122作品目

Rinora

01話.[俺にはいないぞ]

純花すみか

「きゃ――いったあ!?」


 隙間に物が落ちてしまってそれを拾おうと集中しているときにいきなり話しかけられたらこういう反応にもなる、残念だった点はそうやって恥ずかしいところを晒しただけではなく頭を強くぶつけてしまったことだった。


「大丈夫か?」

「……なんのご用ですか、小牧春生はるお先生」


 彼は親戚の男の人で、この人の家で過ごさせてもらっている。

 好きだからとかではなく、地元の高校に通いたくなかったからわがままを言って家を出てきた。

 そういうのもあって自分の両親とはまともに話せていないのが現状だと言える。


「今日は遅くなるから先に食べていてくれと言いたくてな」

「スマホでいいじゃないですか」

「スマホだと気づかないまま純花が待っていそうだったからさ」


 協力してもらって物を拾って、すぐに挨拶をして別れた。

 もう結構いい時間で日が暮れてきてしまっているから早く帰らないと寒くなる、あとは家事全般を自分がやらなければならないから、というのもある。

 わがままを言って住ませてもらっている身としてそれぐらいはしなければならないわけだけど、それなりに大変なのは確かなことだった。


「うわーん」


 が、途中で泣いている子を発見して近づく。


「え、物を落としちゃったの?」

「……うん、これぐらいのやつ……」


 この付近にあるなら問題はないけど、違う場所で落としてしまったということなら見つかることはないだろう。

 それでも形だけは探すことにした、見てみぬふりはできないから仕方がなくではあった。


「あ、これは?」

「あ、それ!」

「ふふ、見つかってよかったわね」


 名前も知らない男の子の頭を撫でてから挨拶をして別れた。

 春生の帰宅時間は基本的に遅いから時間つぶしができてよかった。


「ただいま」


 私が住ませてもらうまでは一人暮らしだったから当然家には他に誰もいない。

 まあ、いてもやりづらいし、明らかに自分が邪魔者となるだけだからそういう点にも感謝するしかない。


「できた」


 こうして料理が目の前にあっても先に食べたいという気持ちにはならず、洗濯物を畳んだり、ソファで寝て休んだりというのが常のことだ。

 寝た場合は約三時間ぐらい寝ることになるものの、そのせいで本当に寝なければならないときに寝られなくなるなんてことはなかった。


「純花、起きろ」

「……今日は早かったわね」


 両親に説得してくれと頼まれたときも春生は「大丈夫だから」と即答し、受け入れてくれた。

 なら両親がいなくなってから、二人きりになってから「お前なあ」と言われるかと思えばそうではなく、こっちの頭を撫でつつ「気にしなくていいぞ」と変わらないままでいてくれた。

 でも、教師ということで早い時間に帰ることができる日ばかりではないということは分かっていたため、それならせめてご飯ぐらいは一緒に食べたいと考えて行動している形になる。

