●_022 将軍と黒の道化 02


「タンサクマホウ、……ふむ、探索の魔法、ですかね。でも、そんなたいそうなものではありませんよ」


 道化の男は一瞬呆れたような表情を浮かべ、曖昧な返事を返してもとの柔和な顔に戻った。 


 道化の男が見せた表情の変化に将軍は、手を間違えたかと不安を抱いた。次にかける言葉が浮かばない。将軍が口を閉ざしたままいると、道化の男が口を開いた。



「では将軍閣下、こちらの話を続けても? それで、止めてしまった部隊の穴埋めを私が、というわけです。さて敵勢力の配置を見るにあまり時間はないようですが、どうでしょう」

 


 将軍はまたも身を震わせた。聞き捨てならない言葉があったからだ。



「待たれよ! 敵勢力?! 貴殿は帝国軍ではないのか?!」


「ええ、違います。ああ、警戒されているとは感じていましたが、それが理由でしたか。通りすがりの旅人だとお伝えしたつもりでしたが」



 将軍の頭脳は混乱を極めた。確かに報告にはそうあった、だが誰がそんなことを信じる。まさか他国からの干渉であろうとは。



「貴殿はどこの、いや和平派か? 帝国軍へも干渉、いや交渉しているのか?」



 王国と帝国の紛争解決を平和裏にと望む勢力が国の内外含め存在することは知っている。かつて王国と帝国が平和であった時代に親交を温めたミケラ――帝国魔法省研究部門の現在の長――からも、協力の打診を受けた。しかし、とうてい実現できるとは思えない内容だったため断った。



「和平派? 違います。帝国軍、つまりは敵勢力でしょうか。そちらへは何の干渉もしていません。私本来の立場であればこの闘争を止めるところですが、現状手を出しにくい、事実上、手詰まりな状況でして」


「闘争を止める? 本来の立場? それは?」


「両者に属さず第三者的立場から裁定を下す者、そんなところです。ただし、今は事情により傍観者に徹したいところだったのですが、あなた方と出会ってしまった」


 納得のいかない説明だ。言い繕ってはいるが、第三国が干渉する言い訳にしか聞こえない。もし真に公平に裁定を下すにふさわしい存在がいるとすれば、すべてを知り、人知の埒外にある価値観をもって事を評する神以外にはあり得ない。


 将軍はここで道化の男の要求を思い起こす。要求そのものがどうにもおかしい。



「コーイエ殿、でよろしいか? 腹を割って話がしたい。正直、貴殿が何をしたいのかが全く理解できないのだが」


「え? コーイエ殿? そんな名前じゃないんですけど……。コホン、えー、ですから、私達がここにはいなかった、そういう結果にしたいんです」


「それの具体的なところがわからんと言っている」



 将軍の声に不意に力がこもった。



「なに簡単な話ですよ、将軍閣下。あなたには我々との遭遇戦がなかった場合と同じ戦果を挙げていただきたいのです。そのための協力でしたら惜しみません」


「それが貴殿の何の益になる?」


「あーもう! だから、私達がいなかったことに、影響がなかったことにしたいんです!」



 不意に大きな声で話し出した道化の男に、将軍がぎょっとする。



「……相分かった、ここはそれで納得しよう。そうだとして、どのように協力してくれるのだ。その神罰魔法でもって帝国軍との戦闘に参加してくれるのかね。確かに頼もしい限りではあるが」



 戦に神罰魔法を使うなど、国神の忌諱に触れるようで気は進まないが背に腹は変えられない。



「直接的な戦力投入はできません。作戦達成に多少手を貸す程度です」


「すでに貴殿によって我々の作戦は大きく変わらざるを得ない。見積もっていた戦果を達成するのは困難だ。オッティスの隊が予定通りに侵攻していれば別だがな」


「そこですよ、そこ! ようやく話がまとまりそうです!」



 というと道化の男が右手を差し出した。握手の求めかと思った将軍が恐る恐るその手を取ると、ぐっと握り返して振ってきた。細身のわりに力強い握手だ、老齢の将軍の手にわずかな痛みが残る。

 

 道化の男は満面の笑みを浮かべている。こちらへの協力を承諾したということなのだろう。



「すまない、私には話が見えてこない」


「もう時間もないので、わかりやすくいきましょう。私を斬ってみてください」


「は?」



 品位の欠片もない気の抜けた声を上げてしまった。将軍の混乱が加速する。目の前の道化は果たして何を言っているのか。



「ほら、はやく、はやく。もう、面倒ですねー。じゃあ、これでどうです?」



 道化の男はおもむろに近くに置いてあった燭台をつかむと将軍に殴り掛かった。



「貴様、血迷ったか!」



 将軍は咄嗟に腰に下げていた剣を抜き、そのまま道化の男の身体へと剣を振るった。



「なんと!」



 剣が空を切った、いや、道化の体をすり抜けた。咄嗟に剣を返して、肩に、胴に、と剣を振るうが結果は同じ。愕然とする将軍に、道化の男が微笑みを見せている。



「何をした! それが攻撃を受けても傷を負わぬ仕掛けか! 貴様、まさか妖魔の類か!」


「ヨウマ? ですか? いやいや。うーん、こちら風に言えば……あ! 魔法! 魔法だったらどうでしょう?」


「魔法? これが幻影魔法だとでも?! 馬鹿な!」


「そうですそうです! ゲンエイ?魔法です!」





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