目覚めて side ツキ

――――――ピピピ、ピピピ、ピピピ


 規則的に鳴る時計へ手を伸ばす。何度か宙を叩いてからお目当てのスイッチに手が当たる。カチリと押せば、鳴り響いていた音は止んで、また眠気が襲ってくる。


「おはようございます、つき様」


 チラリと時計を見れば、針は6時を指している。まだ慌てるような時間じゃない。それどころかあと30分は寝ていられる。

 誰だ、こんな時間にアラームをセットしたのは。全く、油断も隙もあったもんじゃない。


「今日こそは早起きをする、ではなかったですか。月様」


 ……。


 さて。もう少し布団の中でぬくぬくしておこう。

 目を閉じてしまっては、次に起きるのは慌てる時間かもしれないからな。目は閉じずに布団の中の温もりに、少しだけ身を任せて


「そろそろ支度をしませんと、間に合いませんよ。月様」


 ……。


「月様。今日の朝食は月様のお好きな物で揃えてみましたよ」


 ……。


「月様、ワタクシは仏ではありませんのであと三秒ほどで布団を剥ぎ取らせて頂きますね。はい、さーん、にー、いー…」


「だぁあああああ! もう! うるせえぇえなぁぁあ! 良いだろ、あと30分ぐらい寝てても!」


 飛び起きて叫ぶ。朝から暑苦しいスーツをかっちり着こなして狐のような細い目をこちらへ向けて、淡々と物を言うのは成哉なりやという男だ。

 オレ達の世話係のような、…執事のような…? ……兎も角、子供の面倒もマトモに見れない母親が寄越した、何を考えているのかよく分からない男だったりする。


「良かった、死んでいたらどうしようかと思いました。おはようございます、月様」


 何が良かっただ。時計止めるとこ見てたろ。

 白々しく物騒な成哉を、じとりと睨む。その視線を飄々と躱して、「朝食が冷めますよ」とニッタリ笑う。

 ゾクリと背筋が冷えて、慌てて知らん振りをする。…コイツの笑い方、マジで苦手なんだよな…。


「…はぁ、もう…わーったよ…」


 布団を適当に畳んでベッドを出る。「リビングで待っております」と一礼して出ていった成哉にため息を零す。


 滅多に連絡の繋がらない母親へは、何度も「世話係なんて要らない」「もうオレ達だけで大丈夫だ」とメッセージを送っているのだが、色よい返事は無い。

 いや、そもそもあの女が、オレ達のメッセージをまともに読んでるだなんて思わない方が良いのかもしれないけど。


「あれ、な…月! おはよ〜♪ またお寝坊するトコだったの? 成哉に聞いたよ〜♪ あん、もう。髪ボサボサ。折角綺麗な髪してんだから、もっと気遣ってあげて?」


「姉ちゃん、朝からうっさい」


「うふふ。良い女は朝から輝くの♪ ほら、ご飯食べる前に顔洗って髪整えておいで」


 部屋から出れば、丁度オレの実姉ののぞみが出掛ける格好で部屋から出てくる所だった。いつもは長く鬱陶しそうな髪を、今日はポニーテールでまとめている。

 オレの髪を撫でた姉ちゃんの手首から、嗅ぎ馴れた柑橘系の香水が空腹を擽った。


「どっか行くの」


「やだ、昨日言ったでしょ。友達とカフェ巡り♪ 帰ってくるのは夜遅くになるし、夕飯は成哉と二人で食べてね♪」


「そだっけ…」


 くぁ、と大きくあくびをすれば「んもぅ」と甘い声を出して可愛らしく笑う。

 我が姉ながら、自分の美しさを最大限活かしてるというか。引き出してるというか。


 姉ちゃんの眩しさに思わず目を細めたオレに、また笑った彼女は艶やかな唇をオレの頬に擦り寄せてから玄関に向かう。


「じゃあ、行ってきます。…成哉と喧嘩しちゃダメよ?」


「…………あーい」


 ついでのように付け加えられた言葉へ適当に返事をする。

 こっちだって好きで喧嘩してんじゃねぇし。ってか喧嘩じゃねぇし。


 …そんな子供じみた言い訳なんて、姉ちゃんには笑われてしまうだろうから絶対に言わないけれど。


 自由で優しい姉ちゃんを見送ったオレは、ため息を吐いてからリビングに向かった。


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