06話.[違うでしょうよ]
「車に乗っているということも、違う県にいるということも、とにかく違和感しかないわね」
「そうか?」
「うん」
ごく短い距離のところまでしか知らないから余計にそうなるのだ。
家と学校間を往復、たまにスーパーに行くという生活だからだと思う。
いい点は他国というわけではないから人の見た目とかが一切変わらないこと、だから疲れてしまうなんてことはない。
暖房が効いたこの車内で好きなところに意識を向けていることが可能な時点でそりゃそうよねとなるけども。
「というか、一緒に寝たのになにもなさすぎよね」
「おいおい、寧ろなにかされていたら嫌だろ?」
「私の意思でああしていたわけだから後は春生の気持ち次第でいくらでも変わったんだけどね」
ちょうど信号が赤になって車を止めることになったため、前から彼の方に意識を向けてみた。
彼はそれでもこちらを向かずに難しい顔で黙っているだけ、なにかを答える前に信号が青になって発進させる。
「ちゃんと許可を貰ってからじゃないとできないよ」
「本人だけのじゃ駄目なの?」
「駄目だな」
「それなら変わることは一生ないでしょうね」
そうとなれば彼が動くわけがないから。
そもそも成人と未成年という壁が大きすぎなのだ。
「あ、こことかどう? 大きなお店だから何回も移動しなくて済むのがいいと思う」
「そうだな、寄ってみるか」
どこに行っても結局大型商業施設とかに寄るのがいいと思う。
特に他県であればいいお店とか知らないし、他県ということもあって何回も運転から降りて移動するを繰り返していたら彼が疲れてしまうからね。
「人が多いわねえ」
「手でも繋ぐか」
「ふふ、はぐれないように掴む、じゃないの?」
「まあいいだろ、昔はこうして手を繋いで出かけたんだからさ」
まあ、会える、一緒に過ごせるとなったときはそうやってしていた。
いまとは違って毎日一緒にいられる存在ではなかったから短い時間で最大限楽しめるように恥ずかしがっている場合ではないと言い聞かしてね。
「あ、いい匂い、パンって全然食べないからたまにはいいのかもしれないわね」
あのとき貰った一万円は完全体として残っているわけではないけど五千円ぐらいはこうして手元に残っている。
だからこれを自分の欲求で買う場合でも彼に迷惑をかけるわけではないからその点はよかった。
「待て待て、なんで自分のお金で買おうとしているんだ?」
「宿泊代とかは出せないけどせめてこれぐらいは出さなければ駄目じゃない」
「いいよ、なに変な遠慮をしているんだ」
「いやいや、私なんか普段はなんにも出さずにいるんだからさ」
話し合いをすると出さないで終わるということになりそうだったからささっと会計を済ませて離れた。
食べたくなったのをぐっと抑えて彼の行きたいところに合わせていく。
「なんて顔をしているのよ」
「そ、そんなにお金がないように見えるのか……?」
「だから違うわよ、これは春生が欲しかったわけではなく私が食べたいからだったんだから普通でしょ」
彼の代わりに買い物に行くことばかりだけど、そのときだって料理に使う物しか買っていないからそのときそのときによって変えているわけではなかった。
両親と一緒に過ごしているときならお菓子とか可能な範囲で買って食べまくっていたかもしれない。
「海が見える場所に行こう」
「海? 寒いわよ?」
「ここだとゆっくり話せないし、純花は意地悪をしてくるからな」
別にお店とかに拘りがあるわけではないから彼の自由にしてくれればいいけど。
ついでに言えばこの買ったパンを食べられるというのがいい。
やっぱり持ち歩いているとどうしてもそちらに意識を持っていかれてしまうから、人が多いところで集中せずに歩いていると危ないからささっと胃に与えてしまった方がよかった。
「よいしょっと、はい、運転する前に食べて」
「あむ、うん、美味しいな、ありがとう」
「いらないわよ」
うん、美味しい、あっちでも食べられるけど地元以外で食べているとなんらかの補正がかかっている気がした。
旅行でテンションが依然として上がっているのもあるのだろう、隣に彼がいてくれるのも絶対に影響している。
「もう明日には帰るから今日夜更かしはできないわね」
「だからこうして車の中でもいいからちゃんと話しておきたいんだ」
「分かったわよ、どうせまた仕事が始まったら無理になるから私としてもちゃんとしておかないといけないしね」
で、毎回こうして意識して会話をしようとするとお互いにぽんぽん出てこないというのが実際のところだった。
私が無理やり出そうものなら母のことか白間のこととなるわけだし、そうしたらまた変な顔になりそうだったから待っていることにした。
……正直、何度も言うけど家でだって話せるから問題ないというのもある。
そういうのもあっていまのはただ合わせただけというか、形だけでもしっかりしておかないと勘違いをして拗ねてしまいそうだから仕方がないのだ。
「いい場所があったな」
「確かにそうね、気になったらすぐに近づくことができるもの」
買う気がなくても近くに自動販売機があるというのもありがたいことだった。
「あの話の続きなんだけどさ」
