●_023 将軍と黒の道化 03


「これが幻影魔法だと?! 馬鹿な!」



 先ほどの握手の感覚、あれが幻影の手だというのか。ありえない。幻影魔法は確かにある。しかしそれは対人戦で手や武器の位置を見誤らせる程度のもので、人の形をした幻影など魔法の原理からして無理だ。ましてや感触があるなど馬鹿げている。道化の大道芸だと言われた方がまだましだ。


 マルテンス家は魔法技術の発展によって栄えてきた。魔法技術にについては国内はおろか、最先端の技術を持つ帝国は当然のこと、諸外国の情報も積極的に集めている。すくなくとも王国で右に出る者はいないだろう。それであっても、魔法を甘く見ていたと、その深淵の深さを見誤っていたのだと強く痛感させられる。



「こういうのってないんですか? 実感をともなう立体映像という言い方で伝わります? 我々は完全知覚相互投影技術と呼んでますけど。いわゆるクオリア操作による仮想身体アバター……じゃなかった、ええ、幻影魔法です!」


 

 クオリア操作? 魔力操作ではないのか? それに、アバター、それがこの幻影魔法の名称なのか。



「アバター……聞いたことがない」



 思わず口に出てしまう。しかし、相手はこの力を王国軍のために行使すると言っている。ならば最大限利用するのみだ。将軍は思考を切り替える。



「こちらはどう動けばよい?」


「予定通りに作戦を進めてください」


「それでは貴殿と当ったオッティスの部隊が間に合わない、今作戦では、あの部隊の進攻がかなめとなる」


「確かにオッティスさんの部隊は動いてません。まだ、情報集……対談の最中ですしね。ですから、私が代りを用意します」


「代り、だと?」


「予定通りにあの部隊を進軍させればよいのでしょう? ご安心ください、例えばこんな感じの兵ならどうですか?」



 道化の男が指をパチンと鳴らした。男の隣の空間が、ゆらりと歪んだか思うと兵士が一人現れた。王国兵の鎧姿をしている。それから二人、三人と幻影の兵士が増え始める。気が付けば天幕を埋め尽くさんばかりの数の兵士。



「な、何が起きている、貴様は何をやっているのだ!」



 将軍はもはや動揺を隠すことができなかった。



「これでご納得いただけたかと。これの数十倍ほどの兵を準備しましょう。ウマに乗せて。いやぁ、オッティス殿の部隊が大変参考になりました。こちらの事情で致死性の攻撃はできませんが、物理干渉の模倣も極局射撃支援で可能ですから単純な戦闘行為であればこなせます。まあ、今回は攻撃のふりだけに限られますが」


 そう言って道化の男が笑っている。将軍は全身に嫌な汗が流れるのを感じる。目の前で笑っているもの、果たしてこれは何なのか。


「貴殿は、たった一人で幻影の部隊を、いや軍団規模で兵を作りだせるというのか」


「はぁー、軍団ですか。うちは軍団アーミーじゃなくて艦隊フリートなんですけどね?」


 ばつの悪そうな顔をして道化が笑った。もはや将軍には、道化が使う奇怪な言葉に注意を払うほどの気力は残っていない。それでも確かめねばならないことがある。



「……何が望みだ、貴殿は対価に何を欲する」



 このような力が無償で提供されるわけがない。問うた将軍に対し、道化の男は立てた人差し指を唇に当てて言う。



「では、この魔法のことも含め、我々のことは内密に。決して誰にも知られないようにしてください」


「報酬はいらぬと申すのか」


「ですから秘密にすること、それが我々が求める対価です。それ以外は何もいりません。貴方にとっても都合がいいでしょう?」


「ああ、確かに、確かにそうではあるが」



 誰の手も借りず当初の予定通りに作戦が遂行された。その形をとれるのであれば将軍としても問題はない。むしろ、この局面で大きな戦利を得られるのだ、願ってもない。



「というわけで、我々と将軍の間において成立するとみなしましょう。みんな仲良くWinウィン-Winウィンで!」


「う、うぃんうぃん?」


「そう! Win-Winで! なんですよ!」



 そういいながら、口に指をあてたまま片目を閉じて笑顔を見せた。約束を守らせる呪いまじないの類なのだろうか。だが、あまりに無邪気で無防備に感じられる。



 偽りの兵に埋め尽くされた周囲を一瞥した将軍は、現実から目をそらすよう視線を落とした。額に手をやり息を吐く。緊張に唇が渇き、喉にも痛みがある。胸の奥に感じる重苦しい不快感はいつまでも消えそうにない。



「ご心配には及びませんぞ、伯父上」



 そう言って将軍の方に手をのせる者がある。その声にハッとし顔を上げると、そこにいたのは第三部隊を預けた甥の顔。



「オッティス殿のを私が努めます故」



 声はもちろんのこと、その顔、その姿は紛れもなく、甥そのものだった。まわりにあふれる幻影の兵士達も互いに自然な会話をしている。まるで生きた人間のように。

 これが幻影などとはありえない。これは、もはや魂を操るに等しい技だ。目の前の道化が何者かはしらぬ、知る必要もない。


 将軍はぼんやりと右手を見つめる。黒の道化と交わした痛みの残る右の手を。


 将軍は、その場で正気を保つだけで精一杯だった。






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