05話.[落ち着きなさい]
「結構遊んでしまったわね」
「うん、朝から十五時ぐらいまで外にいたわけだからね」
今日は残念ながら遭遇することもなく解散の時間が先にやってきてしまった。
まあ、個人的感想を言わせてもらえるのであれば楽しくてよかったとしか言いようがない。
彼のおかげで物凄く時間をつぶせたのもあるからそう悪くない冬休み初日を過ごせたと言えるだろう。
「疲れたからこれで帰るわ、今日は付き合ってくれてありがとう」
「僕の方こそありがとう、流石にこれ以上は嫌われてしまいそうだから大人しく帰るとするよ」
こうして誰かと過ごすと別れた後に寂しくなるけど仕方がない。
遊んでばかりいてしまったから課題を少しやってからご飯を作ろうと思う。
明日が休日という連続なので、多少食べる時間や寝る時間が遅くなっても全く問題はなかった。
「正月になったら温泉に行こう」
彼の帰宅時間に合わせていたから温める必要がないのは大きい、が、急に変なことを言い始めて手が止まってしまった。
聞こえなかったという風に見えたのか「正月になったら俺も一応連休になるから温泉に行こう」と。
「あ、温泉に入ることで疲れを取りたいってこと?」
温泉という単語は私にも魅力的に見える。
効能とかよりは温かくて大きなお風呂に入れるということと、やっぱり美味しい料理というやつに惹かれてしまうものだ。
「いや、単純に俺が純花とふたりきりでゆっくり過ごしたいんだよ」
それは私だって同じこと、でも、彼にとっての連休がそろそろくるわけだからわざわざどこかへ行かなくてもゆっくりできてしまうわけで。
「確か二十九日ぐらいから休みよね?」
「ああ、だからそのときを狙って温泉にさ」
「え、私はお金とか出せないけど……」
「そんなのいいよ」
い、いやいや、安いところを狙っても一人一万円近くはかかってしまうわけだからそういうわけにもいかない、何日泊まるのかは分からないけどその日数が増えれば増えるほど彼にとって負担となってしまうことになる。
そうでなくても両親がある程度は払ってくれているとはいえ、結局私の分が普段余計にかかってしまっているわけだから? 欲望に負けてすぐにはい分かりましたとはできないのが実際のところだ。
「ほら、この家にいると白間が来て相手をしてもらえなくなる可能性が高いからさ」
「まあ、確かによく来てくれる子だけど……」
気になる存在がいるのに私といるときはまるでいないかのように接してくる白間、白間といるのがつまらなければ強気に出られるけど楽しいからついつい相手をしてもらってしまうからどうしても回数が増えてしまう。
さっきだって別れる前に「また冬休み中に行くよ」とか言っていたし、なんなら明日にでも来てしまいそうなぐらいだった。
情けない、あの子に申し訳ない、でも楽しいから断りたくない、そうやって内側がごちゃごちゃしてしまうのだ。
「あ、もちろん白間との時間の方が大切ということならちゃんと断ってくれよ?」
「なによその言い方、春生との時間だって大切なんだけど?」
彼の言い方的には私が何回も呼び出しているように聞こえてしまう。
呼び出したのはこの前の一回だけだ、もっと前に遡ればあと数回はあるけど片手で数えられる程度でしかない……って、つまり白間の方から何十回と来ているということになるのよね。
本命とも仲良くしつつそれだから器用と褒めてもいいのだろうか? いや、私からは本命に去られないようにねという風にしか、ねえ。
「じゃあ……受け入れてくれるか?」
「いやだから、お金のことを考えなければ私だって春生とゆっくりできて嬉しいわけだし……」
「それなら決まりだな。お金のことなら気にするな、俺だってちゃんと仕事をして稼いで貯めているんだからさ」
あーもう好きにしてくれればいい、出ていけとかそういうことを言われているわけではないのだからわーやったーと喜んでおけばいいのだろう。
それでもとりあえずいまはご飯だ、ちゃんと食べないと疲れが取れない。
「今日も美味しいな」
「すぐに同じ料理になるけどね」
