●_002 王国軍と不審の男 02
部隊長からの伝令を受けた斥候五人はすぐに動いた。
弓の得意な一人が奇妙な姿をした不審者に矢を射掛ける。生け捕るために足を狙った。
その間に、剣を抜いた二人の斥候が不審者へと走り寄る。残り二人は距離を取り、魔法行使の準備を始めた。
弓の斥候は次射の矢をつがえ不審者へと向けたとき、思わず目を見開いた。先ほど放った矢が不審者の手にあったからだ。剣で撃ち落とすならまだしも素手でつかむなどありえない。
背中を冷や汗が流れる。
仲間に向けて、ピィ、と短く歯笛を鳴らし、次の矢を放つタイミングを待つ。
剣を持った二人の斥候。
仲間からの初射失敗の知らせに警戒心を最大まで引き上げ、身を低く保ちながら剣を後ろ手に引く。
二人は標的の左右から、それぞれ正面と背後へ同時に滑り込む。二振りの剣が同時に放たれる。刃の向かう先は、正面は腹、背後は首。
風を切る音が重なる。
「なっ!」
声を上げたのは腹を狙った斥候だった。剣は当てた、しかし石柱に打ち付けたかごとく、腕に強い衝撃が響く。驚いたことに、不審者は手の平で剣を受けている。
その瞬間、ヒュ、ヒュン、と射線のずれた二本の矢が不審者の頭部に向かう。弓矢の斥候の
剣の二人は好機とばかりに、剣を戻して不審者の手足を狙う。
不審者は二本の矢を器用につかみ取ると、大きく後ろへと下がった。
もちろん二つの剣は空を切る。
「なんだこいつは!」
剣士が思わず悪態をつく。不審者の動きがおかしい。軽剣士として研鑽を積んだ剣の斥候の目から見ても異様というほかない。
早すぎる。的確過ぎる。脳裏に、英雄、超越者、という言葉がよぎる。
剣の斥候が、いよいよ命を張る覚悟を決めたとき、タッタッ、と舌を打つ合図があった。
不審者に対峙していた弓と剣の斥候、三人が即座に身を引いた。
ゴウ、という音とともに赤い紅蓮の炎が飛翔し、あたりを赤銅色に照らす。人の頭部ほどの炎球が、不審者に向かう。
不審者がとっさに伸ばした右手に直撃すると、ドウ、と轟音を散らして炎が破裂した。
レベル20の兵士をも確実に屠る火球魔法。直撃して助かる道理はない。
バチバチと緑草が燃え、白煙と焼ける臭いが立ち込めている。
その様子に斥候の兵たちが体の緊張を解いたときだった。
「Watchch, higa tonde kuru toka arie nai daro!」
聞いたこともない言葉の叫び声。
薄れる煙の隙間から、あの不審者の姿が現れた。
体の埃でも落とすように、ことなげもなく手で肩を払っている。
驚愕の表情を浮かべる三人の斥候の耳に、再びタッタタッと音が届いた。二人目の魔法兵からの最終攻撃の合図だ。
今度は大きく上空へと打ち出された光り輝く大火球。
青空に浮かぶ太陽と見まごうそれが、三つ不審の男に向かって落下する。
部隊ごと破滅させうる広域殲滅の最新魔法。
「Chikushome! HARUKAZE! dai yon houtou CONVERGENCE !」
またも草原に響いた意味不明の叫び声。不審者が右手を上空の火球に向けて突き上げた。
不審者の右肩あたりで光がほとばしると、光の中から人の背丈よりも長い筒、まるで攻城用の大砲のようなものが、ずるりと天空に向けて伸び出てくる。
「Plasma cannon, FIRE!!! 」
不審者の声とともに砲口から光があふれた。まばゆい光の柱が地と天をつなぐ。 天空へと放たれた閃光は雲をも穿ちさらにその先へと延びてゆく。
それはまるで、地上から天上世界への、陽炎神の凱旋、そう思わせるような威光。人の造りし火球など、その神威の前には無いに等しかった。
弓の斥候はその光景に見蕩れていた。
見蕩れてしまっていた。
ああ、これが神罰か。そう言われれば納得もする。
だが敵なのだ。我々は罰を受ける側にいる。
王都に名高い聖女の奇蹟部隊ならば、これに対抗できるのだろうか。
しかし斥候の脳裏に浮かぶのは神罰を操る敵国に蹂躙される王国の姿。
斥候の手から弓と矢が滑り落ちる。
この斥候、決して王国への忠義心が高くはない。
だが妻子が待つのは王国なのだ。
ピュゥー、と甲高く澄んだ長音が空へ向かって響き渡る。別の斥候が空に放った
遠くから地鳴りの音が近づいてくる。味方の騎兵が不審者への突撃を開始した。 騎兵による早駆け、武闘派の部隊長ならば当然だろう。
弓の斥候は腰に下げていた後退の合図を示すラッパを鳴らす。胸が張り裂けるほどに、喉がつぶれるほどに。しかし騎兵は止まらない。
「引け! 引け! こんなの無茶だ! 街を、街を――」
そう叫んだところで、弓矢の斥候の意識が消えた。
斥候の体にはバチリと紫電の火花が弾けている。
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