07話.[出しておきたい]
「初日の出を見に行こうか!」
初日から元気いっぱいな白間君が勝手に部屋に入ってきた。
何度も言っているように五時起きには慣れているからそこはいいけど、まだ部屋に入れるような仲ではないからその点は微妙だ。
とりあえず体を起こして目を開ける、うんまあ、彼ならこれぐらい元気な方がらしくていいか。
「それはいいけどどこまで行くつもりなの?」
「林を抜けたその先かな」
「まあいいわ、顔を洗ってくるから待っていなさい」
春生は運転とはしゃぎすぎたことで疲れているだろうから声をかけずに外に出る。
太陽が見えるのは七時近くだけどたまには早く行ってお喋りをしておくというの悪いことではないだろう。
寂しがり屋みたいだから相手をしてあげないといけないしね。
「こっちには久しぶりに来たわ」
「僕は知らないと思ったけど」
「最初の頃は冒険心でいっぱい歩いたことがあったのよ、それで後悔したからかなり久しぶりだけどね」
坂になっていることも強く影響している、体力に自信があっても途中でやられそうになるぐらいには繰り返しで酷いのだ。
でも、誰かがいてくれることで違うということがすぐに分かった、別にそれが白間であっても気に入らないとかそういうこともないから内で頼りつつ歩いて行く。
「純花ちゃん」
「なんですか、六さん」
うわ、さん付けとかちゃん付けとかぶわっと他の意味で寒くなるから駄目だな、これもまた嫌だとかそういうこともないから呼び捨てでいいと言っておいた。
「実は冬休み中にも一緒に過ごしていたんだけど、なんか物足りなくなっちゃって」
「贅沢ねえ」
もう学校が始まるというところまできているのに微妙な気分になっていないのは春生と一緒に出かけられたから……だろうか――あ、一応わざわざ集まらなくても彼と話せるようになるというのも含まれているか。
学校自体が嫌いではないというのも影響している、それと学校ならやらなければならないことが絶対にあって暇ねなどと呟く必要もなくなるわけで。
「小牧先生が好きな純花の邪魔は絶対にしないけど、これからも僕の相手もしてくれると助かります」
「それとこれとは別でしょ、当たり前のことよ」
「純花に友達が少なくてよかったよ」
他にも友達的な存在がいたらどうなっていたのかは分からないか。
女の子であれば彼よりも優先していたかもしれないし、男の子であれば意識していた可能性もゼロではない。
春生が近くにいてくれたからって必ず意識するようになるというわけでもないし、また違った結果になっていたことだろう。
それがいいのかどうかも分からないままだけど。
「後悔していることがあるんだ」
「人間ならそんなものでしょ」
過去のことにばかり目を向けていても仕方がない、同じような結果にならないようにいまから変えられるよう動かなければならない、なんてね、簡単にそうやって行動できるのであればこんなことにはなっていないか。
「僕は四月から純花と一緒にいたけど、いまみたいに休日に行ったりはしていなかったでしょ? それを後悔しているんだよ」
「いや、最初の頃にいきなり来られても困るからその選択は間違っていなかったんじゃない?」
あまりにぐいぐいとくるような人間だったら私は逃げている可能性があった、異性とか同性とか関係なく、目的も分からなくて怖い存在になってしまうからだ。
緩い感じでなければ続かない、私自身がそういう関係を求めている。
「そうかな、最初から積極的に動いていたらもうちょっと変わっていたような気がするんだ」
「え、もしかして私とそういう関係になりたかったってこと?」
でも、彼はあの子と小さい頃から関わっているわけで、もっと一緒に過ごしていたとしても変わらなかったと思うけど……。
「そもそもあんたは初日から積極的だったじゃない」
「見たことがない相手だったからね」
「はは、他の中学からだって来るんだからほとんど見たことがない子でしょ」
