お母さんといたかった

天雪桃那花(あまゆきもなか)

お母さんといたかった

 あたしはお母さんといたかった。

 やさしいやさしいお母さん。

 お母さんがにこにこ笑うと、あたしもうれしかった。


 お父さんがお母さんを追い出した。

 あの日、お母さんといたあたしをお父さんはつれもどしに来た。

 お父さんはこわいかいじゅうみたいなひどい顔をしてるなと思いました。



  ◇◆◇



 お腹がすいてすいて、あたしは泣きながらお母さん家にバスで行く。


 お母さんはあわてて、家から出てくると、あたしをだきしめてくれた。

 あたしはお父さんが帰らない日に、お母さん家に行く。

 だってお父さんと住む家には食べる物がなんにもなかったから。

 お父さんは、ごはんを作らない。

 買って来たコンビニ弁当ややきそばパンや食パンを放ってよこすだけ。


 お父さんは、しょっちゅういなくなる。なん日もあたしを家におきざりにして、出張とかだれかの家に行く。

 パチンコもけいばとかいうトコにも行っているのをあたしは知ってる。


 たのんでも、ご飯をくれない。

 おいていってくれない。

 お金もわたしてくれないから、あたしは水を飲むしかなかった。


 でも、今回はとうとう3日たって、あたしはお母さんがこっそりくれていた電子マネーカードをたたみの下のかくし場所から取りだした。


『こまったら使いなさい』ってお母さんが言って、あたしにくれたんだ。


 コンビニでごはんを買った。

 ちゅう車場でむしゃむしゃ食べた。

 お母さんはお父さんにバレないように、ごはんを食べたあとのゴミは捨ててから帰りなさいと言ってた。

 だから、ちゃんと捨てる。

 買ったものはお家には持って帰らないようにってお母さんは言った。

 だから買うのは食べられるだけにするのよって。


 コンビニでようやくお腹がいっぱいになった。

 お父さんと住む家にはもどらない。

 あたしは帰らない。


『これを使ってバスに乗れば、お母さんとこに来れるから』


 あたしはお母さん家にやっと着いた。


 おばあちゃんがちょっとイヤな顔をしたのを、あたしは気づいてた。

 おばあちゃんはゆがんでた。それはお父さんみたい。二人が同じで、にてて、心がギクッとして見のがせなかった。

 黒くにごったどろ水があたまにうかんだ。


 あたしは安心した。

 学校はお休みになったけれど。

 お友だちのタエちゃんはさびしがっているかもしれない。


 でも、もうもどりたくない。


 ここにいればお母さんがいるから安心だ。


 だけど、お父さんが来た。


 みんなで大げんかになって、おばあちゃんがあたしにひどいことを言った。


「あんたっ! そのロクでもない父親と帰んな。お前は私のまごなんかじゃない。その男はね、ぼうりょくをふるうとんでもない男だよ」


 あたしは初めて、お母さんの本当の子どもじゃないと知った。

 お父さんはゆがんだ顔で笑ってた。


「その女はお前のまま母ってやつだった。さあ帰るぜ。ここはお前の居場所じゃないんだよっ」

「お前ら親子のせいで、この子は心を病んじまった。出てけ、出てけ」

「お母さん、やめて! あの子は血がつながらなくても私の子どもなのよ?」

「りこんしてシンケンも取れなかったくせに」


 シンケンってなに?

 あたしはショックでお父さんと住む家に帰ってきても泣いてばかりだった。

 お父さんはどなりちらして、またどこかへ行ってしまった。


 2日かん、アパートには一人だった。


 ピンポォンとこわれかけのチャイムが鳴った。

 もしかしたらって思ったの。

 力が出なかったけど、立ちたかった。

 もしかしたら、もしかしたら。

 ドアを開けなくっちゃ。

 よろよろと立ち上がった。

 こんなに歩くのが大変だったかな。


「お母さんっ!」

「さやかっ!」


 ドアを開けたらお母さんがいて、お母さんにだきしめられた。


 お母さんが来てくれた。

 それだけでうれしかった。


 お母さんがにげるわよと言った。

 お母さんの顔がはれて血が出ている。よく見たら体じゅうにむらさきのアザや、青いアザや、なおりかけのキズがあったのをあたしは見てしまった。


「お母さんっ、お母さんっ」

「ここにいたら、さやかは死んじゃう。ごめんね、ほんとうのお母さんになれなくて」

「ううん、お母さんはお母さんだよ」


 だって。

 だって。

 助けに来てくれた。


 お母さんはあたしを、りこんの時に引き取りたいと言ってくれたんだって。

 でも血がつながらない、ほんとうのお母さんじゃないし、心が病気になっちゃったから、さいばんしょってトコがあたしはお父さんといるべきだって決めたんだって。


 あたしはお母さんと一緒にいたい。


 なるべく遠くに行こうねってお母さんが言ったから、あたしはホッとした。


「汽車に乗ることにしたのよ。さやか、もう大丈夫よ」


 ポツンと海のそばに建つ駅で、お母さんと二人だけだった。

 風がつよいな。でもきもちいいな。


 お母さんはあたしの手をつないでた。

 あたしもぎゅってお母さんの手をにぎった。


 駅は高いトコにあるから、下は岩だらけ。

 がけがちょっとこわかった。

 だけどお母さんがいれば大丈夫。


 あたしは汽車に乗れるのが楽しみになってきた。


 その時――。


「お前らを行かせるものかっ! オレのむすめを返せっ」

「あっ……」


 お父さんがとつぜん来て、お母さんをなぐってつきとばした。


「お母さんっ! お母さんっ!」


 あたしはなみだでぐちゃぐちゃになりながら走って、お母さんをだきしめた。


 あらわれたお父さんはこわかった。

 お母さんをまもりたい。

 いつもお母さんはあたしをまもってくれていた。


 そうだった。

 あたしのかわりにお父さんにぼうでたたかれたりグーでぶたれたり、けられたりしていた。


 なんでわすれていたんだろう。


 あたしはお父さんをつきとばすことに決めた。


 もう、ゆるさない。

 ゆるさない。

 ゆるさない。


 どんっと体当りしたけれど、あたしのヒョロヒョロはお父さんにはきかなかった。


 お父さんはまっ赤になって、あたしをたたこうとした。


「さやかぁ」


 お母さんは逃げなさいと言った。

 お父さんを後ろからつかんで、お母さんは――。


 あたしにお母さんは、さっき絵本をくれました。

 ぼろぼろになった絵本はお母さんが大すきなおとぎばなしのお話だって。

 まま母がやさしいおとぎばなし。


 1まい、しゃしんが入っていた。

『幸せになりなさい。かならずよ? なれるんだから。さやかなら幸せになれるんだから。お母さんはあなたのえがおが大すき』

 しゃしんにはあたしとお母さん。

 うらにはお母さんの字が書いてあった。


 あたしは泣くしかできなかった。

 びっくりしすぎで、体が動かない。


 目を手でかくせなかった。

 あたしは目をつぶれなかった。


 あたしは見たくなかった。

 見たくなかったよぉ。


 あたしの大すきなお母さんは、あたしの大キライなお父さんと、海におちていってしまったの。



          了


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