●_021 将軍と黒の道化 01
将軍カッサリア・マルテンスは、まるで理解できなかった。
「ですから、なかったことにしたいのですよ。あれは不幸な遭遇戦でした。幸いなことに死傷者は一人も出ていませんのでご安心を」
笑みを浮かべる道化の男。帝国軍であれば敵将の首を討って然り、こうして話す必要は全くない。情報を引き出すにしても捕虜にすればよい。交渉という名目で道化の男は話しているはずだが、肝心の要求が全く見えてこなかった。
そんな将軍をよそに道化の男は話を続ける。
「しかし私達と遭遇したことで、オッティス殿の率いていた部隊は進軍を止めてしまった。それでは将軍の作戦がうまくいかないでしょう? 私が存在したことで影響が出たことになる」
「小さな一部隊が足止めを食らっただけだ。さほど影響は無く、ご心配には及びませんな」
将軍は作戦の全貌を知られないよう虚勢を混ぜる。それに対し、道化の男は身を乗り出し、悪戯っぽい笑顔を浮かべて将軍に話しかける。
「あれ? 違いました? 7つないしは8つの部隊を配置されてますよね? 陽動と誘引、戦線を引き延ばしてからの敵指揮系統への打撃。……後方の兵站までは届きませんか。まあ、悪くない。
将軍の身体を衝撃が走った。
我がマルテンス家の兵法に気づいたか? いや、やはり既に知っているのか? さすがにオッティスの口から洩れることもあり得ない。作戦の全体像は私の頭の中にのみ、伝心魔法による逐次伝令と戦況把握、そのための布陣とこの指揮所なのだ。
そうだ、そもそもこの場所をどうやって知った? オッティスが話したような口ぶりだったがそれは無理だ。オッティスにはこの場所を知らせていない。この指揮所が作戦の要、それを知られる可能性はすべて排除している。
だが、部隊配置と指揮所を知りうる可能性がひとつある。将軍は確かめずにはいられなかった。
「なるほど、よほど優れた探索魔法をお持ちのようだ」
探索魔法も研究の対象としてきた。結果、目視にも劣る短距離での索敵にしか使えないと結論づけた。繫みの中の獣を探すにはいいだろう。だがそれでは、平野での戦闘は言うに足らず、市街戦でも役に立つことはないだろう。
しかし、もし広い戦場の配陣を知れる程の魔法技術があるとなればその価値は大きく変わる。敵味方の布陣を戦域レベルで探索し動向を知ることができるともなれば、戦況をひっくり返すのは容易だ。
そんなものがあるとは魔法技術に明るい将軍でさえ聞いたことがない。しかし、だからこそ、切り札たりえる。敵国の将を相手に交渉するだけの、神罰魔法以上に十分な力と価値が確かにそこにはある。
将軍は息をのんで道化の男の返答を待った。
※面白い、登場人物がかわいい、とか感じて頂けた方はぜひ、フォローや★で応援していただけると嬉しいです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます