「そうは言うけどよ、俺に使い道なんかあんのかよ」


 俺がそう言うと、トゥトゥはまたクスリと笑った。


「ありますよ。どんなモノにだって価値はあります。例えばこの通信装置。周波数が合わなければ誰とも繋がれませんが、知っている人がいてくれたら、どこからでもお喋りできるんですよ?」


 錆だらけで、あちこち欠けている装置。だが、入念に手入れされているのは見ていて分かった。


「俺は……奴隷兵の上に脱走兵だ。いや、そもそも兵隊としてすら扱われてなかった。そんなのを置いといたら、あんたまで痛い目見るぜ?」

「兵隊として扱われていなかったなら、大丈夫でしょう。それに、私こう見えてもそれなりな魔術師なんですよ?」


 トゥトゥはそっと俺に手をかざすと、何やら呪文のようなものを唱えはじめ、緑色の光が俺の体を包んだ。


「……何してんだ?」

「治癒魔法です。こんな深い傷を負って、まだ痛みも感じないのですか? それに……この古傷たちは、さすがの私でも治せませんね。いいところを見せるつもりだったのに……」


 ああ、そういえば脱走劇の間にできた傷は治っているようだ。もう痛みなんざ慣れっこだったものだから、気付かなかった。


 だけど……こんな心地良い気分はいつぶりだろう。毎日、布で縛ってなお血を滲ませながら眠る生活だったからな。


「……こんな時、なんて言えばいい?」

「さあ。私はただ、自分で拾ってきたモノの手入れをしているだけですから。その答えは、自分で見つけてください」


 難しいことを言う……そもそも、他人とコミュニケーションをとる事なんてほとんどなかったんだ。


「さあ、イラーは何をしたいですか? 自由な生活。それはとても素敵で、とても劇的で、とても不自由なものなのです」

「ハッ、矛盾してないか? 自由で不自由って……」

「貴方も体感してみれば分かりますよ。何でもいいです。こう見えて、テレポーテーション魔法も使えますから、どこへでも連れて行ってあげますよ」


 その親切心が、逆に不気味だった。分からない事は気持ちが悪い。だから、尋ねてみる事にした。


「トゥトゥ、どうしてこんな俺にそこまでしてくれるんだ?」

「……『こんな俺』なんて、言わせないようにするためですよ。それが、拾いものをしてきた人間の義務ですから。どんなモノだって、活躍できる場所があるんです。貴方もきっと、輝ける原石ですよ」


 ですから、これはそのための投資です。とトゥトゥは締めくくった。


「俺が……何の役に立つってんだよ」


 その呟きは、きっと届いていなかった。だから、つい本音も漏らしてしまった。


「ウミ……ってとこに行きたい。死んでった奴らの頼みなんだ。外の世界に埋めてくれって」

「そうですか……分かりました。海なら村にありますよ。一緒に行きましょうか」


 そう言って、トゥトゥは屋敷の外へと俺を連れ出してくれた。だが、どうしても気になる。


「なあ、ナイフだけは返してくれないか? 別に人殺しなんて趣味じゃない。だけど、あれがないと落ち着かないんだ」

「そうですね……もう少ししたら、返しますよ。まずは貴方がどういうモノなのかを見極めなければ、危ない事をした時に貴方自身の価値を落としますから」


 それは、そうだろうけど……。


「俺の価値なんて、そんな重要なものなのかよ。助けた礼が欲しいって言われても、俺にできる事なんてないぞ」

「そこの認識を正してからでないと、余計に返せませんね。しかし……このナイフ、いいモノですね」

「は? そんなボロクソのナイフがかよ。やっぱりあんた、変わってるぜ」


 もはや元の色を留めていない血の染み込んだ柄。肉に刺されさえすればいいというほど刃こぼれもしている。


「そうでしょうか? きっとたくさんの魔物を斬ってきたであろう使い込み具合なのに、せめてものという手入れが精一杯されています。素人が扱ったのでしょうが、寝る間も惜しんで大事に磨かなければ、こうはなりませんよ」

「悪かったな、素人で」


 俺がふて腐れてつぶやくと、トゥトゥは「えっ」と目をぱちくりとさせた。


「貴方が手入れされていたのですか?」

「奴隷兵の武器をメンテナンスしてくれるやつなんかいるわけないだろ。自分でするしかなかったんだよ」

「それはなおさら素晴らしい事です!」


 くるっと俺の前に歩み出て、腰を追って上目遣いに真っ直ぐな目で俺を見る。この目、この目だ。これに俺は魅入られた。


「モノを大事にする人に、悪い人はいませんから」

「……それは、自分もそうだって言いたいのか?」

「いいえ、貴方もそうなれる可能性を秘めていると言いたいんですよ」


 可能性……つまり、俺はまだ人間じゃないって言いたいのか。ま、他人を拾いモノというお嬢様だ。そりゃ当然――


「私にはきっと、そういう人が必要なんです。だから、貴方を拾ったんですよ?」


 ……。


「この感情は、何だ」

「照れてるんですか? でも、本音ですよ?」

「てれっ……んなわけ、ないだろ」


 そう、照れ……もあった。だけど、それ以上に。そう、そうだ。


 可能性とは、期待だ。俺は、トゥトゥに期待されているのだ。何を見てそう感じたかは知らないけど……俺は、求められている。


「さあ、着きましたよ」


 そこにあったのは……何処までも青く、磨きたてた青銅の鏡の色をしている何か。これか、これが海か。アイツが最期に願った景色が、今ここにある。


「……綺麗だ」


 そんな、とってつけたような感想しか出てこないほどには感心していた。確かに、ここで休めるならば、あの戦場よりどれほどよかったかと。


 そして俺はドッグタグを丁寧に、一番見渡しのいい位置に埋めて、ふと思い立った。


「……さっきのナイフだけどさ。ついでに埋めてっていいか?」

「構いませんけれど……良いんですか?」

「アイツは、俺の最後の仲間だった。一番長く一緒に戦ってたんだ。独りぼっちにさせたくねえ」


 こんな事、ただの感傷でしかない。ナイフが一緒だろうとそうでなかろうと、きっと死んだ奴は何も思わない。


 だけど、トゥトゥを見ていて少しだけ試したくなったのだ。モノに重いを込めるという行為に、期待してみた。


「……さて、村にも行きましょうか。しっかり顔見せしておかないとですよ!」


 いつまで墓の前で立っていただろう。いつの間にか青銅のような海は茜色に縁取られていた。


「悪い、待たせたか?」

「いいえ、どちらにしろ村の皆さんのお仕事が終わるのはこの時間ですから」


 さあ、とトゥトゥは手を伸ばす。俺は今度こそ照れくさく思いながら、掴んだのだった。

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億千万の魔物相手にたった一人で突撃する捨て兵として扱われてきた俺は、モノを大事にするタイプのクールお嬢様に拾われた。 @Makinosan

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