第8話 最終日

 そんなわけで最終日の12月25日──。


 もうここまで来れば。という感はある。厨房なかも、売り場そとも。


 なんだけど。


「小野寺くん、まだですか?」


「ああー、死んじゃったかなぁ」


 シャレになりません。シェフ。


「そろそろ電話しようか」


 時計を見ると午前十一時になるところ。電話を掛けてみると案外すぐに繋がったらしい。「ごめんごめん」だとか「まあゆっくりで」というシェフの声が聴こえる。


「すぐ来るってさ」


 飛び起きた様子が目に浮かんでゆうこさんとともに少し笑った。ちなみに南美ちゃんは今日はお休み。厨房にいるのはシェフだけ、という珍しい光景だった。


「やーやー、おはようございまっす!」


 そんな中で元気な声が聴こえてみんなで振り向いた。一瞬驚いたけどまさか小野寺くんなわけはない。


「ただいマンゴープリン! 頼りの那須兄さんが帰ってきましたよー! バリバリ働きますよーっと!」


 全快した那須さんだった。


「遅いよ那須くん。遅い!」


「え、シェフ! なに、冷たくないすか!?」


 なんだか凄く懐かしい感じがした。


「つか、あれ。誰もいない? え、まさかみんな」

「そう。那須くんのおかげでね」

「は? 嘘でしょ!?」

「もうね。今年のクリスマス、パーだよ。大損害。どうしてくれんの?」


 シェフになじられてたじろぐ那須さん。あはは、ちょっと本気の恨みも込めてます?


「おはよーございます」

「わ」


 そんな那須さんのうしろから現れたのは小野寺くんだった。おお、よかった生きてたか。


「あれ、那須先輩生きてたんすか」


「お、おまえこそ……なんか亡霊みたいじゃね?」


 小野寺くんはそんな那須さんに「とっくに死んだと思ってた」と返す。


「な、なにを!? 不死身の那須とは俺のことだ」


 そう答える那須さんに少し先にロッカー室へと向かっていった。


 この一連のやり取りに、那須さんを含めた全員が目を丸くしていた。


「お、小野寺が接客以外で笑ったの初めて見た」


 そう。那須さんの言う通り、一見なんでもない会話のようだったけど、これはすごいこと。


 小野寺くんが那須さんと普通に喋った!


 大袈裟でもなんでもなく、これは大大大進歩と言える事態。小野寺くんと那須さん。彼らはずっと周りが気を使うくらいに犬猿の仲だったんだから。


「成長してる」


 ゆうこさんの言葉に私はこくりと頷いた。


『人嫌い克服』


 それに向けて、小野寺くんは努力をし始めたんだ。


 負けていられない。私ももっと、自分を磨いていかないと。


 気合いを入れ直して、今日も元気にお客様をお迎えしよう。



「ようこそいらっしゃいませ! 洋菓子店シャンティ・フレーズへ!」







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