7 初仕事?
食事は3食、喫茶室『陽だまり』で用意してくれた。昼食は弁当だ。マスターの料理はどれもおいしく、不満など言えない
ひなたと一緒に病院に会いに行った時、一通り雷雅と話した後、ひなたと二人で話があるからと雷雅に席を外すよう母が言った。いったい何を話したのだと、気になる雷雅だったが、聞く勇気がなかった。医者も母さんも、ひょっとしたら雷雅には病状を正しく伝えていないのかもしれない、そんな悪い予感しかなかった。
ひなたと遭遇した翌日には、マスターの隣の部屋に新品のベッドが運び込まれ、身の回りの物をもとの家から移した。家財はひなたの手配で新居に持ち込まれたり処分されたりした。思った通り、居室に窓はあったがベランダはなく、洗濯物は屋上に干すように言われた。
「カーテンは今のじゃサイズが合わないから、新調するしかないね。好きな物を選んで」
と言われたが、そんなものを選んだことがない雷雅が困ると、寝具に合わせたものをひなたが選び、ラグも同じテイストに合わせて揃えてくれた。こんなおしゃれな部屋、落ち着かないと思った雷雅だったが、自分でも意外だったが3日で慣れた。
学校には母の急病で親戚に世話になることになったと話した。その時はひなたではなくマスターが来てくれた。若いひなたより、年配のマスターのほうが社会的に信用される(実質ただの見た目)だろうとの考えだ。その時、マスターの名が『
『影』が苗字に付くのかと思ってました、という雷雅に
「それは本家筋、分家は『裏』『後』など、影ができる場所を示すことが多うございます」
学校に向かう車を運転しながらマスターが苦笑した。
それじゃあ僕の
「アカツキ家は陽の一族の総本家でございます。きっと一族総出でお守りしたものかと」
と感慨深そうな顔をした。一族総出、と言われても雷雅に覚えがあるはずもなく、複雑な心境で、訊かなきゃよかったと思った雷雅だ。
朝起きて、身支度を済ませ、『陽だまり』で朝食を摂り、弁当を貰って学校に行く。時には母の病院に寄ることもあったが、終われば
エプロンをつけ、22時までマスターの手伝いをしながら、ひなたの隣の席で勉強や読書で過ごした。『陽だまり』の営業は6時から22時まで、年中無休。学校が休みの日は母の見舞いに行くほかは店で過ごした雷雅だった。
日没30分前から日の出30分後まで外出を禁じられた以外、雷雅に課せられた制約はなかった。店の手伝いもしたくなければしなくていいと言われた。
「特に黄昏時……逢魔が時にヤツ等の力は強い――ヤツらは夜の間はどこかに潜んで獲物を待っている。彼誰、つまり日の出前の
公園で雷雅を見つけた時、こんな時間には出ないだろうと思っていたようだが、一番出やすい時間だったのだよ、とひなたは笑った。
店を手伝わなくてよいと言われても、誰もいない部屋に一人でいるのは心細く、雷雅は閉店まで店で過ごした。店ならば、マスターもいればひなたもいる。そして客は驚くほど少なかった。
「こんなで喫茶室、潰れないの?」
マスターに聞こえないよう雷雅がこっそりひなたに聞くと、フンと鼻でひなたは笑った。
「喫茶室は隠れ蓑だ」
なるほど、本業はシャドウ・ビジネスか、と言葉にはしなかったが納得した雷雅だ。とは言え、そのシャドウ・ビジネスもしているのかいないのか、ひなたはいつもあの席にいる。日がな一日、飲んだり食べたり、雷雅がいればかまってみたり、仕事をしているようにはとても見えない。
ひなたは雷雅が隣で勉強を始めると覗き込んできて的確な指示と説明をくれた。言葉は相変わらず
これであの、訳の判らない表現で雷雅を焦らせ
そして何事もないまま、三週間余りが過ぎ――
チッ、とひなたの舌打ちが聞こえた。月曜の夕刻、そろそろ日没、雷雅は帰ってきていて、ひなたの隣でひなたに借りた小説を読んでいた時だった。
「
「お嬢さま……」