「それは仕方がない、俺なんか純花がいなかったらコンビニの弁当ばかりだったと思うぞ?」
「それは仕事で忙しいからでしょ? 私のこれとは違うわよ」
ま、そういうことからは目を逸らして食べ終えたらいつも通り洗い物をしていく。
でも、変なことになったなと、白間と遊んでいるのは決して春生の気を惹きたいからとかそういうことではないのに。
暇なときに時間が多分あるらしい白間が来ているだけ、それを繰り返しているだけなのにさ。
「ごちそうさま」
「うん、お風呂に入ってゆっくり休みなさい」
「おう、あともうちょっと頑張らないと楽しめなくなるからな」
やる気を出しすぎて怪我とかしないでほしいけどね。
怪我もなく元気な状態でなら仮に行けなかったとしてもそれはそれで楽しめるから私的には問題はなかった。
「というか、よく予約できたわね」
「え、だって十月には予約しておいたからな」
「な、なんでそんなに早くからしたのよ……」
「仕事を頑張れると思ったんだ、でも、早くこないかなってもやもやする羽目になったからいいのかどうかは分からないな、はは」
笑い事ではない、そもそも私に話もしないでさ、行かないことを選択していたらどうしていたのだろうか。
「だから純花が行くと言ってくれてよかった、それだけですっきりしたぞ」
「だったら十月に言っておきなさいよ……」
「いいんだ、それよりちょっと休憩するか」
車を運転するのだって疲れるのになにをしているのか、絶対に私と過ごせることで得られたなにかよりも疲れとか出費とかの方がでかくて損ばかりということになるだろう。
それだというのに小さい男の子みたいに楽しそうなのだ、珍しく連休だからテンションが上がっているのかな?
「ご飯食べるか?」
「ううん、あっちでちゃんと食べたいからいいわ」
「そうか、じゃあコーヒーでも買ってくるよ」
車の中は暖かいからじっとしていると眠りそうになってくる、それで毎回彼がドアを閉める音で現実世界に戻ってくるという繰り返しだった。
でも、こんなこともあと一回ぐらいで終わる、夢の世界に完全に旅立つ前に目的地に着くから当たり前と言えば当たり前だけど。
「ただいま、行くか」
「うん、安全運転で行きましょう」
ちょっと早い話だけど着いたら母に電話をかけようと思う。
遅い人でも昨日から仕事も休みになっているため、電話をかけたけど出なかった、なんてことにはならない。
特に教えなければならないこととかはないけど、なんとなく話したくなってしまったから仕方がない。
我慢をしても単純に弱ってしまうだけだし、できることはどんどんやっていかないとねという感じだった。
「着いたな」
「こうして見た感じだとあまり変わらないわね」
「はは、がらっと変わったら怖いからこれぐらいでいいよ」
あとはもう少しだけ車を走らせてお宿に行くだけだ。
あ、ただまだこれも少しだけ時間が早いからどこかで時間をつぶす必要がありそうだったので、どうせならいま電話をかけようとスマホを持つ。
「ちゃんと着いたの?」
「うん、お宿がある県には着いたよ」
「それならよかったわ」
死ぬまでにこうして色々な県に行けるというのはありがたいことだった、下手をすれば一度も行かないまま、見ることもできないまま終わるかもしれないわけだから本当にそう思う。
まあ、お金を払えていないということだけは気になるところだけど、端の方へおいやってなにをしているのかなどと聞いていく。
「春生君はどんな感じ?」
「え、子どもみた――表面上だけでも明るくいてくれて助かっているわ」
こうして一緒に出かけているときにつまらなさそうにされたらさすがの私でもノーダメージとはいかない、それどころか帰れもしないのに帰りたいとか言い出すかもしれないからそのままでいてほしい。
どうせあと数時間もすればこちらもハイテンションになってしまうだろうからそのときまではなんとしてでもね。
冷静になるのなら明後日にしてほしかった。
「あっちの方はどうなっているの?」
「特になにもないわ、あくまで私と春生という感じね」
「そう、まあ、仲良しすぎても心配になるからそれでいいのかもしれないわね」
