●_018 黒の道化との邂逅 02
第三部隊を指揮するオッティスは優れた部下であり将軍の甥でもある。神罰魔法の発動を見るや、攻撃するのではなく交渉の道を試みた。神罰魔法を使う相手に兵をけしかけても消し炭にしかなるまい。生きて再会できれば、褒めてやろう。
そう考えていた将軍のもとに届いた道化からの伝言。そこに好転の糸口あればと将軍は切に願った。
「伝言内容です。『私は通りすがりの旅人だ。あなたの作戦をつぶしてしまって申し訳ない。私には提供できる戦力がある、交渉を希望する。』以上になります」
「通りすがりの旅人? なんの冗談だ。しかし、
「はい。仔細を確認したところ、始めはたどたどしく王国語と帝国語を混ぜながら話していたようですが、そのうち、流暢な王国語で話しかけてきたとのことです」
「ふむ。しかし交渉を望むか」
将軍が顎髭を指でしごく。
どういうことだ? 話せるならなぜ先に王国語を話さなかった。帝国語を混ぜる意味は? 可能性も低いが、内通者への伝言もしくは偽装兵の看破くらいしか思い浮かばない。その上で戦力の提供を打診してきた。
「たった一人の兵にしてやられるとはな。寡兵による攻略は我がマルテンス家の得意とするところ。皮肉なものよな。オッティスの部隊を陽動にと思っていたが、一度、兵を引くがよいか」
しかしそれでは、数万からなる帝国軍の進軍に後れを取る。先手を打って帝国軍の足を鈍らせる、それが将軍に課せられた使命であった。そもそも将軍はそれで済ませるつもりもなかったが。
そして敵兵からの伝言。神罰魔法の使い手が交渉を匂わせたことでこちらも動きが取りにくくなった。
「こちらの遅滞が狙いか? 神罰魔法の使い手を引き留めるという意味ではこちらにも利があるともいえる。しかし、交渉をどこでどうやろうというのだ。所詮は道化ゆえの戯言に過ぎぬ」
兵を引くにしろ進めるにしろ、今動かねば事態は時々刻々と悪化する。停滞が一番の悪手。将軍は地図の上にあるいくつかの駒を指で動かす。
「道化が交渉を望むのであればオッティスからは離れまい、そう期待しよう。催促がきたら、協議中ゆえ返答を待てと返しておけ。後詰の隊を出す。迂回し残りの兵で抑え撃つぞ」
将軍が頭の中にある作戦からオッティスの部隊を切り離し、今動ける兵での運用を考え始めたときだった。
「貴様何者だ! 動くな!」
天幕の外から誰何の叫び声。怒気を含むその声に将軍も顔を向けた。しかし声はそれきりで、しんと不思議なほどの静寂が訪れた。剣の柄に手をかけた将軍の視線の先、天幕の入り口に影が差し、奇妙な姿の男が現れた。
感応紙に映し出されていた、あの黒い道化の男だった。
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