「いままで見てきた子達とはまとっている雰囲気が違ったというのもきみに近づいた理由かな」
「ああ、あんたはお喋りが好きだろうからね」
地元から離れたいという気持ちがあの頃は大きかったから初日にもまだまだ強いままで残っていたのだろう、あとは単純に無自覚に拒絶オーラ的なものを出していたのかもしれなかった。
それかもしくは、彼の周りにいた子がみんな明るい子で、暗そうなやつが入ってきたから逆に意識を持っていかれた可能性がある。
こう、珍しい動物を見たような感じ? うん、自分と真反対の存在がいたら私でも気になるだろうから気持ちは分からなくもなかった。
「学校に行ったら絶対に一人、なんてことにはあんたのおかげでならなかったから感謝しているわ。ありがと、嫌ではないならこれからもそのままでいてちょうだい」
冬休みでまだまだ時間があるというのもよかった、合間の休み時間だとこういう話になる前に戻らなければいけないことになるからだ。
あとなんとなく学校で言うのは恥ずかしいというのもある、二人きりということには変わらないのによく分からない思考だけど。
「よかった、初日なんかは嫌そうな顔をしていたからね」
「どんな顔をしていたのかは知らないけど、四月のことなのにまだはっきりと覚えているの?」
「忘れないよ」
地元を離れられたという嬉しさとそれでも出てくる不安な気持ち、ごちゃごちゃになって人といるのが嫌いではないのにそうなってしまったらしい。
「ま、あんたもいまと同じでにやにやしていたけどね」
「えぇ、にっこり爽やかだったでしょ?」
「ふっ、自分で言ったらおしまいよ」
嫌な子ではないからそのままでいてほしかった。
変わってしまったら一緒に過ごしづらくなるからね。
「見てっ、出てきたよっ」
「うん、まあそのためにわざわざ寒い中来ていたんだしね」
お喋りをするだけなら暖かい屋内ですればいい、あと、これのために出てきているのに見なかったら馬鹿だろう。
幸いな点はすぐに全部出てくるということと、これで帰ることができるということだった。
じっとしているのは辛いのだ、朝すぎるというのもあって色々なところが冷える。
「さ、このままあんたの家まで送ってあげるから帰りなさい」
「え、嫌だけど」
「はぁ、じゃあ帰るわよ、寒い辛いお腹空いた」
春生が起きてくる前に帰っておかないとちくちく言葉で刺されそうだ。
なんかあまり説得力もないからどこにも行っていませんよ感を出しておきたい。
ま、別にこれも春生の気を引きたくてしているわけではないからちゃんと説明すれば分かってくれるだろうけどさ。
「お・か・え・り、どうやら朝から二人で楽しんできたみたいだな」
「おはよ、今年もよろしくね」
「っておい……」
いつ帰ってくるのかも分からない一人か二人のためにここで仁王立ちをしながら待っていたと想像したら笑えてしまった。
頑固なところがあるからこうなる、人が急に変われるわけがないからこれからもこうしてほとんどの意味のないことを彼は繰り返していくのだろう。
「ご飯を作るから待っていて、ここにいる白間六君も手伝ってくれるみたいだから」
「だったら白間君は座っていればいい、俺と純花で作るから待っていなさい」
いやこれ誰……。
協力させるつもりはないからささっと作って終わらせてしまう。
「いいね、この変わらない感じが」
「でしょ? 温かいお味噌汁が朝には必要なのよ」
具を少し変えるだけでいつも同じとはならないというのがいい。
油揚げが一番好きだけど、ネギと豆腐が入ったお味噌汁もよかった。
一気に変えてもやしとかキャベツにするのもありだ。
「純花が作ってくれているからもっといいよ」
「はいはい、朝からお世辞マシンになるのはやめてちょうだい」
今日は特に言ってくることもなく朝から平和な時間となりそうだと考えたものの、ちらりと確認をしてみたら怖い顔をしている春生がそこにいて苦笑する。
いい点はちゃんとご飯を食べてくれているということ、悪い点はいまは黙ってなんとかしようとしていることだった。
