第2話 Aさんとの再会
俺たちは土曜日の昼に銀座で待ち合わせをした。俺はすぐに「会えないかな?」と送ると、彼女からすぐに「いいよ」と返事が来た。人妻かも知れないから、相手がどんな暮らしをしているか知らないうちは、夜は誘わないようにしている。
『太っちゃってわからないかも』
Aさんはメールに書いていた。早く言ってくれればよかったのに!と、俺はがっかりした。
でも、すでに約束してしまった後だから、今更白紙には出来なかった。彼女の方も俺に会いたがっていたし、あの後、彼女がどうなったか知りたかった。そう、彼女は総務部の上司と不倫をしていたんだ。上司といっても俺と同じくらいの年齢の人で、その人は課長だった。そのくせ、Aさんは俺とも遊んでいたわけで、絶対に幸せになれない生き方をしていた。
俺の予想では、Aさんは別の男と出会って、普通の結婚を選んだんじゃないかと思っていた。不倫は実らないもんだとよく言われる。運よく略奪婚しても、結局、浮気されて離婚するってのはドラマの見過ぎだろうか?
彼女は総務だったから、何かしら用があるから話しかけやすいし、よくデスクの周りに男が集まっていた。誘われることも多かったそうだ。
彼女は、「あの人に飲みに誘われた」、「付き合って、って言われた」という、自慢なのか何なのかわからない話をよくしていた。俺は相手の男たちを知ってるから、真面目そうな人だったら交際を勧めていた。
「絶対、そっちの方がいいって。君も28だから、そろそろ結婚考えたら?」
「でも、つまんない人だから嫌」
「つまんない人ってどんな人だよ」
その女の方がよっぽど中身のない人間だった。
Aさんの魅力は、清楚に見える外見と中身のギャップだと思う。一見愛想がいいんだけど、話してみるとすごく柄が悪かった。タバコは吸うし、酒は飲むし、車が好きで趣味がモータースポーツという男前な人だった。実家が車屋さんで、山道でレースをやったりしてると言っていた。こういう人を結婚相手に考える人はあんまりいないかもしれない。会社はコネで入ってて、仕事はかなり適当だった。みんなが残業してても、自分だけ先に帰るような感じで、同性からは嫌われていただろうと想像する。それなのに、美人だから男にはモテた。
***
待ち合わせの時間になっても、その辺にきれいな人は立っていなかった。太ったおばさんが端の方に立っていた。身長160センチくらいで、ものすごい爆乳。胸元に小玉スイカが二つ詰まっているみたいだった。スケスケの水色のワンピースを着てるんだけど、胸元がはちきれそうで、腹も三段腹。まるで欧米人みたいな体型だった。そういう人は「男が私の胸を見てた」と勘違いする気がした。その人がこっちを見た時、俺は思わず顔を背けてしまった。とりあえずメールを送ろうと携帯を見た。
「江田君?」
「え?」
俺は振り返るとさっきのおばさんが立っていた。
「やっぱり。イケメンがいると思ったら江田君だった」
俺は苦笑いした。Aさんは俺より7個くらい下なのに、前から”君付け”で呼ぶ。イラっとするけど、若い頃はかわいいから許せていた。今は違う。
「元気そうだね」俺は取り合えず言う。
「それがそうでもないんだよね」
「そっか・・・40過ぎると色々あるよね。どうするこれから?食いたいものとかある?」
「〇〇〇に行ってみたいなぁ」
高級ホテルの名前を言った。高い飯を奢らせられて、その後、部屋を取ってという流れになりそうだったから、俺は断った。「俺、そんなに稼いでないから」
「え、そうなの?意外」
「日系企業に転職したから」
「へえ。そうなんだ」
彼女はがっかりしていた。
「ごめんね。がっかりさせて」
俺は食い物に金をかけるのが好きじゃないし、彼女には高い飯をおごりたくなかった。年を取って好感の持てない感じになっていたからだ。
「スカイラウンジ行ってみない。リニューアルしたっていうから」
スカイラウンジは交通会館にあるレストランで、前は回転するレストランとして有名だった。
でも、今は回転がなくなったそうだ。
「え、あんなとこに行くの?」
「ダメ?」
「いいけど」
本当に嫌な女だと思った。若い頃ははっきり言うところがカッコよく見えていたけど、今は無神経でいらだちを感じていた。そのレストランは高級と言うほどでもないけど、そんなに安いわけじゃないから、別の人と来ればよかったと思った。
「じゃあ、行こうか」
「うん、腕組んでいい?」Aさんが俺の腕に触って来た。
「嫌だよ。知ってる人に会うと恥ずかしいから」
「そうだよね。ごめんね」
近くで見ると化粧は浮きまくってるし、眉毛とアイライナーはアートメイクで不自然で、一緒に歩くのが恥ずかしかった。今も独身で結婚相手を探してるんだろうか。
俺たちは店に入ったけど、あまり人のいない一角にしてもらった。Aさんの声が大きいからだ。俺とAさんの関係は・・・他人から見たらどう見えるだろうか。夫婦?友達?不倫相手?俺たちは変な組み合わせだった。
「相変わらず遊んでるの?」Aさんはずけずけと尋ねる。
「そうでもないよ。年を取ってもてなくなったし」
「結婚してる?」
「籍は入れてないけど事実婚で・・・一緒に暮らしてる人はいる」
「へえ、そうなんだ。いいの私と外で会ってて?」
「別に食事だけだし・・・」
「そうだね」
彼女は寂しそうに言った。年を取ったというならともかく、そこまで太ってしまったら、女性としては見れなかった。
「恋人ってどんな人?」
「まあ、、、すごい若いんだよ」
「20代?」
「まあね」
「うそ、もしかして10代とか?」
「まあ・・・そうかもね」
「えぇ!何でそんな子と付き合ってるの?」
「学生だから部屋を貸してやってるんだよ」
「大学生?」
「まあね」
「すごいね。相変わらず女癖の悪い男だなぁ」
まるで、親せきのおばさんみたいだった。
「かわいいんだ?」
「まあね」
「いいなぁ。リア充で」
「そっちは?」
「あの後、結婚したの。・・・江田君がいたころはまだ総務の〇〇課長だったかな?」
「え、あの人と結婚したの?」
「うん」
俺はその頃のAさんを思い出していた。
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