●_024 救国の将の告白 01
将軍カッサリア・マルテンスの指揮した作戦は、四千に満たない兵で、帝国の兵3万を退ける大きな戦果を納めた。
その六ヶ月後、国境の戦いは王国の勝利で停戦を迎える。将軍は救国の雄のひとりとして称えられた。
余談ではあるが、最も激しい戦闘を繰り広げたといわれる第三部隊は、一人も欠けることなく無傷で帰還し、今日では不死身の第三部隊と呼ばれている。
◇ ◇ ◇
帝国との終戦後、カッサリア・マルテンスは、自らの治める領地へと凱旋した。領民は万雷の拍手と歓喜で領主を歓迎し、昼夜問わずに催された三日間の宴会は、かつてないほどの熱気で溢れ返った。
その熱も次第に落ち着いたころ、将軍は領地にあるウィドマン大聖堂へと足を運んだ。
ウィドマン大聖堂は、枢機卿候補にも名の挙がる司祭シュテッテンが司教座につく歴史ある教会堂で、敬虔な信者が足しげく通う場所でもある。カッサリア・マルテンスもその一人であった。
いつものように領民に倣った目立たない恰好で大聖堂へと入ったマルテンスは、入り口の傍に立つ聖職者の若い男に献金を手渡し奥へと進む。
いつもは老いた別の聖職者が椅子に座っていたが体でも壊したのだろうかと心配しながら、聖堂の中へと足を進める。
天井が空へ抜けた、そう思えるほど聖堂の天井は高い。薄暗い堂内に天井を支える白く太い石柱がひっそりと浮かび、見上げる位置から堂内へと極彩色の光芒が注いでいる。直線が折り重なった幾何学模様の色鮮やかなステンドグラスはこの大聖堂の威光を示す名物となっている。
マルテンスは横長に並んだ教会椅子の列を抜け、その先にある神体の前に立つと胸の前で手を左から右へと引いてから、左胸に拳を重ねて
他には人の気配がない。普段はもう少し拝礼者がいるものだが、ふとマルテンスがそう思った時だった。
静寂な堂内に鈴を振るような声が響いた。
「これは領主殿、いえ、救国の将軍閣下とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
声に顔を向けると、修道服姿の美しい女が立っていた。目尻の垂れた目を細め、柔らかな笑顔がそこにある。
普通ならば修道女が隠す髪、しかし炎を思わせるような赤い前髪とおくれ毛をあらわにしている。年のころは二十歳にも満たないだろう。
黒と白の地味な修道服にもかかわらず、端正な顔立ちと鮮やかな赤毛からか華やかな雰囲気を漂わせている。
「カテリネ様? これは、我が領地へお越しとは存じず。伺っていればもてなしを準備いたしますところ申し訳ない。聖女様、これからでもよろしければ歓迎の場を設けさせていただきますが。ご都合などはいかがですかな」
「いえ。
聖女カテリネは笑みを崩さず、将軍へ頭を下げる。
「御顔をお上げください、聖女様。私にはもったいないお言葉です。私はただ役目を果たしただけに過ぎません。御神の救いあってこその勝利であったと、この戦では強くこの身に感じております」
マルテンスもまた笑みで返す。しかし、その表情にはどこか影を含んでいた。
「どうかなさいましたか? 救国の英雄にそのようなお顔は似合いませんよ」
「お心遣い、痛み入ります。ですがお気になさらず。ところで、シュテッテン司教様は?」
「司教は本山での用務にて不在にしております。代わりというには力不足ではありますが、居合わせた私が微力ながらお手伝いをと、言うわけです。司教様に何か御用でもございましょうか?」
「そうでしたか。では出直すことにいたしましょう。聖女様のお姿拝見でき光栄でありました。ではまた機会がありましたら」
そう言ってマルテンスが踵を返す。
「そうおっしゃらず、是非に私にお話しくださいませ」
背にかけられたその言葉に、マルテンスは一瞬戸惑いを感じたが、気が付けば口を開いていた。
「以前から司教様に、罪の告白と、神の赦しの儀礼を受けていただいておりました。今日もまた告白を聞いていただけないかと訪問したところです」
「そうですか。よろしければ、私が告白をお伺いいたしましょう。お聞かせください」
聖女カテリネは、本山での格は高いが修道女であって聖職者ではない。罪の告白によって神の赦しを授ける権能など有していないはずだ。
マルテンスがそう指摘しようと聖女に振り返ると、聖女は聖堂の奥、罪の告白の場である個室を手で示していた。
「さあ、是非に、私にそのお話、お聞かせください」
聖女のその声に、マルテンスは何の疑問も抱かず、告白の場へと足を運んでいた。
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