先に言っておいてくれ……」
危うく期限超過するところだったが何とか間に合ってよかった。
俺たちはその後すぐに裏口を通ってロイヤル・アカデミアを抜け出すと、来た時と同じランドシップに飛び乗った。
船の甲板に出ると、遠ざかっていくマギヤの城塞が夕日に照らされている様がよく見えた。
「フーマ、私が自分の生い立ちの話をしたとき、聞けてよかったって言ったよね」
「ああ」
「そう言ってもらえて、私うれしかったんだ。だから、よかったらフーマも自分のこと話して欲しいな」
「……つまらない話だけど、ダスクシティに着くまでの暇つぶしにはいいかもな」
「もう! そんなことないよ。聞かせて」
俺はルナに促されるまま、自分の過去を話した。
両親のこと。父が天才と呼ばれたジョッキーだったこと。父の背中に憧れてジョッキーになったこと。どうしても勝ちたい同期がいること。
その間、ルナは黙ってじっと俺の声に耳を傾けていた。ダービーの苦い思い出を除いて、思い出せることは全て語り終える頃には空には星が瞬き始め、船はダスクシティに近づいていた。
「……フーマも大変だったんだね」
「……どうかな」
「フーマと私は少し似てるのかもね。お父さんの存在からいい影響も悪い影響もどちらも受けてる。でもね。私はお父さんのことを大切に思ってるよ。フーマもきっとそうだよね?」
「……そうだな」
本物の天才だった父の存在が重荷に感じることもある。だけど父がいなければきっと俺はジョッキーになっていなかった。だから感謝しているし、未だに憧れているのだ。
今回の旅では魔法を習得できたことが一番の収穫だろうが、俺にとってはルナとお互いのことをわかり合えたことが何よりもうれしいことだった。
星明りに照らされた彼女の横顔を見ながら俺はそんなことを考えていた。
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