内にあるのはただただ一緒にいたいという気持ちだけだから私的にはこれだけで十分だった。
一緒にいるだけでいい、話せるだけでいい、それぐらいなら一緒に過ごすだけでお金がかかってしまうということもないから。
「あ、そうそう、一時間前ぐらいに男の子が電話をかけてきたのよ」
「え、そっちに?」
わざわざ向こうの電話番号を教える必要もないから白間は知らない、となると、向こうに住んでいたときに関わっていた誰かだろうか。
家に連れて行ってはいなかったから母が知らないのも無理はない、うん、だからきっとそうだ。
「ええ、あなたがお家にいないみたいだったから実家に戻っているんじゃないかと思ってかけたそうよ」
「も、もしかして白間とか名乗っていなかった?」
「『六鹿さんの大親友の白間六です』と言っていたわよ?」
え、怖あ、なんであっちの電話番号なんて知っているのよあいつ……。
私でさえスマホなんかを入手したことで両親の連絡先はちゃんと分かるけど家の電話番号を忘れかけているというのに。
「なるほど、春生君と白間君とで悩んでしまっているのね」
「え、ちょっと待って、白間には好きな子がいるからそんなことはないわよ」
「本当にそうかしら? そう思っているのはもしかしたらあなただけなのかもしれないわ――」
あ、スマホを取られてしまった、しかも取ってきた本人は意地が悪い顔をしているわけではなく悲しそうな顔をしている。
運転している最中だからすぐに前に意識を戻したものの、母に「また後でかけるから切るよ」と言い切ってしまったという……。
「俺がこうして純花に来てもらった理由、もう忘れてしまったわけではないよな?」
「は、白間と私が盛り上がるのを避けるためじゃなかったっけ? お母さんが対象とは思わなかったんだけど……」
「周りの人間ばかり純花と話せてずるいだろ……」
えぇ、なにそれ、いつでも暇ねとか呟くだけの人間相手に言っていいことではないと思う。
「やっぱり軽く食べておこう、その方が夜ご飯も美味しく食べられるだろ?」
「い、いや、急にそうやって変えられても直前の発言のインパクトが大きすぎて無理なんだけど……」
「そのままだよ、俺だって純花とゆっくり話したいんだ」
「ちゃんと付き合うからやめて、さすがに私が恥ずかしすぎるわ……」
無意味なことをした白間とそのことを出した母のせいだ、そのせいで多分彼も過剰に反応してこんなことになってしまっている。
意地になっているところもあるのだろう、でも、言ってしまったから引くに引けない状態になっている、かもしれない。
「クリスマスだって二人きりで過ごせなかったからなあ」
「私は本当にあの日中に帰ってきてくれただけで十分だったけどね」
この感じだと何度も言ったところで彼が満足できていないわけだから延々平行線になりそうだった。
「サンタ服もよく似合っていたのになあ、まさか俺が初めてじゃなくて白間に先に見られていたとは思わなかったけど」
生徒に嫉妬……かどうかは分からないけどこうやって言われてしまうと困る。
私はこの先、何度白間には好きな子がいるのよと言わなければならないのだろう。
「春生に見てもらうときに失敗をしていたら恥ずかしいでしょう? だからどうなのかを聞いたのよ」
「家事とかをしてくれてありがたいけど正直、物足りないな」
「それならもっとしてほしいことを言ってちょうだい、私としてもあの程度でありがとうと言われても困るから助かるわ」
他は困るけどこれを待っていた、さあ、もっと自由に言いなさい。
私みたいにわがままでいてくれないと困る、お世辞マシンはこれで卒業となるわけだから嬉しい。
「いらっしゃいませ」
……大事なところだけ言わないやり方はマジでなんとかしてもらいたかった。
こちらはあと数時間もすれば本格的なご飯を食べられるというのと、いまので気持ちがやられてもやもやとしていた。
あのね、中途半端にするなら最初から言うべきではないのよ。
「お待たせしました」
