第3話 ご自由にどうぞ
小野寺くんの動きがぴたりと止まった。それからそろりとその視線を佳乃さんに向ける。
バチ……。なんて、いやいや、こんなのまるで恋人を奪い合う図では!?
ってそんなわけはない。そもそも佳乃さんは既婚の女性だし、私と小野寺くんもそういう関係じゃないから。
とはいえ……。こんなの、どうしたらいいのかわからない。と、とにかく二人がまた言い合いになるのは避けないと。
「……なんすか、それ」
小野寺くんは怪訝な顔でそう返して私が食べるはずだったタラモサラダをひと口食べる。「うわ、これ
「なにって、約束してるんでしょ? あんみつちゃんとお店やるって」
「あ……ええと、それは」
厳密に言うとちゃんと約束をしたというわけではなくてですね……!
私がしどろもどろしても二人には届いていないようだった。
「は? してないすけど。そんな約束」
「えっ」
声を上げたのは私だった。だって。
「ま、たしかにあんみつはいいヴァンドゥーズだから。もし自分が店やるならやってもらいたい気持ちはありますよ。けど、それは俺が勝手に思ってるだけで、特に本人と約束はしてないっすよ」
たしかに、そうだけど。
「どこで誰と働きたいかはあんみつ自身が決めることっしょ。ああだから、佳乃さんが誘いたいって言うんならご自由にどうぞ」
小野寺くんは素っ気なくそれだけ言うと私が食べたかったタラモサラダを一瞬にして平らげて残りのお酒で流し込む。そして「用ってそれだけすか」と、なんだか一層機嫌悪そうに言った。そんな話でわざわざ呼び出すなよってこと?
佳乃さんが「ま、それだけだけど」と返すと小野寺くんは「なら帰ります」とさっさと席を立つ。
「えっ、もう?」という佳乃さんの問いかけに「おつかれした」と素っ気なく答えてそのまま店を出ていってしまった。
むむ……。バトルにはならなかったけど、なんだかなぁ。相変わらず感じ悪いというか。『人嫌い克服』はどうしたのさ。
「ね、聞くけど、付き合ってはないんだよね?」
思わぬ確認に盛大にむせた。く、苦しい。涙が出た。
「なんでっ、そうなるんですか!?」
「だってあからさまじゃんー」
あからさま? なにが? どこが?
わからない私を見て佳乃さんは「ぷ」と可愛く噴いた。「ははん。いいなあ、若くて」
若くて? 更に意味がわからない。そんな私に佳乃さんは「まあいいや。飲も、あんみつ姫!」と那須さんみたいに呼んできた。
「この件は開業が本格始動するまで一旦保留にするわ。それまでに小野寺くんがなにか行動するのなら仕方ないし。……って感じかな」
佳乃さんは独り言みたいにそう言って「はーあ」と困り顔で笑った。
翌日──。
「ねえ、それやるより先にムースの方出してくんない? 待ってんだけど」
「はあ、すんません。こっちは佳乃さんに合わせて仕事組んでないんで」
バチ……。散る火花が見える。
「う、なにあれ。なんか悪化してない?」
厨房を覗いて言うのはゆうこさん。そうなんです……。でもこれ私のせいなんですかねぇ。
「あんみつちゃん、なんかした?」
「いや、な、なにも……してない、というか、できなかった、というか」
もうお手上げです……。
「うーん、なにが原因? さすがに空気悪すぎでしょ。なんとかしたいけど……」
ゆうこさんの言葉に「原因は
仕上がった苺ショートの載ったトレーをショーケースにしまって立ち上がると、ちらりと厨房を覗きながら言う。
「どう見ても突っかかってるのは兼定の方ですよ。コンテストうまくいかないからって八つ当たりですかね?」
「え、それが原因?」
むむ。話は思わぬ方に向きました。
「このままじゃ二号店オープンまでに優勝出来ないんじゃないかって焦ってるんじゃないですか? 四月のオープンなら次がラストチャンスかもって言ってたし」
「なるほどね。それなら小野寺くんがさっさと優勝しちゃえば空気も少しは良くなるってこと?」
「かもしれません」
ん……。言い出せない。まさか私をめぐって二人がギスギスしてるだなんて。
「ゆうこさん、兼定がこのまま優勝できなかったら二号店の店長候補、佳乃さんになるって本当ですか?」
「えっ!」
南美ちゃんの発言にびっくり仰天。初耳だった。
「ああー。決めてるわけじゃないよ。けど……実力はともかくパティシエ歴で言えばブランク期間を抜いても
そんな。まさか小野寺くんが外されちゃう可能性があるなんて。思いのほかショックを受けていた。
それは単に、小野寺くんとの二号店だけを思い描いていたから、なのかな?
「どっちにしてもあの二人は早いとこ分けた方が良さそうね」
「ですねぇ」
ゆうこさんと南美ちゃんとともに私も厨房を覗くと、ツンケンする二人に挟まれたシェフがため息をついていた。
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