03話.[変えていくのだ]

「それじゃあ気をつけてね」

「お母さんもね」


 早いものであっという間に帰るときがやってきた。

 母はすぐに帰ることはせずにこっちにあるお店に行ってからにするらしい。

 ここだけにあるお店なんてものはほとんどないだろうけど、それで満足できるのであればよかった。


「あ、六鹿さんおはよう」

「どちら様ですか?」

「はは、白間だよ、白間六」


 彼はあくまで笑いつつ「何回でも自己紹介をするよ」と、これ以上聞いても仕方がないからおはよと返して歩いて行く。

 最近はこういうことも増えた、何故か途中のところで待っていて一緒に登校しようとするのだ、放課後もあの子を優先しないで一緒に帰ろうとするときがあるから困ってしまう。


「友達として一緒にいてもらえるのはありがたいけどさ、あんたは自分のしたいことを優先しなさいよ――あ、『これがしたいことだから』とか言うのはなしでね」


 延々平行線にはさせない、そんなことになったら自分が疲れるだけだから変えていくのだ。


「まだなにも言っていないよ、まあ、いま正に六鹿さんの言ったことが正解なんだけどさ」

「あんたって私のことが好きなの?」

「好きだよ、関わってくれているみんなのこともね」


 あーあ、彼を好きになってしまってあの子は大変そうだ。

 全くと言っていいほど関係ないといっても困っていたら連れて行くぐらいはしてあげるけど、そういうことを重ねてもこの鈍感でもありそう君を振り向かせるのは簡単ではないだろう。

 ある意味教師である春生を振り向かせようとするよりも大変かもね、みんなにとってのいい人になろうとしているのであればなおさらのことだった。


「なあ」

「私?」

「ちょっと協力してほしいことがあるんだ」


 同じクラスの子ではないし、先輩というわけでもない人がなんの用なのか。


「あの女子達をなんとかしてくれないか?」

「あ、もしかして椅子に座れないから?」

「ああ、やかましくする女子は苦手なんだ」

「ちょっと待っていなさい」


 で、普通に頼んでみたらどいてくれた、なんならごめんと謝っていた。

 彼は静かに自分の席に着いてこっちに頭を下げてくる、悪い気はしないから手を振って教室を出た。

 いやでもよく私に話しかけてきたな、それにいちいち頼むぐらいなら自分で「どいてくれ」と言った方が早い気がするけど。


「見ていたよ六鹿さん、僕の友達が優しい人でよかったよ」

「あれぐらいならね」

「だからきみのところに行きたくなるんだよね」


 お世辞マシンの彼が出てきているからこちらも静かに席に着いて時間経過を待つことにした。

 ここだけは白間の悪いところだと言える、それ以外がいいのにそこだけでマイナス大減点になっていることを分かった方がいい。


「おはようございます六鹿さん、白間君」

「おはよう」

「おはよ」


 母も帰ってしまったから家に急いで帰っても仕方がないため、今日の放課後は適当に時間をつぶしてから帰ろうと思う――とかなんとかそういう風に違うことを考えておかないとすぐ目の前でいちゃいちゃし始めるから仕方がなかった。

