●_020 黒の道化との邂逅 04


 道化の男はわずかに困惑した顔を将軍へ向けながら口を開いた。



「将軍閣下、勘違いとは――」


「閣下! この男は虚偽を申しております!」



 傍で控えていた一人の伝令士官が、道化の言葉を遮る形で声を荒げた。



「口を慎め、コットレル。今は私が話をしている」



 将軍が伝令士官に強い視線を向けて、黙らせる。そして、伝心魔法をその伝令士官につないだ。



 ――鑑定したか。


 ――はい。この男、魔力はおろかレベルやステータスも見えません。まるでからです。異常です。


 ――鑑定魔法に気づかれたか。


 ――そうは思いませんが、確信はありません。


 ――わかった。私抜きでの作戦遂行に入れ。指揮はまかせる。


 ―― ……はい。



「どうかされましたか? そちらの方がおっしゃった虚偽というのは?」


「大変失礼した。部下の勝手な発言、ご容赦願いたい」


「先ほどのはマホウか何かですか?」



 その道化の言葉に、将軍は心の内で歯がみする。


 発話と感情の高ぶりに合わせた上級伝令士官の魔法行使、そう簡単に気づくものではない。この男、それほどまでに魔法感知の技術に優れるか。しかも虚偽との責めに眉も動かぬ。ここは下手な誤魔化しは悪手とみるべきだ。



「これは誠に申し訳ない。部下が勝手に鑑定の魔法を貴殿に行使したようだ。こちらに敵対の意思はない、どうか信用してほしい。身勝手なことを言っているのは十分承知の上ではあるのだが」


「鑑定のマホウ、ですか。色々とあるものですね。なるほど、わかりました。こちらは一向に構いませんよ」



 道化の男は涼しい顔をしている。鑑定への対策によほどの自信があるとみえる。たしかに鑑定した部下の報告は何もわからない、という内容だった。しかしからと表現するような妨害魔法は将軍の知識の中には無い。


 道化の男が続けて話す。



「よろしければ、将軍と二人で話をすることはできますか」



 これは自然な反応だ。だからこそ都合がいい。



「相分かった。ところで貴殿の名を伺っていなかった。いやこちらも名乗っていなかったか。私はフェラム王国ウィズリー領辺境伯、カッサリア・マルテンス。今回の戦にて先鋒の軍団を指揮する立場にある」



「私の名は、コーー、いえ、」


「コーイエ?」



 道化の男がわずかに動揺を見せた。



「私の名は、ここでは伏せておく、というわけには?」


「交渉する相手の名を知らないというわけには、さすがにいきますまい」


「では、交渉ではなく、こちらの献策?進言?を聞いてもらう、だけでも構いません。後ほど将軍閣下にご判断いただければと」



 ここで無理強いは難しいか。伝令士官に家名も含め聞かせておきたかったのだが。



「相分かった。貴殿の話を伺おう。他のものは外へ」



 将軍はその言葉の裏で伝令士官に伝心魔法で命じた。本国のオースティン元帥に指示を仰ぐこと、“コーイエ”なる人物の調査、そして皆に王国を託すと。


 天幕から出ていく伝令士官の最後のひとりが将軍の方を振り返る。将軍はわずかに笑みを返して言った。



「ここは大丈夫だ。自らの任を果たせ」



 伝令士官は右のこぶしを左胸に強く当て了解の意を示す。しかしその顔には奥歯を食いしばっている様子がうかがえた。そして勢いよく天幕から出て行った。

 


「コットレルもまだ若い」



 そう呟いた将軍は異様な姿を示す道化の男を見やった。

 

 よもや帝国が神罰魔法を戦に出してくるとは思わなかった。その覚悟を見誤ったか。王国は此度の戦には勝てぬかもしれぬ。しかし今は、この身を餌に、目の前の男をこの場に縛り付けることに注力しよう。



「では、話を伺えますかな」



 将軍はそう言って、道化の男と対峙した。






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