マスターまで観葉植物を回り込んできて青い顔を見せる。
「マスター、とりあえず閉店して。それから屋上に侵入者除けを」
ひなたの指示に、承知しました、とマスターが動き出す。何かが起きた、いくら雷雅でもそれくらいは判る。
なにがあった、と問う雷雅にひなたが嫌そうな顔をする。
「今日、ちょっと強力な災厄魂が現れる予兆があった。それで山陰ってヤツが配下を引き連れて出現場所を張ってたんだが――」
予測通り現れた災厄魂は、予測以上に強力だった。山陰は負傷し、災厄魂はまんまと逃げた。
「逃げた災厄魂はどうなるの?」
「今のところ人間に
あるいは陽の一族、つまり雷雅、キミを狙ってここに来るかもしれない。
「キミの存在は既に知られている、影の一族が
屋上の装置を作動させてまいりました、とマスターが店に戻ってくる。
「屋上にはグルリと照明を取り付けてある。災厄魂はね、人に憑りついていなければ、光に弱いのだよ。ヤツ等、光の中では身動き取れなくなる」
だが、人に憑りつけば光に影響されなくなる。どこにでも行け、いつでも動き回れる。だから人に憑りつきたいんだ。
「わたしも行くべきだったか……」
悔し気にひなたが呟く。
「
その隙を突かれた、そう言って難しい顔をする。そんなひなたにマスターが
「やはりそうなのでしょうか?」
と問う。なにがそうなんだろう? 雷雅は黙って二人の話を聞く。
「いや、まだそう決めつけられるほどの材料がない」
「しかし、ここ最近の災厄魂の動き、通常では考えられないようなことも多くなってまいりました」
「うん、そうだね。まるで災厄魂に誰かが指示を出しているように見える。でも、偶然じゃないとも言い切れない」
「偶然ならよろしいのですが ――それで、今回の件はどうなさいますか?」
「山陰の配下が今、煌一と連絡を取っている。まずは取り逃がした災厄魂を処理することになるだろう――山陰が動けないとなると、わたしか
それほどの大物だったのですね、とマスターが困惑する。
「まぁ、こうしていても仕方がない、指示が出る前に
カウンターに戻ったマスターが、バナナがありますよ、とひなたに言えば、今日はメロンパフェの気分だ、バナナはそのまま食べると、ひなたが答える。雷雅はパフェもバナナも断った。
「腹、減ってないの?」
バナナに
「今日の晩御飯、なんですか?」
と訊いた。近頃の雷雅、バナナは見るのも怖い。
夕飯はかつ丼、ダイコンと小松菜の味噌汁、それに漬物が添えられていた。例によってひなたは半量程度、雷雅が知る限り、ひなたが追加で頼んだことはない。必ず食事の前にパフェやケーキを食べるのだから、あんなことを言っていたけれど半量でちょうどいいのだろう。
食べ終わってお茶を飲んでいるとき、雷雅がひなたに尋ねた。
「テレパシーで連絡を取っているんですか?」
うん? とひなたが雷雅を見る。
「そうだね、まぁ、似たようなもんだね」
と笑う。
「似たようなもん、って厳密には違うってこと?」
「うん、影の一族の中でも、能力の高い者だけが繋がれるネットワークがあるんだ」
「ネットワーク?」
「脳内で完了できるSNSみたいなもんだよ」
「へぇ……」
「今、なんかヤだな、って思ったな?」
「頭の中で完了ってのがね。慣れるまで気持ち悪くなりそう」
「そうか……そうかもしれないね」
と、ひなたが持っていた湯呑をタンとテーブルに置いた。
「煌一からの指令だ。ライガ、おまえを連れて来い、って」
「えっ?」
奥からマスターが顔を出し、心配そうに雷雅を見る。
「雷雅さまは現場に出さないお約束では?」
「うん、煌一のヤツ、気が変わったらしい――でなければ、陽の一族の
「
不安気な雷雅の顔を、やはり不安気な顔でひなたが見た。
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