ただ、生徒がいる前で変に動くことはできないから仕方がないという見方もできなくはない……かな、と。
「ごちそうさまでした」
「うん」
「ふぅ、だけどそろそろ迷惑になるから帰らないとね」
「家まで送るわ」
「いいよ」
それならとせめて玄関までは行くことにした。
「ありがとう」
「うん」
「じゃあこれで、ちゃんと小牧先生の相手もしてあげてね」
生徒にこんなことを言われている教師って……。
とにかく出て行ったから鍵を閉めてリビングに戻る。
いつものように洗い物をし、掃除をするために部屋へ移動しようとしたタイミングで春生君の登場……。
「掃除をするのか?」
「うん、少しだけだけどね」
「それなら俺もやるよ、休みだけど動いていないと調子が狂うからさ」
六とのことでなにかを言われなかったのはよかったものの、休んでおけばいいのにとしか思えない。
「あ、そういえば渡したい物があるんだ」
「渡したい物?」
「ちょっと待っていてくれ」
部屋の掃除をしつつ待っていると「はい」とお金を直接渡してきた。
お年玉か、でも、当たり前というわけではなくてもこういうのは両親から貰うものではないだろうか。
あ、いやまあ小さい頃は親戚の人から貰っていたりしたけども……。
「しかも三万円って多すぎない? 千円でいいわよ」
「駄目だ」
「最近は私のことでお金を出費しすぎよ、だから駄目よ」
このお金は美味しいご飯を食べるためにでも使ってほしかった、食欲より物欲ということならなにか物を買うためでもいい。
掃除をしましょと終わらせようとしたら何故か抱きしめられて動けなくなる。
「こんなことをしても受け取らないわよ?」
「……純花は頑固になっちゃったよな」
「そう? 昔からこんな感じだけど」
「いや、小さい頃はなにか食べるかと聞けば『食べる!』と言ってくれたし、お金を渡そうとしたら『やったー!』って喜んでくれたんだけど……」
そ、そりゃ小さい頃なら……いや、つまり説得力がないということか。
というか、お金を貰えるときだけやったーとか喜んでいるとかどんな人間よ……。
「そ、掃除をしましょう」
「分かった」
はぁ、地味に精神攻撃をしてくれた彼なのだった。
「おはようございます」
「なんか久しぶりね」
「はい」
彼女は私の家を知らないからどうしても学校のときになってしまうのは仕方がない話だった。
私としても話の内容が微妙であるなら学校のときの方がいい、授業なんかに集中していれば放課後までにごちゃごちゃをなんとかできるかもしれないからね。
「白間とのことよね?」
「はい、あ、一緒にいるのはやめてくださいとかそういうことも言うつもりはないですから」
「あ、うん、じゃあどうして?」
「ただ、悔しいです」
でもなあ、私は春生のことが好きだから、なんて言うわけにもいかないしなあ。
私に、そして六にその気はないわよなどと言ったところでそうなんですかと信じられはしないだろう。
「あれ、珍しいね」
「おはようございます」
「うん、おはよう」
さあ、彼が話を聞いた際にどういう対応をするのか。
彼女が全てを言ってくれたからこちらは黙って待つことができた。
「ごめん、あんまり信じられないかもしれないけどちゃんと優先するつもりだから」
「そ、そうですか」
「うん、そもそも六鹿さんには好きな人がいるからね」
「そうなんですかっ?」
いやというか私と春生ってお互いに好き合っているのだろうか。
こちらを抱きしめてきたのはご褒美が欲しかっただけだし、実行可能だったのが私だけだった、というだけの話だ。
「まあ、そんな感じね。ただ、白間は友達だからやっぱりこれからも二人で過ごすことはあると思うわ」
「行動を制限できるなんて思っていませんよ、仮にできたとしてもするつもりもありません」
「うん、だからただ友達だからいるな程度で見てくれると、うん」
ここまで言っておけば大丈夫だろう。
彼女は言ってしまえば不安になってしまっているだけなので、六が気をつけて行動すればこちらのことなんて忘れて完全に彼に集中をする。