「色々と存在している面倒くさいことを気にせずに春生がお母さんに言えるとは思えないし、そもそも私のことを意識するわけがないだろうから無意味な話なのよ」
迷惑をかけたくないとか考えていた私がどこかにいってしまっていたのが悪いことだった、調子に乗るからこういうことになる。
妄想はいいけど相手に言ってしまうのは違うでしょうよ、白間みたいに同級生とかちょっと後輩、先輩とかならまだありかもしれないけど……。
「む、無意味とか言うなよ……」
「だって私といたがっているのだって意地みたいなものでしょ? 引くに引けなくなっているから今日だってこうして私なんかと温泉に行くことになっているじゃない」
「だから彼女的存在はいないって、今日のこれだって純花と行きたかったから早めに予約したんだ」
て、手強い、ちゃんとある程度のところで引いてくれないからずっと戦う羽目になってしまう。
「我慢しているだけじゃなくて? ほ、ほら、物足りないとか言っていたじゃない」
「いや、あれは単純に、さ」
「だから言いなさいよ、私はどうすればいいの?」
単純にとか言われても本人ではないから分からない、勝手に分かった気になるのも危険だろう。
年下になにかを要求をするということだから言いにくいのかもしれないけど、違う若い子に言うわけではないのだから気にしなくてもいいはずだ。
ちゃんとそうやって本人が望むことをなるべくしてあげられれば私としても気にせずに楽しく過ごすことができるから今度は絶対になにも変わらないまま終わらせたりはしない。
「家事とかについてはなにも不満はないんだ、ただ、なんか一日頑張ったわけだからご褒美的なものが欲しいというか……」
「あ、肩を揉んだりすればいいのね? こんなことに気づかなかったなんて私もどうかしているわね」
「いや、…………させてほしい」
「え?」
この距離で聞こえないなんてどれだけやばいことを言おうとしたのかという話だ。
乱暴を働いてくるような存在ではないから逃げる必要とかはないものの、色々とそわそわするのは確かなことだった。
「……だ、抱きしめさせてほしい」
「え、本気? あ、もしかして冬だから風邪を引いてしまったとか?」
「至って健康だ、でも、白間に取られたくないんだよ……」
白間も勝手にライバルみたいにされて困るでしょうねと内で呟く。
それぐらいならいいか、できることは少ないからできることをやはりしていくしかないから。
車に乗ったままだと大変な体勢になりそうだったから車から降りてすることに、変に時間をかけると恥ずかしくなるからすぐにした結果が、
「……純花は強いよ」
これだ。
頼まれたから頑張ってしているだけなのに強い判定は困る、彼が相手だからこそ影響を強く受けるということを分かっていない。
まあ、どうせこれも無駄に悪く考えて意地になっているというだけだけどね。
「ど、どうせ降りたからには近くまで行ってみるか」
「そうね、海なんて滅多に行けないからちゃんと見ておかないと損だわ」
沖縄と違って透き通っているというわけではなくても大きさだけはよく分かる。
当たり前だろと言われればそれまでだけど、うん、こうして海辺に行くということがいまも言ったようにないから新鮮なのだ。
「普段全く使わないのに免許を持っていてよかったと強く思ったぞ」
「仮に免許証がなくても公共交通機関を利用すれば春生の望み通り離れることはできたけどね」
家に連れ込めないから私から彼女と一緒に離れる――それならともかく白間から離れようとしていたわけだから呆れてしまう。
「いや、だってそれだと小声で会話をすることになるからさ、その点、車ならどれだけ大きな声を出そうが文句を言われないだろ?」
「はは、どれだけ私と話したいのよ」
やばい人だったらいまので逃げているところだけどやはりそうではないからなあ、あと、テンションが上がりすぎてついつい大声を出してしまっているのはこちらの方だから逃げたいのは彼だろうな。
「いや純花は分かっていないだけなんだ、俺がどれだけ寂しい毎日を過ごすことになっているのかをな」
「分かったわよ、春生がいいなら毎日抱きしめてあげるからそれで満足して、少なくとも白間に余計な対抗心を出すのはやめて」
「おう……って、やばいよな……」
「別にいいでしょ、学校ではちゃんと切り替えて頑張れているんだから」
そういうことを増やしていくなら悪影響にならないよう学校ではもっと近づかないようにするしかないけど、現時点で学校ではほとんどと言っていいほど一緒にいないわけだからそう変わることもなかった。
「運転お疲れ様、マッサージをしてあげるわよ」
「お、頼むわ」
それでマッサージをしつつ、自宅にいられる安心感というやつに気づいていた。
家を空けてまでするようなお出かけは本当にたまにでいいことが分かる。
こうして慣れた場所にいられるというのは幸せなことなのだ。
「そういえば知っているだろうけど明日、
「え、二日とかにではなくて?」
「おう、純花を短期間で何回も見たくなるんだってさ、あとは近くで俺達が上手くやれているのかも確かめておきたいんだろうな」
「なるほどねえ、ま、私もお母さんに会えたら嬉しいから来てくれるのなら大歓迎だけど」
