第5章 恋する乙女のバレンタイン♡高級チョコのお礼は秘密のデート!?

第1話 ことのはじまり


「はあーん」

「……」


「はあああーーん」

「……」


「はああああーーーんんん!」


「……なんですか、せりなちゃん」


 またこの人は何やら悩んでいるようです。


 そんなに暇というわけでもない二月はじめの日曜日。例によって週休二日制のため小野寺くんは今日はお休み。売り場にはゆうこさんと私と、そしてこのせりなちゃんがいた。


「やっと聞いてくれた。あんみつちゃん」


 少し拗ねてしまったらしいので「なんですか、私でよければ聞きますけど」と仕方なく耳を貸す。


「恋は難しい」


 やっぱりそういう話ですか……。


「失恋の傷は癒えたんですか」


「へ。なんのこと?」


 けろりと言うからこわい。


「バレンタインにチョコちょうだい、ってせがまれてて」


「はあ」


「手作りがいいんだって」


「彼氏……ですか?」

「候補」

「はあ」


「でも私、そういうのって専門外っていうか、基本的に無理なんだよね」


「練習してみればいいんじゃないですか?」


「むー。やだよう」


「なら断るしか」

「やだ」

「そんなあ」

「だから悩んでんの」

「それは頑張るか断るしかないですよ」


 すると突然せりなちゃんはその瞳をぱっと輝かせて「ね」と私の肩をぱたぱた叩いてきた。うわ。嫌な予感がする。


「あんみつちゃん、作んないの? それちょっと分けてよ」


「作らないですよっ! あげる相手もいないしっ!」


「なんで、小野寺くんに渡すでしょ?」


「なんで私が」

「彼氏じゃん」


 さも当然、という顔をするのはいい加減やめてほしい。


「だから彼氏じゃないです。もしそうでも、パティシエさんになんてあげられないですよ」


 もし、なんて絶対に有り得ないけどね。せりなちゃんは「あ、たしかに」とつぶやいてその綺麗な指を口元に当ててなにかを思案し始めた。


「プロかぁ……」


 なにを考えているのでしょう。また嫌な予感が止まらないよ。



 そして勤務終了後。


「お願い」

「嫌です」

「お願あーい」

「嫌」

「今度お礼するし」

「えー、嫌ですよ」

「応援してよ」

「応援はしますけど」

「来週のコンサートのペアチケットあげるから」

「なんですかそれ」

「私のソロリサイタル」

「ソロ……?」

「うん。フルートソロ」

「せりなちゃんって……」

「これでも一応音大生だからね? チケットだって買えば高いんだからっ」


 そういえばそうだった。この人はこれでも凄腕のフルート奏者らしい。ファンなんです、という人がたまにお客様でここにも来るほど。


「ペアでもらっても困りますよ」


「なんでよ。小野寺くんと来ればいいじゃん」


「だから……はあ。でも嫌は嫌です」

「むー。ならどうすればいいの?」


 なんの話かと言うと、要は私から小野寺くんにせりなちゃんへのチョコレート指導を頼めないか、という。こわいから自分では頼めないんだって。はあ。


「タケコさんに頼むとかは?」

「え。タケコちゃんそんなの作れるの?」

「パティシエールさんですよ」

「うーん」


 とても本人に聞かせられない。


「なら那須さん?」

「絶対いや」


 セクハラまがいの発言が多い那須さんはせりなちゃんからすると敵らしい。


「じゃあ……シェフ?」

「無理に決まってるでしょ!」


「あ、南美ちゃんは?」


「えー。よく知らないもん」


 こわい小野寺くんよりはマシと思うのですが。それでもせりなちゃんはどうしても小野寺くんがいいらしい。その理由はなんとこんなところにあった。


「小野寺くんってひとり暮らしなんでしょ? どんな生活してるのか、ちょっと興味ない?」


「や……全然興味ないです」


 なにを言ってもこのわがままお嬢さんに私のレベルでは抵抗出来ないらしい。結局無理やりペアチケットを押し渡されて真冬の夜空の下を二人で歩くこととなった。


 小野寺くんのアパートを目指して。



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