 でも、別にここは悪いところだとは思わない、それどころかちゃんと仲良くできているわけだからいいことだと言える。

 ただ単純にいちゃいちゃしているところをじっと見ていても仕方がないからこうして考えているだけだ。


「……私に足りないのはこの積極さ、です」

「いや十分あんたは積極的でしょ、こうして二人だけでいてもすぐにそれが三人になっているんだから」


 廊下でも空き教室でも彼が来れば関係なく彼女も、となる。

 こそこそ尾行しているとかではなく、堂々と一緒にいようとしているからその点はいいけど、なるべく二人きりの方がよかった。

 対複数になると疲れる、ま、上手く対応できるのであれば友達が○○だけ、みたいなことにはならないわけで。


「お、お勉強をさせてもらっているだけですからね? 邪魔をしたくて毎回近づいているわけではないですから」

「私もあんた達がどう仲を深めているのか勉強しているけどね」

「僕達を見ても参考にはならないと思うけど」


 うん、相手がいないからどっちにしろ活かせるときはやってこないことになる。


「私は六鹿さんの自然に対応できるところを羨ましいと感じています」

「そりゃまああんたと違って白間のことを好きでいるわけではないからね、ただ友達としているならあんただって同じようにできているわよ」

「な、なんの話……ですか?」

「いやもうばればれだから隠そうとしても無駄よ、本人に知られているのにあくまで違うみたいに言おうとする意味が分からないわ」

「れ、冷静に全部言わないでくださいぃ……」


 あら可愛い、こうやって色々な表情を見せてくれるのなら白間的にもそりゃ放っておけないというか、可愛気があるからこうして一緒にいたがるのだろうと分かる。

 私もこんな感じで春生に仕掛けていけばなんにも影響を与えられないなんてことにはならなさそうだ。

 ちょっと今日試してみるかと、迷惑をかけたくないとか考えていた私はどこかにいっていたのだった。




「って、無理じゃない」


 食事を終えて入浴となったところで無理なことが分かってしまった。

 あれは相手が好きな白間だからこそできることで、春生のことをまだ完全に意識しているわけではない私にはできない。

 裸体とかを見せて誘惑しようとする痴女でもないし、仮に見せても誘惑できるような体はしていないからもう詰みだった。


「純花、ちょっといいか?」

「うん、開けて大丈夫よ」


 なにも急がなくてもいいのにと言いたくなったのを我慢して待つ。


「無理なら無理でいいんだが、クリスマスは一緒に過ごしたいと思ってさ」


 もう十二月になるから悪くはないけどなにもいまここでする話でもない。

 私が無理とかなんとか考えていなければ服を脱いでいたわけだし、もしそのタイミングで言われていたら別の意味に聞こえてしまう。

 私と彼はあくまで健全な関係でこうして一緒に暮らしているため、脱いでいなくてよかったとしか言いようがない。


「去年もそうだったじゃない、誘われても春生の方を選ぶわ」

「そ、そうか、ならよかったよ」

「ふっ、彼女とかいないの?」

「はは、いないって言っただろ」


 それだけだったのと、疲れたということだったから寝るために彼は去った。

 いつまでもここにいても仕方がないからささっと着替えてお風呂へ、洗ってから湯船につかったときにあ、そうだと新たな考えが出てきた。

 クリスマスになったらサンタ服でも買って着よう、と。

 それだったら痴女にはならない、また、クリスマスを最大限に楽しもうとしているみたいでいいだろう。


「……ちょっとでも可愛いと思ってもらいたい」


 のもあるのよねと鏡で自分を見ながら呟く、が、すぐに恥ずかしくなってお風呂場から出た。


「白間とあの子のせいよねこれ」


 目の前でいちゃいちゃしてくれるから私の乙女心を刺激しまくるのだ、だから春生に対して余計なことを求めてしまうようになる。

 自ら平和な生活を壊そうとしているのと一緒だから危険だとは分かっているのに求めてしまうのだ。

 母のあの発言も大きい、って、誰かがなにかをしたのを見たからとか、誰かになにかを言われたからとか関係なく私が単純にそうやって動いてしまっているだけか。


「は、春生ー……?」

「どうした?」

「きゃ!? と、トイレっ?」


 小声で外から声をかけたのにまさかのまさか、開けられて慌てる。

 反応されないようならなかったことにして部屋で大人しく寝ようとしていたのによくない感情が出てきてしまったではないかと、結局誰かのせいにしようとしている自分がいた。


「ああ、寝る前に行っておかないと夜中に起きてしまうかもしれないからな、夜中に起きると損した感じがすごいからさ……って、それでどうした?」

「い、一緒に寝たいんだけど」