 彼からすればいいのかどうかは分からないけどね。


「もう二十一時だぞ、直接言っても結局先に食べてくれてはいなかったが」

「仕方がないじゃない、一人で食べるなんてつまらないもの」

「それなら食べよう」


 この拘りだけは捨てられない。

 ただ、温めている間に彼としてもどうしようもないのよねと内で呟く。

 あの高校に私が通っている以上、なにか不満があっても追い出すことはできないことになるから。


「純花、いつもありがとな」

「いや、なんで急に?」


 なんかもっとこう、住ませてやっている、ぐらいの感じでいればいいのだ。

 なのに実際はこうして彼の方がお礼を言ってきてばかり、お前が言えよとツッコまれてしまうかもしれない。


「こんなことを言うのはあれだが家事をしなくていいというのは大きいからさ、あとは家に帰ったときに誰かがいてくれるというのは大きいだろ? だからありがとう」

「でも、私がいたら彼女とかを連れてきづらいでしょ?」

「彼女? ははは、俺にはいないぞ」

「いやでもそろそろ三十歳になるわけだし、結婚とかにも興味があるでしょ? そのときになったらどうしようかしら……」

「仕事で忙しいからな、そんなことないよ」


 彼はそうでも彼のことを気にしている女性的にはそうもいかないわけで、あとは小さなきっかけでいくらでも変わっていくからこのまま進むとは考えられなかった。


「ごちそうさま、洗い物は俺がやるから風呂に入ってこい」

「駄目よ、春生が入ってきなさい」

「……悪いな」

「いいのよ、仕事で疲れているんだから早くお風呂に入って寝なさい」


 なんでそこで悪いなとなるのかが分からなかった。

 二人分の量だからすぐに終わったため、ソファに座って一つ息を吐く。

 私的には両親と離れられているだけで嬉しいぐらいだけど、学費とかを出してもらっているわけだからたまに申し訳なくなるときがある。

 形だけでしかないけど、一応、迷惑をかけているのに全く気づいていない、分かっているのに見ないふりをしているような屑ではないみたい……?


「純花、いまなら温かいぞ」

「うん」


 なんて、自分への評価なんてどうしても甘くなるから意味はないか。

 こちらもさっさとお風呂に入って寝ることにしたのだった。




六鹿むつがさん、おはよう」

「んー」

「はは、六鹿さんはいつも通りだね」


 白間ろく、彼はこの高校に入学したその日に話しかけてからずっとこうして私のところに来ている、私は名字だけどお互いに六という漢字が共通しているかららしい。


「今日は小牧先生と話さなくていいの?」

「なんで?」


 私が春生の家に住んでいるとかそういうことを言ったわけではなかった、ただ、私が他の人間と話そうとしないのに春生とだけは話そうとするからいちいちこうして話に出してくるのだ。

