02話.[やらせてもらう]
「美味しいな」
「お、美味しいけど焼肉なんて大丈夫なの?」
こんなのを食べさせてもらえるような資格がなかった、住ませてもらっているのにこんなに贅沢な行為は……。
「おいおい、そこまで貧乏というわけじゃないぞ……」
「いやほら、行くなら一人で行けばお金だって浮くのにって思って」
「一人で焼肉を食べに行ってもつまらないよ」
まあいいか、春生に多く食べてもらうことでこのいづらさをなんとかしよう。
特に上手というわけではないけど焼くのもやらせてもらう。
そもそもあまり入る方ではないというのもある、牛丼並でお腹いっぱいになれる人間だからいっぱい彼に食べてもらって体力を回復してもらおう。
「純花、酒……を飲んでいいか?」
「好きにしなさいよ」
お酒を飲むと暴れてしまうタイプとかでもないし、多少酔っても腕を掴んでおけば帰るときも危険ではないから大丈夫だ。
酔うことで本音なんかをずばずば吐くタイプだった方がやりやすくはあったけど、真っ直ぐに邪魔とか言われてもそれはそれでメンタルがやられるからこれでよかったのかもしれない。
「久しぶりに飲んだからやばいかも……」
「それなら程々にしておきなさい」
まだ注文した分があるからお肉や野菜の方に意識を向けてほしかった、が、なんかもう駄目そうだったから頑張って注文した分だけは入れてお会計。
「さ、帰るわ――な、なに?」
「……本当にありがとう」
「い、いいから帰るわよ」
家までは腕を掴んで移動し、着いたらすぐに部屋に行かせた。
いまお風呂に入ると沈みそうだったから仕方がない、臭いについては明日もまだ休みだから明日頑張って対応をしてもらおうと思う。
「酔っているから寄りかかっただけなんだろうけど……」
初めて抱きしめられるようなことをされた、頭を撫でてくれるようなことも最近はなかったから新鮮だった。
まあでも、あんまりべたべた触れられてもクビになる確率が上がるだけだからない方がいいか。
あの高校を選んだのは春生が教師で存在しているからだし、いなくなってしまったら困るから。
「春生、入るわよ」
「お、おう」
あ、もう通常の状態に戻っているみたいだった。
「わ、悪かったな」
「いや、ただ服を持ってきただけだから」
実家で暮らしていたときはいつも母がしてくれていたことだったため、なんかこれをしていると未だに恥ずかしくなるときがある。
しかも相手は男の人だし、その人と二人暮らしということになると、ねえ。
色々と我慢してくれているところはあるだろうけど関係も良好だからなおさらというか、いや、私が女として見られることはないだろうけどさ。
「そうか、じゃあちょっと風呂に入ってくるかな」
「うん、溜めてあるから入ってきなよ」
「お互いに風呂から出たら話さないか? 結局、ただ食べるだけみたいになってしまったから……」
「いいけど」
とにかく今日は喋りたい日らしい、お酒を飲んだのもそこからきていそうだ。
彼が出た後にすぐに入って奇麗にしてから戻ってきた。
「ここに座らせてもらうわよ」
「ああ」
部屋にはいることぐらい普通のことだから全く気にならない、ただ、改まって話すために集まると逆に出てこなさそうとは思った。
特に彼の方がそうだ、いつもはご飯を食べている間とかそういう限られた場合しか長く話していなかったからだ。
「唯一一緒にいてくれている白間がどこかに行ってしまいそうなのよね」
だけど私としても相手をしてもらいたかったわけだから悪い時間にはしたくない、だからこっちからどんどん出していこうと思う。
「純花じゃない他の子といるよな」
「あれ、知っているの?」
「ああ、何回か二人で一緒にいるところを見てな」
「そ、しかも異性といるから邪魔もできないのよ」
しかもお互いに意識し合っているみたいだからなおさらということになる。
なんだかんだいてくれたあいつが消えてしまったら楽しくやれるのかは正直分からない。
ただ、私はそもそもずっと誰かといられたというわけではないからあまり変わっていないというのが現状だった。
良くも悪くも引き継いで生きている感じが強い、まあ、それも両親とか彼みたいな人が支えてくれているからこそできることだけど。
「学校では春生にあんまり近づかないようにしているから白間がいなくなったら一人になるわ」
「家での距離感でいるわけにもいかないしな」
「だから家で話せると嬉しいけどね」
ちょ、直接相手をしてほしいとか頼んでいるわけではないからこれぐらいは許してほしかった、あとはちゃんと正直なところを言っておくことも必要なことだと思う。
人ってなにも言わなければ不満はない~などと考えることもあれば、ただ言えないだけなのではないかとか勝手に悪く考えてしまう場合もあるから。
特に謎に「ありがとう」とばかり言ってくる彼が相手であればこうしなければならないという感じ、本当のところは本人にしか分からないとしてもね。
「純花はよく俺のところに来ようと思ったな」
「毎年ちゃんと一緒にいる時間はあったからね、一番仲が良かったから春生ぐらいしか頼れなかったのもあるわ」
「俺としては嬉しいけど……」
利用されているのに「嬉しい」とか言えてしまうこの人間性はなんなのだろうか。
これからも悪い人に利用されそうで怖かったりする、利用しているお前が言うなよとツッコまれてしまいそうだけど心配になるのだ。
「でも、甘やかしてもらいたいわけではないわ、ちゃんと駄目なところがあるなら駄目だと言ってちょうだい」