「それなら敷布団を持ってくるから純花はベッドで寝ろよ」

「わ、分かったわ」


 寝たいところに何回も話しかけて邪魔をしたいわけではなく、単純に一緒の場所にいられているという安心感を得たかっただけだからありがたかった。

 なんでも受け入れられるとそれはそれで怖いけど、先のことばかりを考えていても意味はないからさっさと寝転ぶ。


「って、これじゃあ春生が休めないから駄目よ、そっちでいいから春生はこっちで寝なさいよ」

「いやいいよ、それじゃあおやすみ」

「あ、うん、おやすみ」


 ごちゃごちゃした内側もあっという間に落ち着いて気づいたら朝だった。

 今日も春生より早く起きることができたからその点にだけは安心、起こさないように気をつけつつ部屋を出る、起きなければならない時間が勝手にきたら起きるからそれまでは寝かせておいてあげたかった。


「おはよう」

「って、まだ全然寝られるわよ?」


 あまり意味もないけどいつも五時には起きているから彼的にも私的にもまだまだ余裕があるのだ。

 一緒に寝ようとしたりして自分が一番邪魔をしてしまっているものの、だからこそ寝られるのであればゆっくり寝かせてあげようとしているのにこういうことになってしまうという……。


「いやいいんだ、たまには純花と一緒に朝ご飯でも作ろうと思ってさ」

「別に休んでいればいいのに……」

「でも、まだ早いよな、それなら洗濯物でも干してくるよ」


 き、聞いちゃいない。


「あ、じゃあ洗濯物は干してくるからご飯を作ってくれない? 春生が作ってくれたご飯は美味しいから食べたくなるのよね」


 そして馬鹿な私は結局、自分の欲求に従ったことで朝から体力を使わせてしまうことになってしまった。


「お、よし、じゃあ頑張るよ」

「うん、私もすぐに終わらせて手伝うからそれまでお願いね」


 普段の洗い物と同じで二人分しかないから量があるわけではない、そのため、十分も経過しないで戻ってきた。

 問題だったのはここ、手伝おうとしたら「座っていればいいよ」と彼が受け入れてくれなかったことだ。

 頼んでおいてあれだけど、こうして終わったからにはやろうとするのが当たり前なのにこれだと困る。


「できた――なんか露骨に納得がいかないといった顔をしていないか?」

「運ぶわ」

「お、おう、頼むよ」


 頼んで彼が作ってくれたのだから味わって食べておけばいい。

 細かいことを気にしたら負けのようなものだった。




「白間、付き合って」

「いいよ、どこに行きたいの?」

「サンタ服を買いに行きたいの」


 春生をどうこうではなくクリスマスを楽しみたいだけだった。

 年内最後のテストが終わったわけだし、赤点もなかったから浮かれてしまっても問題はないだろう。

 あとは彼にお礼をするためでもある、なんだかんだ助けられたからこういうときになにかを返しておかなければならない。

 お世話になっておいてなにもしないまま卒業をして別れるなんてことは人としてできないのだ。


「いいよと受け入れたのはあれだけど、確かお小遣いは貰っていなかったんじゃなかった?」

「それがこの前お母さんが家に来て一万円をくれたのよ」


 それどころか「これからちゃんと受け取りなさい」と変わってしまうようだった。

 住ませてもらっているから云々という話をしてみても駄目で、それならばと春生に説得してと頼んでみたけど向こう側の人間だった形になる。

 というわけでいいのか悪いのかよく分からないお小遣い制度が復活してしまったというのが最近のことだった。


「おお、それなら冬休みに遊びに誘っても大丈夫そうだね」

「あとあんたにお礼がしたいから欲しい物があったら言ってよ、高価な物は無理だけどね」


 値段が全てではないから気持ちを込めていれば百円ストアに売っている物でも十分だと思うけど、それはあくまで私の話だから彼もそうなのかは分からない。

 ただ、彼なら無茶な要求はしてこないのではないかと、一応春から冬現在まで過ごしてきたことでどういう人間性なのかを分かっているから考えてしまう。

 彼女的存在がいてもなんだかんだいてくれると期待してしまうのもそういうところからきていた。


「それならこれからも相手をしてほしい」

「逆でしょ逆、そこは私が頼む側でしょうが」

「小牧先生が一番だとしても嬉しいなあ」


 学校では依然として近づかないようにしているし、時間もないから外で一緒に過ごしたというわけでもないのにどうしてそういう思考になるのだろうか。

 いやまあ確かに最近の私はそういう風に動いているけど、それだって家にいるわけではないから見られているわけではない、だからあくまで妄想の域を出ないことになるのに彼は自信満々といった感じで毎回春生のことを出してくる。