 正直に言うと面倒くさい、学校ではあまり関わらないようにしているのにこいつのせいで駄目になるときも多いから。


「だって六鹿さんは僕か小牧先生としか話そうとしないからさ」

「小牧先生は教師なんだから邪魔はできないし、あんたでいいわよ」

「それならこっちを向いてよ、ちゃんと顔を見て話したい」


 乙女か、ま、変なことに拘っているのは私だけではないということよね。

 何回も言われると面倒くさいから大人しく顔を見ると「やっと見てくれた」と笑みを浮かべた。

 私もそうだけど普通の顔だ、だからこそ……落ち着くのかもしれないけど。


「あんたの顔は見飽きたわ」

「ちょ、なんですぐに戻すの……」

「別に相手の顔を見なくたって会話はできるでしょうが」


 友達と言えるのか分からない、ただただこうしてあまり内容もない会話をしているだけだからそういうことになる。

 まあ、嫌というわけではないけど、そういう話をされたことがなかったから曖昧なままでいた。

 これからどうなるのかは彼がどう踏み込んでくるのかで変わる、つまりこのままを維持するということならなにも変わらないというわけだ。


「なるほど、六鹿さんは小牧先生が好きなんでしょ、だから素っ気ないんじゃないかなって」

「あのねえ、そもそも教師とか生徒とかそういう話の前に成人と未成年なのよ? その時点で無理じゃない」


 すぐにこういう話に持っていこうとするところも面倒くさいところだった、そして面倒くさいと分かっているのになんだかんだで相手をするのが自分だった。

 新しい土地で三年間生きていくためにはこういう存在が必要不可欠、……結局のところは話せる相手がいるということで安心しているのでしょうね。


「この話は終わり、ちょっと廊下に行きましょ」

「うん」


 とはいえ、お小遣いを貰っているわけではないから飲み物を買って飲んで内のごちゃごちゃをどうにかする、なんてことはできない。

 そういうのもあって窓があるところまで行って太陽の力を借りるぐらいが私にできることだった。


「そういえば最近、あんたに近づいている女の子がいるけどどんな感じなの?」

「仲良くはできているよ? でも、関係が変わることはまだないよ」

「なんで分かるの?」

「きみが他の誰かと仲良く楽しそうにやれるようになるまでそっちに僕が集中するからだよ」


 そんな理由で断られたらその子はやっていられないだろう、あと、こっちのせいにされても困るから変えなければならないのかもしれない。

 というか、そんなことを笑いながら言っている彼が間違いなく悪いけどね、なんでそんなことに拘ってしまうのかという話だ。

 言ってしまえば高校を卒業すると同時に関わらなく相手のことなのに、放置しておけば自分のしたいことをたくさんできるというのにおかしなことをしている。


「なるほど、じゃあ私が誰かと仲良くすればその子は振り向いてもらえるのね?」

「そ、そもそも誰だって恋愛感情を抱えて近づくわけではないから……」

「仮に求められたら?」

「……きみが楽しそうにやっているときなら考えるかもしれない」

「ふっ、あんたは自分のことに集中しなさい」


 小学生でもこんなことはしない、仮にそんなことを言ったとしても時間が経過したら忘れていく。

 それぐらいの緩さでいいのだ、のめり込みすぎてしまったら疲れてしまう。

 例えば私なら自分の人生のはずなのに分からなくなってきそうだからすぐにやめるだろうな。


「でも、いつもありがと」

「うん」

「もう満足できたから戻るわ」


 それより気になるのは学校で一緒にいられないから家ではたくさん、とはならないことだ。

 仕事で疲れているから相手を頼むことなんてできない、食事と入浴を終えたらもう余裕がないから休んでもらうしかない。

 つまり、仲を深めることができないということで……。


「はぁ、いいことばかりではないわね」

「うん、難しいよね」

「だけど頑張っていくしかないわね、お互いに頑張りましょ」


 って、そこまで寂しがり屋というわけではないけどさ。

 迷惑をかけないのが一番だから我慢できるところは我慢をしていくしかなかった。




「暇ねえ」


 家でのんびりできると言えば聞こえはいいけど、それだけしかできないというのが実際のところだ。

 高校生なのにおじいちゃんとかおばあちゃんになったような気分になる、このままだと干からびていくだけだった。


「あ、白間いま大丈夫?」


 連絡先はこちらから聞き出したわけではなく彼が無理やり教えてきたわけだから問題にはならない、だってそれって暇だったら連絡をしてこいってことでしょ?


「…………だいじょうぶだけど」

「ん? あんた風邪でも引いたの?」


 そうしたらつまらない休日となるから勘弁してほしいところ、利用するわけだから申し訳ないけど付き合ってほしかった。


「ふぁぁ~、ううん、眠たいだけ……」

「眠たいだけならいいわ、いまから遊べない?」

「ふぅ、それなら着替えて六鹿さんのお家に行くよ」

「いやいいわよ、あんたの家の近くの公園まで行くからそこまで来て、じゃあね」


 よし、これで後は遊び終えた後に買い物をして帰ってくればいい。

 家に着いてからもいつもと変わらない、あ、ただ平日と比べて春生の帰宅時間はそこまで遅くないからできたてを食べてもらえる可能性がある。


「おはよう」

「悪いわね」


 うん、休日でも普通だ、それは私も同じことだけど。


「いいよ、それでどこに行く?」

「四月から必要なところにしか行っていないからまだ全然知らないのよ、だからあんたのおすすめのスポットでも教えてくれない?」

「分かった、それなら行こうか」


 野生の猫がたくさんいる場所とか、どっちも恋をしていないのにデートにおすすめの場所とか、美味しいアイスクリームが食べられるけど強気な価格設定のお店とかを教えてくれた。