そういうのもあって意地を張ってなにかを注文することはしなかったけど、彼は運転をしたことでお腹が減っていたみたいだから料理を注文していたので大丈夫だった。
「あ、そういえば今更だけど同じ部屋でも大丈夫か?」
「当たり前じゃない、逆に違う部屋だったら寂しくて嫌よ」
「よかった、これで遅くまで話せるな」
それなら美味しいご飯を食べたり温かいお風呂に入った後は寝ないように気をつけておかなければならない。
私がこうしてここに来られているのは春生が私に相手をしてもらいたいからだ、決して私が料理とかお風呂を楽しむためではないのだからね。
「着いたら昼寝をした方がいいな、そうしないと夜に話せなくなってしまう」
「そんなに頑張らなくても私が卒業するまで毎日見られるし、話せるのよ?」
って、無視かい、彼は本当にどうしてしまったのか。
ただこんなことを言っておきながら内にあるのは単純に相手をしてほしいとかそういうことだけでしかないのだろう。
ここも、というか、ここは特に気をつけないとあっという間にこれまで積み上げてきたなにかが駄目になってしまう。
「さあ、行こう」
「落ち着きなさい」
「大丈夫だ、もう冷静だから純花を困らせたりしないぞ」
なんて言っていたくせに……。
「ハイテンションになりすぎて疲れているじゃない」
「わ、悪い……」
まあ、軽くお昼寝をしたのがいい方には働いているわけだけど、あれがなかったら間違いなくもう夢の中だった。
仮にそうだったとしても私も大人しく寝るだけだったけど、まだまだ相手をしてもらえるというのはやっぱりありがたいな、と。
それに彼がハイテンションすぎたおかげでハイテンションになりきれずに恥ずかしいところを見られるのを回避できているのが大きい。
「ま、弱っているみたいだからそのまま寝転んでおけばいいわ、私も寒いから入らせてもらうけどね」
「久しぶりに結構長い距離を運転したから色々なところが痛いのもあってさ」
「もう消すわよ」
「反対を向いておけば大丈夫だよな」
そもそもここに私達を知るような人間はいないし、私の意思でこうしているわけだから後は彼次第ということになる。
「やばい、純花が温かくてすぐに寝てしまいそうだ……」
「そう焦らなくても大丈夫よ」
「ああ……」
明日の中途半端な時間に帰らなければならないとかではないのだ、なんでもかんでもいま抱えている感情を優先したら明日とかに帰りたくなってしまうだろうから今日は大人しく寝ておけばいい。
だってまた軽くではあっても街を見て回るときに運転しなければならないわけだからね、休んでおいてほしいと思うのはなにも悪いことではないでしょ。
「……またあのやってから顔を赤くしていたときみたいに頭を撫でてほしいんだ」
「それならこっちを向きなさいよ」
だんだんと目が暗闇に慣れてきて~と言うよりも距離が近すぎるのもあってちゃんと彼の顔は見えた、なんかこれから叱られる予定の子どもみたいな顔をしていたけどこうすればなんとかなりそうだと判断してなにも言わずに撫でていく。
あのときと違って恥ずかしい気持ちにはならないまま約一分ぐらいが経過、彼も黙っているからなんか年齢が逆転してしまったみたいだった。
「お母さんに春生とどうなのかと聞かれたの」
「それって上手くやれているのかということだよな?」
「違うわ、恋についてね」
「って、純花は俺のことがそういう意味で好きなわけじゃないだろ?」
「でも、これからは分からないわ」
たまにこうして甘えて一緒に寝てもらうこともあるけど、これだって本当はあまりするべきことではないと分かっている。
家族みたいな相手でも家族ではないのだ、親戚でも距離感には気をつけなければならない。
「私は反対されると思ったの、もっと違う子を見なさいと言われると思っていたんだけど……」
「もしかして俺と純花次第と言われたのか?」
「それね」
ではない、どうして消してからこんなに元気になっているのか。
色々と彼の作戦にまんまとやられている気がしたのだった。
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