1章 黒の道化と救国の将

○_004 居住可能惑星《ハピタブル》 01

 気が付くと俺は、青く輝く天井の下、緑色の植物に腰まで埋まって立っていた。

 青と緑の風景はどこまでも続いている。不思議なことにの高さもわからない。天井の中央には、まぶしく光る光源があり、じりじりと熱が感知される。

 居心地が悪い。悪感のもとは全身を撫でるような湿った温い風だ。まるでサウナルームのような湿り気のある空気が鼻腔にぶわりと入り込んでくる。



「おいコハル、俺様どこに拉致られた?」


<感覚共有からの神経情報過多のため演算資源リソースが不足中で――>


「ったく、何やってんだ。まあ、この風景、じゃ、それもやむ無しではあるがな。ここはまるで……」



 そう、これはまるで”亡失の母星ジ・アース”のホログラム映像だ。昔見た惑星改造テラフォーミングの教材によく似ている。この風景の再現が最終目標だという説明だったはずだ。

 いまだに続く惑星改造実験は500年を過ぎているが、目標を達成できたというニュースはまだ聞かない。



「よくできてるが、こりゃ投影区画ホロルームか?」



 手に触れる葉の柔らかくざらざらとした感触。引っ張ると、プチ、という振動とともに葉がちぎれた。鼻に持ってくるとツンとレタスのような匂いがする。種類はわからないが本物の植物リアルプランツだろう。


 天井はわからないほど果てしなく遠い、と認知させられている。視認不能な大気散乱シミュレーション用空間投影ディスプレイを全天に配置しているとすれば、よほど酔狂な奴が作ったに違いない。


 思いつくのは自由連合フリーウィーラー無夢王むむおうくらいだ。この手の嫌がらせいたずらを好む奴でもある。中型の都市搭載艦タウンシップくらいのクレジットは、奴にとって取るに足らないものなのだろう。


「でも心当たりは皆無だな、無夢王アレとの絡みも今は無い。何とも落ち着かないこの違和感は、仮想現実VRの可能性もあるか?」


 VRホストを示すビーコンが検知されなかったので思いもしなかった。未登録の違法VRホストかもしれない。だったら警備局の彼女アニー通報しちくってやれば多少はポイント稼げるか、とほくそ笑む。


 だが視線を下ろして確認した自身の姿は現実世界のそれだった。全身を包むのは炭素を主体とする黒色の自律制御薄膜オートモナスシートの複合体。


 体のラインにぴっちりと張りつき、体表組織と一部一体化した防衛皮膜スキンコートと呼ばれている装備品だ。首から下はスキンコートで艶無しの黒一色。黒色の中で緑の状態表示インジケータラインがアクセントのように明滅する。


 その上にモスグリーンの丈の短い軍用防護ジャケットを羽織っている。あとはここに心身緩和飲料アルコールでもあれば、平時の仕事終わりそのものだ。


 VRでは精細な再現に意味はない。疑似人体プリミティブモデルに遺伝子推定による顔を張り付ければ済む話。


 結局、現実の肉体とともに投影区画ホロルームへ押し込まれた時空間拘束フリーズ状態と考えるのが妥当だろう。立場上、各陣営の要する防衛軍、警察機構に身勝手に逮捕、収監されることはまずないはずだ。


 なのだが、俺に対する例外的対処、ぶっちゃけ敵対行動はいつものこと。心当たりもなくはない。だったらいつも通りに対処すると言うだけという話。


 俺の脳に居座るパーソナルAI(PAIピーエーアイ)のコハルが、感覚共有で得たデータをしきりと解析しているのか、先ほどから強めの疑似神経信号が脳内をズリズリと走り回っていて気持ち悪い。



「おいコハル。勝手に宿主の脳ミソ漁ってんじゃねえよ。AI統括府に通報するチクるぞ」


<お待ちください、ビリー。これは宿主保全の観点からの判断です。現状の非常事態に対応すべく、いや決して感覚信号増幅に打ち震えているわけでは――>



 コハルが聴覚クオリアへの直接刺激として、女性の声で返事した。





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