じゃあ彼が大晦日に帰ってこられるようにしていたのは正解だったということか、早くから予約していたらしいのに上手いことをする。
「背中とかお尻がダメージを受けていそうだからここをメインにするわ」
「手で押すより踏んでくればいいぞ」
「あ、そう? それなら楽だからそうさせてもらうけど」
実は出る前にもお風呂には入ったから足が臭うかもしれないから~なんてことにはならない。
冬はどうしても運動不足感が目立つし、これで歩数を稼いでおくというのもいいのかもしれなかった。
私は動けてよし、彼は体重をかけてもらうことで多少は楽になる……だろうからお互いにメリットがあるということだ。
「なあ、よく引かずにいてくれているよな」
「そんなこと言ったらわがままを言って住ませてもらっているのにもっとわがままなことを言ったのが私なのよ?」
「え、というか、純花は俺のことをそういう意味で求めているのか……?」
「ま、まだ確実なものではないけど、春生はやっぱりいい存在だし……」
私からすれば優しくしてくれたから、たったこれだけで十分だった。
もちろん優しければ誰にだって恋をするというわけではないけど、分かりやすく影響力が違う存在というのはやはりいるのだ。
白間にとってのあの子みたいな感じね、うん、誰にだってそういう存在がいるはずだからこれも仕方がないことだと片付けられる。
「ちなみに学校のときはどういうことを考えて過ごしているの?」
ちなみに私は今日のご飯をなににするのかとか、そういうことばかりを考えて過ごしている。
正直、白間が来てくれていないときは暇だから仕方がない、じっと前を見ておく作戦にも限界があるからごちゃごちゃ考えることでなんとか時間をつぶすのだ。
「学校のときは教師モードになれるから考えたとしても早く純花が作ってくれた温かいご飯が食べたいなとかそれぐらいだな」
「ああ、お弁当は冷めているものね」
「やっぱり違うんだよ、あと、待たなくていいと言っていても待っていてくれたら結局嬉しいんだよな」
嬉しいと言ってもらえてよかった、だって嫌だと思われているのであれば私の拘りはただ馬鹿な行為ということで片付けられてしまうから。
まあでも本当にお世辞を言うことだけはなんとかしてほしいところだけどね、不満があるところにはちゃんと言ってくれないと意識して変えることができずに時間だけが経過してしまう。
「それならこれからも待っているわ、さすがに二十二時とかになったらクリスマスとか明日が休みとかにでもならないと無理だけど」
「そうならないように気をつけるし、そうなったら先に食べて寝ていてくれた方が安心できるよ」
これ以上は逆にダメージを与えてしまいそうだから下りた。
温かい飲み物が飲みたくなったから紅茶とコーヒーを作ることにする。
そこまで遅いというわけではないものの、運動不足及び食べる時間の遅さから太りそうなものなのに体重が変わっていないというのが不思議なところだった。
決していくら食べても、そして飲んでも太らない体質だからとかそういうことではないのにこれだ。
「一応家事で燃焼……なんてそんなことはないか」
移動距離も短いし、何回も言うけどそこまで本格的にやっているわけではないからすぐに分かることだった。
それでも無理やり挙げるとするなら学校への登校や家までの下校、あとは学校時に精神状態が安定していないことで消費エネルギーがゼロではないということだろう。
「あ、純花なら無駄なダイエットとかいらないからな」
「ダイエットはしないわよ、ただ、冬だとどうしても運動不足になるわよねって話。はい、砂糖はいつも通りちょっとだけ入れておいたわ」
「ありがとう」
あとは私が○○グラム上がった程度で気にしていないというのも大きいか。
そのときそのときで分かりやすく変わるからいちいち細かいことを気にしていたら女なのに禿げてしまう。
「それとなんだか嫌な予感がするんだ」
「嫌な予感? あ、もしかしてなにかを忘れたとか――誰か来たわね」
「ぜ、絶対に白間だ、俺と純花の時間を壊しに来たんだ……」
あらら、絶望と言うには大袈裟かもしれないけど多分それに近い顔をしている。
で、いつまでも待たせるわけにはいかないから開けてみると「久しぶりだね」とにこやか不思議君がそこにいた、お湯を多く沸かしておいてよかった。
「あれ、小牧先生はそんな顔をしてどうしたんですか?」
「や、やあ、生徒が元気そうでよかったよ」
「それはそうですよ、何故なら久しぶりに六鹿さんと過ごせるわけですからね」
友達と安定して一緒にいられるということは私的にもいいことだからなにかを言ったりしなかった。
彼なら大丈夫、本当に踏み込もうとするのはあの子に対してだけだからこれまでのは余計な心配だったのだ。
「そういえばお揃いのマグカップ、そろそろ買いましたよね?」
「え? いや……」
「えぇ、結局言えていないじゃないか」
「言わなかっただけよ、言おうと思えばいつでも言えたもの」
一緒の布団で寝る、抱きしめる抱きしめられるができるのにその程度でいまさら恥ずかしくなるわけがない。
だからまあなんか余裕な態度で相手をすることができたのだった。
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