「駄目なところなんかないよ、寧ろ俺が頼ってばかりで申し訳ない……」
怒らせればなんでもでてきそうだけどそんな無駄なことをする意味はない、また、ここでそんなことないわよと言ったところで延々平行線になることは目に見えているわけで。
「春生には本当に感謝しているわ」
「なんか無理やり言っているみたいに見えるぞ……」
「本当よ、だってずっとわがままな私を受け入れてくれているじゃない」
なんかくっつきたくなってきた、が、さすがにそれはできないから我慢をする。
それでも触れたかったから彼の髪を優しく撫でてから部屋をあとにした。
正直、かなり恥ずかしかった、自分でも想像できなかったぐらい熱くなった。
白間が言っていた好きとかなんとかってやつもそこまで間違ってはいなかったのかもしれないと気づく。
でも、そんな感情を持ち込んだら絶対にいままで通りとはいかなくなるため、気持ちが強まるようなことは避けなければならない。
「アイスでも食べて頭を冷やすしかないわね」
食べたら歯を磨いて寝ればいい。
寝て忘れられればもっとよかった。
「お、おはよう」
「おはよ、朝から気まずそうな顔をしてどうしたの?」
ああして一緒にいることを選んだのに選択ミスをして怒らせてしまった、とかだろうか。
白間ならそんなこともありそうだから笑えない、とにかく無駄な拘りで微妙な関係になっていないことを願う。
「いやほら、六鹿さんと約束をしていたのにあっさり変えちゃったからさ」
「いやいや、あれは私も納得して離れたんじゃない」
だから気にしなくていいわ、と。
ああして離れておいて後から文句を言うような人間ではない。
そんなことよりも春生と気まずくならなくて済んでいる点について私は安心しているぐらいだった。
「それよりあの子とはあの後なにをしたの?」
恋をしている二人が一緒に行動するとどうなるのか、なんだかんだ私も乙女だから興味を抱いてしまうのだ。
いつか役に立つかもしれないし、私は聞けて楽しいから無駄ではない。
「映画を見に行ったりしてきたよ、途中で友達が帰っちゃったから二人きりになっちゃったけど問題も特になかった、かな」
「よかったじゃない」
「正直、六鹿さんのおかげでもあるんだけどね」
「あんた毎回お世辞とか謝罪とかをしなければならないように設計されてんの? 別にいいからあの子と楽しくやりなさい」
それともただ普通に存在しているだけで相手にそうさせてしまうような圧が出ているということなのだろうか、勝手に出ているものは直しようがないからもしそうならこれから微妙なことばかりとなってしまう。
○○のおかげは春生が増えたような感じがして嫌だった、誰だってお世辞を言われれば喜ぶわけではないということを分かっておいた方がいい。
「あ、それとこれとは別だからね? 僕が六鹿さんの友達であることには変わらないんだから」
「あ、友達と認めてくれるのね」
「あ、当たり前だよっ」
そうか、こうして彼の口から聞けたというのは大きいな。
これで自信を持って友達と言うことができる、少なくとも一人で空回りをする、なんてことにはならない。
でも、あの子の彼への気持ちも分かってしまったわけだから甘えまくるなんてことはできないけど。
「廊下で話したいことがあるんだ」
「いいわよ」
わざわざなにをするのかと考えていたら滅茶苦茶小声で「小牧先生と夜に行動しているところを見たんだ」と。
なるほど、この高校からそう離れていない場所だったからそういうこともあるか。
「親戚の人なのよ」
「そうなのっ? それなら一緒にいてもなにもおかしくはないか」
「昔も一緒にご飯を食べに行ったりしたわ」
一緒の家で暮らしているというところは教えないままでいいか、どこで誰が聞いているのかが分からないからなるべく危なくなるようなことを口にするべきではない。
私が自由に言われて終わるだけなら自業自得ということで片付けられるけど、春生の場合は最悪違う場所へ……なんてこともあるかもしれないから。
まあ、やましいことをしているわけではないから親戚であることとかをちゃんと説明すれば全く問題なく終わりにできそうだけどさ。
「いや、僕的にはそうじゃなくてもきみが楽しそうだったからいいんだけどね」
「前も言ったでしょ、成人と未成年ということで無理だって」
「なにも恋をすることだけが人生の全てというわけではないから」
「はは、あんたが言っても説得力がないわね」
「ま、まだ僕らのあれは恋じゃ……」
あの子も同じ、なにもないならいちいちどもったりしないのだ。
だけどこういうところは可愛いから追加で揶揄することはしなかった。
こんな感じで緩い朝を過ごし、お昼休みになって自作のお弁当を食べていたときのこと、分かりづらい場所で食べていたのに何故か春生がやって来た。
「純花の母さんが今日家に来るらしいんだ」
「えっ、あ、小牧先生は受け入れたんですか?」
「流石に会わせないというわけにはいかないからな」
じゃあそれなら美味しいご飯を作ってご飯パワーでなんとかするしかない。
長くはいられないだろうからと余裕ぶっていたら「明日まで泊まるみたいなんだよな」と彼の言葉に止めをさされた、死刑宣告をされた気分だった。
あーでもあれか、どうせ連れ帰ることとかはできないことになるからこっちは堂々と存在していればいいのか。
「だから放課後になったら早く帰ってやってくれ」
「わ、分かりました」
ぬわー! いやでもできればこういうことは長期休みが始まるまで避けたかった!
なんなんだ急に、冬とはいってもまだ年が終わるところまでは全然きていないのになにをしに春生の家に来るのか。
「なにをしに来たのだ! ……って、まだいないじゃん……」
そりゃ鍵を持っているわけがないから適当なところで時間をつぶすよな、と。
だけどスマホをチェックしてみても連絡がきていることはなく、寒い外で見つめていたのに進展はなかった。
はっ、まさか余計なことをしたばかりに母のことをちらつかせて追い出そうとしたのかあ!? と内はごちゃごちゃになっていく。
「純花、帰ってきてくれたのね」
「ぎゃあああ!? って、お母さんどこにいたのよ?」
うん、最後に見たときからなにも変わらない母だ。
髪は私と同じぐらい長くて、ただ、少しだけ暗い雰囲気をまとっている人だった。
「公園で時間をつぶしていたのよ……」
「は、早く上がって、いま温かい飲み物を用意するから」
……正直に言おう、まともに話していないと言うよりも私が避けていただけだと、母も父も心配をしてくれていたのに逃げるように出てきてしまった形になる。
だからぬわー! とか内側でだけでも暴れていたのは単純にこっちが気まずかっただけなんだよね……。
「それでいきなりどうしたの?」
「大事な一人娘の顔を見たくなっただけよ」
「そのために来たのっ? なら冬休みとかでいいじゃない」
「春生君に直接お礼を言いたいのもあったの」
スマホでいいでしょ、なんで春生もそうだけど便利な道具を使わないのよ。
あー、だけど私がこうして出ていなければわざわざここに来る必要はなかったわけで、偉そうに言えることではないか。
「ごめんお母さん、出て行くときに適当にして」
「いえ、元気でいてくれているのならそれでいいのよ、あ、冬休みとか夏休みとかには帰ってきてほしいけれど」
「うん、そのときになったらちゃんと帰って顔を出すわ」
できれば春生も連れて行きたいけど教師という時点で無理だろう、休みの日も少ないから合わせていたら一生帰れないままで終わってしまう。
まあ、父的には大好きな母が家にいてくれればそれでいいだろうから? 別に娘が帰ってこなくても変わらない毎日だと思う。
結局、わがままを言ってここに住ませてもらっているわけだからそういう扱いをされても仕方がないと片付けられた。
「春生君とはどうなの? 年齢差とか異性ということでやりづらさはない?」
「ないけどお礼ばっかり言ってくるのは嫌、住ませてもらっているんだから家事をしたりするのは当たり前なのにさ」
「私が春生君でもそれならお礼を言うわよ」
「いや、お母さんみたいに本格的にやっているならいいけど、所詮、自分にできる範囲でしかしていないから」
「ふふ、あなたがそのままでいればいるほど、春生君はお礼を言うでしょうね」
なんでだ、でも、だからってやってやっているなんて考え方はしたくない。
そこは人としてね、そんな人間になってしまったら自分が嫌になる。
死ぬまで付き合っていくしかないから逃げることは不可能だけど、それならそれで大量にある時間を使って嫌なところは直していきたかった。
「友達はいるの?」
「一人だけね、ただ、その子は他の子が気になっているのよ」
今日だって話していたら急に現れて白間を連れて行こうとした。
で、白間が問題で、いつだってこの前みたいにすんなり言うことを聞こうとするときばかりではないのだ。
「六鹿さんと話しているから」とか言って離れないときもある、そうするとこっちに説得するように頼んでくるから困ることになる回数も多い。
「困ったときは春生君を頼りなさい」
「あんまり一緒にいると好きになっちゃうかもしれないわ」
「ふむ、年上の異性というのはどうしても魅力的に見えてしまうものね、それにあなたは昔から春生君に甘えていたから違和感というのはなにもないわ」
「でも、教師と生徒なのよ?」
「私もお父さんを好きになる前は男の先生のことを好きになったことがあるから偉そうに言えないのよ」
おーいおい、そんなこと初めて聞いたぞ、あとは父には絶対に言わないであげてほしかった。
繊細だからね、もし耳に入ったら冗談抜きで寝込んでしまう可能性がある。
「結局、向こうの方から『もったいないから他の子にした方がいい』と言われてなくなったんだけど」
「そうなんだ」
「無理やりは駄目よ、でも、春生君がその気になったのなら、純花が心の底から好きなら止めることはしないわ」
いやまあ、向こうが女として見てくることはないだろうから妄想の域を出ることはない。
あとはやはりいままで通りではいられなくなるからそんなことにならないのが一番だと言えた。
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