事実、そうだったからこそ今日久しぶりに話すことになったわけだからなんにも間違ってはいない。
「じゃあ向こうで話してくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
こうなると一人になってしまうから大人しく席に着いているしかない。
賑やかなのが救いだと言える、静かで通夜みたいな雰囲気だったら学校を好きになることはなかったことだろうな。
で、先程の話の続きだけど私と春生の関係はこれからどうなっていくのだろうか。
ただ意地を張っているだけではなかったとしたら、なんかこれからもっとこちらへの要求が大きくなっていくのだろうか。
六が帰った後割とすぐに母は約束通り家にやって来たけど、スタンスは依然として変わっていなかった。
私と春生次第だと、本人に直接言うことはしなかったけどね。
「ただいま」
「うん、あ、これから私達ってどうなっていくと思う?」
「きっかけ一つがあれば簡単に関係が変わりそうだ」
「きっかけかあ、なんか私の場合だと逆に難しい気がするのよね」
「確かに他の子を相手にするときよりは距離が近いね、でも、だからこそできることがあってそれをきっかけに変わると思うよ」
つかよく私達という言葉から私と春生のことだと分かったなと驚いていた。
鋭い子だから今日だけ鋭くて不安になるなんてことはないものの、こうも簡単に分かられてしまうとそれはそれで複雑だった。
「ちなみにさっきは言わなかったけど僕も悔しいよ」
「え、好きとかそういうのじゃないでしょ?」
「…………がいなかったらあの子がいても変わっていたかもね」
「それじゃあ駄目ね、だって……がいなかったらそもそもこの県に来ていないもの」
不満を抱きつつも家の近くにある高校に通い、卒業し、会社に出勤する毎日となっていたことだろう。
大学志望ではないからそういうことになる、だから上手く片付けられたら向こうでもよかったのかもしれない。
でも、何度も言うようにこうしてこちらへ来ているわけだから意味のない話だ。
「つか、ちゃんと優先するんでしょ」
「ごめん、聞かなかったことにしてくれないかな?」
「いいわよ」
本人にああして伝えた後にすぐにこれだからこちらも全力でなかったことにするしかない。
心臓に悪いことをする、必要以上に踏み込んでしまったら友達とは見られなくなってしまう。
「だけど困ったら言ってよ、友達として協力するからさ」
「ありがと」
「あ、席に戻るね」
今日からまた授業を受けて帰るという生活が始まる。
たまに買い物に行ったりはするだろうけど、それ以外は基本的に学校か家にいることになる。
やはり冬休みが終わってしまったのに残念とはならないのはやることがあって、会いたい友達と会えるからだとよく分かった。
ただ想像だけで終わらせていた冬休みとは違う。
「ふぅ」
気分がよかったから十分休みを使って散歩をしていた。
だけど途中のところで足を止めて前にしていたみたいに窓の外に意識を向ける。
「天気がいいな」
「そうですね、晴れると分かりやすく気分が違います」
「じゃ、この後も頑張ってくれ」
急襲とはやってくれるではないか。
すぐに離れてくれたからよかったけど、油断するべきではないのかもしれない。
別に一緒にいたくなくて離れているわけではないのだからよく考えて行動をしてほしいところだ。
「おお、よく小牧先生と話せるね」
「怖いの?」
「ちょっとね」
「そうなのね」
これをそのまま伝えたらショックを受けそうだったからやめた。
かわりに「春生と話したいと言っている子がいるわよ」と伝えておこう。
まあ、嘘ではない、何故ならここと私の教室にいるのだから。
そういうのもあって春生の悲しそうな顔を見ることにはならなさそうだった。
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