 彼にとってはこれがおすすめのスポットということだけど、まあ、細かいことは気にしないでおこう。

 頼んで受け入れてくれて実際に行動までしてくれたわけだから文句を言うべきではない、大人の対応をしなければならないのだ。


「あれ、あんたとよくいる子じゃない」

「本当だ、だけど女の子と一緒にいるから邪魔はできないね」

「なんでよ、話しかければいいじゃない」

「そもそも今日は六鹿さんと――って、聞いてくれていないよね……」


 気になるから少し大きな声を出してあの子を呼んだ。

 こっちを見てくれたし、彼を見つけたことで安心したのかこっちに歩いてくる。


「いきなり知っている声が聞こえてきてびっくりしました」

「ごめん、なんかこいつが声もかけずに離れようとするからさ」


 じろりと見てみると気まずそうな顔をしている彼が、あ、もしかしたらこれはやってしまったのかもしれない。

 他の女と仲良くしているところを見られたくなかったとかだったら、やばいね。


「でも、デートじゃないんですか?」

「相手をしてもらっていただけよ、だから勘違いしないでちょうだい」

「あー、……別に白間君が誰と仲良くしようと自由、ですけどね」


 不自然すぎる、それならもっと表情も変えずに言うことだろう。

 しゃあない、大人の対応をするか。


「本当にそういうのはないのよ、あとあんたとどうすれば仲良くなれるのかという話をするためでもあったのよ」

「は、白間君が私と仲良くしたがっているということですか?」

「一緒にいるんだからそんなの当たり前でしょ? あんたがいたいならもうここで別れるけど」


 買い物をして帰ったら家で大人しくしていよう、地元の高校に通わなくて済んでいるのだからこれ以上のわがままを言うべきではない。


「あ、でも……」

「白間くんがいても私は大丈夫だよー」


 友達明るいな、白間が面倒くさい絡み方をしてきても「私は大丈夫だよー」とか言えるようにならなければならないのかもしれない。

 来てくれるのが当たり前という考えになったらあっという間に終わりそうだ、一ヶ月後には一人になっていそう。


「は、白間君的には……」

「六鹿さんがいいなら……」

「じゃあ決まりね、付き合ってくれてありがと」


 自分の中にある気持ちにちゃんと向き合えばすぐにこういうことになる、彼が無駄な拘りで時間やチャンスを無駄にしてしまうような人間でなくてよかった。

 で、決めていた通り買い物をしてから家に帰ったものの、


「暇ねえ」


 これだけは変わらないままという……。

 まあ、忙しい春生にこの発言を聞かれてしまっているというわけでもないし、なんだかんだ時間は経過していくから一人で呟くぐらいは許してほしい。

 やる気なくだらだら寝転んでいると勝手に眠気がやってきてくれることだけはいいことだと言えた、そのせいで春生の帰宅時間に合わせてご飯を作れないことはよくあるけど。


「もしかして夜に寝られていないのか? あ、布団が足りずに寒いとか?」

「え、ただ時間があるからああしているだけだけど」

「そうか、この家は特に時間をつぶせる物とかがないもんな」

「そういうことじゃないわよ、寝ることが好きだから私はああしているの」


 外に出ればいいことがあるというわけでもないし、疲れることの方が多いから寝て過ごすのが一番だった。

 感覚的には何時間でも時間を飛ばせるというのが大きい、あとは起こしてもらうことで春生と自然に話せるようにという狙いもある。

 緊張するとかそういうことではなく、仕事で疲れている相手だからこそ自然と話せるときに話しておかなければ駄目なのだ。


「いまからご飯を作るから待っていてちょうだい」

「いや、たまには外に食べに行かないか?」

「え、あ、春生がいいなら」


 買い物には行ったけどすぐに使わなければならない物はない、冬というのもあってどれも余裕がある物ばかりだ。

 だから作らなくていいということなら楽でいいけど、こんなことは珍しいから変な反応になった。


「おう、いつも世話になっているからな、あと純花とゆっくり会話をできる時間が欲しいんだよ」

「そ、そうなのね」

「じゃあ行くか」

「うん」


 着替えとかも必要はないからそのまま外へ。

 何回も言うけどこんなことは滅多にないからテンションが上がってしまっている自分もいた。

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