第5話 特製ケーキ

「「は!?」」


 私とタケコさんの声が重なる。


「15分だけ時間もらったんで。なんとか」


「いやいや……待ってよ小野寺くん、いくらなんでも私たちだけじゃ無理だよ」


「言ってないで生クリーム立ててくれません?」


 言いながら手際よくスポンジ生地を丸の型でくり抜いてカップに入れていく。手鍋に少量のお湯を沸かして砂糖を溶かし、冷まして洋酒を少々、即席のシロップがあっという間に完成した。


「こんな勝手……シェフに知れたら大変だよ?」


小倉おぐらさんは手洗って苺切って。六粒用意して形いい大粒三つはヘタ取り、残りはスライス」


 先輩のタケコさんを完全に無視している。ひいい、絶対ダメだよ、こんなの……。


「え、ほんとにですか!?」


 声を上げると睨まれた。仕方なく指示に従って冷蔵室へ向かう。


 三つのカップの底に敷かれた丸いスポンジ生地に、先程の冷ましたシロップをハケで含ませる。そこにタケコさんが急いで卓上ミキサーでホイップした生クリーム、私がスライスした苺、そしてまたスポンジ生地。更にシロップ、生クリーム、苺と重ねる。スポンジ生地で蓋をして、またシロップ。するとちょうどカップのふちギリギリの高さまで埋まった。


 最後に上面に生クリームを塗ってカップのふちですり切り整えて、大粒の苺とセルフィーユという葉っぱで飾りつけをする。


 その手つきがあまりに手馴れていて、外には出さないように努めていたけど内心では感動の嵐だった。


 苺に粉砂糖を振ってから、カーネーションの小さな造花を刺して、カップのふちについた生クリームや粉砂糖を丁寧に拭き取ると、三つの特製小野寺ケーキは美しく完成を迎えた。


「こんなもんで」


「すごい……」


 心の中では大拍手を送っていたけど、実際は静かに「お見せしてきます」とトレーを持ち上げた。その時だった。


「待ってあんみつちゃん」


 どっきん! 心臓が飛び出したかと思った。それはタケコさんと、そして小野寺さんもたぶん同じ。


 声の主は静かに歩いて私のそばまで来ると、その手でお店のロゴ入りの銀色の四角いピック、つまり厚紙素材のそれを三つのカップのケーキに飾り足した。そして少し微笑んで私を見下ろしながら言う。


「俺が持ってく」


「シェフ……帰られたんじゃ」


 私が訊ねると「裏で一服してただけ」と。


 まだ心臓がばくばくと鳴っていた。怒っていないのだろうか。いや、でも小野寺さんのやったことは褒められることとは限らない。指示かあったわけじゃないし、タケコさんの反対を無視したのは事実。なにより彼はまだ厨房入りを許されていない。


 売り場に出たシェフはケーキを箱に詰めながらお客様とにこやかに話をしていた。「そうですか、それはそれは」と機嫌のいい声が聴こえる。


 小野寺さんはその様子を窺うでもなく使った材料や器具を黙々と片付けていた。


 どういう心境なんだろうか……。


「あんみつちゃん。レジよろしく」


 厨房と売り場の通路に立っておろおろしていた私にシェフがそう声を掛けた。「はいっ!」と慌てて返事をする。


 お客様は私にもとても感謝してくださって、「本当にすみませんでした、いや、ありがたい。ご迷惑おかけしました、ありがとう、ありがとうございました」と何度も何度も頭を下げて帰っていった。


 その背中をシェフとともに出入口まで出て見送って、ようやくそこにCLOSEの札を提げた。


「さて」


 低く呟くシェフの顔を見上げると、さっきまでの笑顔が消えていてギョッとした。


「小野寺。ちょっと」


 私とタケコさんはもはや抱き合って震え上がるような心境だった。だって今、シェフ、『くん』を省略しましたよね!?


 普段温厚でやる気ない風情のシェフの、このただならぬ空気……。小野寺さんはあえてなのかいつも通りに「はい」と感情のない返事をした。


「タケちゃんとあんみつちゃんは上がってね。おつかれさま」と言い残すとシェフは小野寺さんとともに休憩室にこもってしまった。ひいいいいい。








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