「僕も買っていこうかな」

「一緒に過ごすのはいいけど変なことをするんじゃないわよ?」


 抱きしめる程度ならいいけどキスをするのは早い、はずだ。

 もう付き合ってやることをやっている人間達からは目を逸らし、あくまで自分達のペースでやっていけばいい。


「大丈夫、僕らはあくまで健全に楽しむだけだから」

「それならいいわ、あ、だけどいい感じの雰囲気だったらヘタらずに踏み込まなければ駄目だから」

「まあ、そういう雰囲気になったらね」


 そこまで色々な種類があるわけではないからすぐに選んで購入することができた、あとは当日まで気づかれないようにしておけばそれでいいだろう。


「今日はこのまま六鹿さんの家に行っていい?」

「いいけどしていいことなの?」

「付き合っているわけではないからね」


 これもまたやましいことをしているわけではないからと片付けておけばいいか。

 最近は共働きが普通だから家に一人でも違和感はない、おまけに春生と撮った写真とかも部屋にしか置いていないから大丈夫だ。


「普通でしょ」

「男の人と二人で暮らしているんだね」

「そうよ、お母さんは仕事で忙しいの」


 すぐに言い当てられるとは思わなかった、どうやら私より匂いに敏感らしい。

 彼は結構鋭いところがあるから気をつけなければならないようだ……って、必死に隠す必要はあるのだろうか?


「はい飲み物」

「ありがとう」


 だけど聞かれない限りはやっぱり自分から教えるのはなしにした。

 外で会っていたこと、親戚だということ、そこまで知っているわけだから問題には繋がらないだろうけどちょっと怖かった。


「ちょっと着てくるから待ってて」

「え、いいの?」

「うん」


 自分一人で着て大丈夫とか言っても不安になるからどうなのかを聞きたかったのだ。

 うーん、それより彼のところに戻る前に確認してみたけど、なんか痛くて結局一人の状態でも大丈夫とはならなかった。


「六鹿さーん?」

「あ、これ……どう?」


 うわ恥ずかしいなこれ、春生に見せる前にやっておいてよかったのかもしれない。

 浮かれて調子に乗ったばかりにクリスマスを楽しめませんでした、なんてことになったら嫌だから。

 だってせっかく今年も一緒に過ごそうと誘ってくれたわけだから? うん、あくまで普通に楽しみたいじゃない。


「似合っているよ?」

「なんかおかしいところとかない?」

「大丈夫、ただ、その姿の六鹿さんを見ていたら僕が着るんじゃなくてあの子に着てもらいたくなっちゃったよ」


 彼だって購入してきたわけだからそれを着てもらえばいいと言ったら「スカートの方がいいかな」と目を逸らしつつ返してきた、彼も男の子だってことか。


「色々変わってあれだけど、あんまり出しすぎないように」

「うん、気をつけるよ」

「あとこのことはちゃんと言っておきなさいよ?」

「それは大丈夫だよ」


 さて、とりあえずこの物理的に痛い格好はやめるとして、これからどうしようか。

 こっちは洗濯物を取り込んだりとかそういうことで時間をつぶせるけど、彼からしたらなにもないわけで。


「や、やれることもないからそろそろ帰った方がいいんじゃない?」

「え、いいよ、六鹿さんは自分がやらなければいけないことをしてね」

「そ、そう」


 まあ、するけど。

 相変わらず不思議ちゃんなところもある白間だった。

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