3-4
俺たちがコース入りすると間も無くレースは始まった。
プルーフは雪が解けて濡れた芝を気にした様子だったが、まずまずのスタートを切り、すぐに中団の後ろ辺りに取りついた。
よし! いい感じだ……!
俺はレースに集中しつつも、愛馬の成長を感じて嬉しくなった。
ここ二戦、プルーフは出遅れ気味のスタートを切り、殿からのレースを余儀なくされていた。それでも最後のタキオンブーストが強烈なおかげで二着、一着と結果を残せていたわけだが、よりハイレベルのレースになるとそれだけでは通用しない。極端なレースプランは展開に左右されるし、相手陣営に対策されやすいからだ。長所のタキオンブーストを活かしつつ、状況に応じてすぐに動けるポジションを確保するのがベストな戦術と言えよう。
そのためこの中間ではスタート練習と、スタート直後のダッシュを強化するトレーニングに取り組んできた。その成果が出て今、十八頭中後ろから五番目辺りの理想的な位置取りで進めているわけだ。人間でもそうだが、練習でできることを本番でも発揮するというのは難しい。それができるプルーフは競走馬としての重要な資質を備えているのだろう。
レースはグスタフの乗るバイコーン『ライトニングボルト』が先手を取り、他の馬を引き離して逃げる展開となっていた。ライトニングボルトから四馬身ほど離れて七頭が二番手集団、そこからさらに一馬身切れたところに五頭の中団(このグループの後ろにいるのがプルーフ)、残りの五頭はさらに後方を走っているという隊列だ。
十八頭の馬たちは今、スタート直後の直線を抜けて角度が緩やかなカーブへと差し掛かろうとしていた。
このノルデンブルクの競馬場はダスクシティのものと違い周回コースではない。馬蹄型と呼ばれるコースで、「コ」の字の角が丸まったような形状となっている。
ノルデンブルク賞典ではこの馬蹄型の端から端までを左回りに走る。最大の特徴である長いカーブは全長二千メートルのコースの内の半分近くを占めており、入り口こそ緩やかだがゴールに近づくほど角度が急になるスパイラルカーブとなっている。最後の直線は二百メートルとかなり短い上に、急勾配の登り坂が待ち受けているというなかなかに難しいコースだ。
決め手が持ち味のプルーフにとって容易ではない舞台だが、だからこそここで勝つことができればプルーフ自身にとってもチームにとっても大きな自信になるだろう。そしてそのためには何よりも仕掛けどころがポイントとなる。
俺は体内時計を駆使してペースを計りながらそのチャンスをじっとうかがった。
ここだ……!
先団が長いカーブの三分の二以上を過ぎた頃、ゴールまで残り八百メートルほどの地点で俺は動いた。
タキオンブーストは使わずにプルーフを促しスピードを上げる。内側を走っている前の馬たちの外を回って抜き、離れた先頭にいるライトニングボルトに迫っていく。
魔力量が少ないプルーフはタキオンブーストを長く使うことはできないが、体力を使ってのスパートを早めにかけることはできる。その分、いつもよりタキオンブースト時のスピードも落ちるが、この直線が短いコースの特性を鑑みればベストな作戦のはずだ。
「はん! 来たか!」
俺たちがライトニングボルトまで三馬身差の二番手まで迫ったところで、鞍上のグスタフが振り返って吼えた。
「待っていたぞ、プルーフよ。今、正に戦士の戦い方を見せてやろう! はぁっ!」
グスタフはそう言ってステッキを振るった。
ライトニングボルトがそれに応えてタキオンブーストに入る。ユニコーンとは異なる二本の角から赤い粒子が放出され、一気に加速していく。
この時、ゴールまで残り七百メートル。タキオンブーストを使うにはまだ早いタイミングではないのか。そう思った瞬間、グスタフは驚きの騎乗を見せた。
加速したライトニングボルトをコースの外側に向けて誘導したのだ。
「何っ!?」
当然のことだが、カーブを回っている時に加速すれば遠心力が強まり外に膨れる。それでは距離ロスが大きくなるので、普通はなるべく膨れ過ぎないように制御するのだが、グスタフはその逆のことをして一番外側である外周沿いを走らせたのだ。
しかし、本当の驚愕はそこからだった。
タキオンブーストで強化されたライトニングボルトの脚力によって地面が抉られ、俺たちの行く手に雪崩が起こったのだ。
「なっ!?」
ノルデンブルク競馬場は天然の地形を活用しているため、外周には柵の代わりに針葉樹が並んで生えていた。そのせいで日陰となった外周付近の地面だけ雪が残っていたのだ。加えてこのコースは後方から差す馬がカーブを回りやすいように、内から外に向かって地面に傾斜がついていた。これらの要因とライトニングボルトが与えた衝撃が重なって、雪が内側に崩落し、こちらの進路上に滑り落ちて来たのだ。
完全にコースの特性を把握した上での作戦だ。グスタフは最初からこれを狙っていたのか。
「ハハハハッ! 見たか! 自分の力で相手を打倒する。これが戦士の戦い方だ!」
戦士の誇りとか言っているくせに卑怯くさい手段を使うなよ!
俺は心中で毒づいたが、状況がまずいのは間違いない。
ライトニングボルトは元から雪を苦にしないのか、大してスピードを落とすことなく先を進んで行く。バイコーンはユニコーンよりも体高が低いため、バランスが取りやすいのもあるのかもしれない。だが、プルーフは元々綺麗な芝でスピードを生かすタイプだ。雪をかぶった滑りやすい芝は苦手なのだ。
どうする……!?
逡巡しているうちに雪が落ちたエリアが迫ってくる。本来の作戦ではもうタキオンブーストを使うべきタイミングだが、ここで使って効果を十分に発揮できるのか。
『路面が悪くなっている箇所もあるかもしれんが、それも踏まえて蹄鉄を選んでいる。だから足周りは気にせず思いっきりやってこい』
まさかルドルフはこの事態を想定していたのか。だとすれば、彼を信じて仕掛けるしかない。
「はっ!」
俺は即時に判断してステッキを振るい、タキオンブーストを発動させた。
額の角から黄金の粒子が溢れ始める。それと同時に人知を超えた力がプルーフの四肢にみなぎった。俺とプルーフは一迅の風となり雪が積もる一帯に突っ込んだ。
よし……! 大丈夫だ。
最初に前脚が雪を踏む瞬間はヒヤリとしたが、懸念していたような大きな減速はなかった。プルーフの蹄はしっかりと地面を捉えている。さすがに乾いた馬場を走るときよりも速度は落ちるが、持ち味の超速タキオンブーストを遺憾なく発揮できていた。
これなら届く!
俺はそう確信して前のグスタフの背中を見据えた。それを裏付けるようにプルーフはぐんぐんとライトニングボルトに迫っていく。
残り百メートル。すでに長かったカーブを抜けて最後の直線に入っている。ライトニングボルトとの差はもうわずかだ。
「おのれ! ここで負けてなるものか!」
グスタフは自分の作戦が思ったほど効かなかったことに焦ったのか、吼えながらステッキを振るった。しかし、もうライトニングボルトに余力は残されていなかった。カーブの外周を回って大きく距離ロスしたことが響いたのだろう。赤い粒子の放出も消え、速度が落ちていく。
一方でプルーフはタキオンブーストをまだ持続できていた。道中でじっとタイミングを待ち、脚を溜めてきた結果がここに活きたのだ。明暗が分かれた二頭の順位は残り五十メートルを過ぎるところで一瞬にして入れ替わった。
芦毛の馬体はそのまま真っすぐに直線を突き進み、ライトニングボルトを三馬身以上突き放して先頭でゴールしたのだった。
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