第45話 推しである彼女は数時間限りのメイドになりました
「なっ…何をしているのかな…侑梨さん?」
「見ての通り、ご主人様を玄関でお迎えしているメイドですよ。 おかえりなさいませ、ご主人様♪」
コスプレイベントに行く話から数日。
学校から帰宅した俺を玄関で出迎えたのはーーーメイド服を着た侑梨だった。
「とりあえず聞きたいことは沢山あるけど、どうしてメイド服を着て出迎えようと思ったのかな?」
「数日前のコスプレイベントを見に行く話をした時に、他のコスプレイヤーお姉さんに目移りするのではといいましたよね」
「そうだな」
「そこで私は考えました。イベントまで数日あるので先に私が直矢くんを魅力すればいいのだと! それに直矢くんとの約束も果たせて一石二鳥です!」
「………」
確かに先に魅力すればイベント当日にイベント参加者のお姉さんたちに目移りはしない可能性はある。(目移りしないとは断言できないけど)
そして気になるのは約束の件だ。
数日前に『期待に応えるように模索中』と言っていた。それから数日で用意できるならもう少し早くやってほしかったものだ。いろいろと“ついで感“があって悲しくなる。………本人の口からも一石二鳥と言っているし。
「そ、そうなのか。とりあえずイベントの目移りの件は置いといてーーー」
「そこは置かないでください!私にとってはかなり重要な案件なんですよ!」
「俺の方も大事なんだけど。侑梨がメイド服を着るのを楽しみにしていたのに……一石二鳥なんて」
「直矢くん…私のメイド服を本当に楽しみにしてくれていたなんて…」
両頬に手を添えながら口元が緩む侑梨。
「確かに一石二鳥は酷いかもしれませんね」
そして侑梨は少し考える素振りを見せると、「リビングで少しだけ待っていてください」と言い、足早に自室へと戻っていった。
(何が起こるんだろう)
そう思いながら、一旦着替えるために自室へと向かった。部屋に入る時に侑梨の部屋から何やら独り言が聞こえてきたが気にせずにテキパキと制服から私服へと着替えを済ませて、リビングにある椅子で彼女が来るのを待った。
それから数分後、廊下の扉がガチャと開いた。
スマホから廊下の方へと視線を向けるとーーー
「ゆ…侑梨!? そのメイド服…は!?」
そこには先程のメイド服とは違い、胸元がハートマークに開いたメイド服を着る侑梨が立っていた。
「とっておきのメイド服です! 本当は恥ずかしいので永遠に封印をしようと考えていたのですが、ご主人様の期待に応えるために着ちゃいました!」
そして侑梨は、その場でくるりと回り、スカートの裾を持って微笑みながら「どうですか?」と聞いてきた。
「うん。凄く似合っているし、とても可愛い…よ」
「ありがとうございます! ですが、なぜ視線は私の方には向いていないのですか?」
頬を膨らませながら聞いてきた。
「そ…それは」
侑梨のメイド服姿がとても可愛いから直視できないのもあるけど、理由として一番大きいのは胸元が開いているからだよ!!
最近は侑梨と同棲を始めて女性耐性が付いてきたと思ったけど、目の前の豊かな双丘には勝てないようだ。うん。まだまだ修行が足りないな。
とりあえず後者の理由は言えないから、前者の理由だけでも伝える為に視線を侑梨に向けた。
「侑梨のメイド服姿が可愛すぎて直視できないからだよ」
そう伝えると、侑梨は大きく目を見開き、そして頬に手を添えた瞬間、口元が緩んでいった。
「褒めても何もでませんよ〜! あと、私が可愛いのは当然のことですからね〜!」
「さすが、俺の推し!!」
「そうです! 私は直矢くんの推し(元)アイドル! その推しが直矢くんの為にとっても可愛いメイド服を着ているのに目を逸らすのはダメですよ」
「す…すみませんでした」
俺が素直に謝ると、侑梨は「はい」と言い、俺の頭を優しく撫でてきた。
「侑梨?!」
「これは素直に謝ったご主人様へのご褒美です」
侑梨は「そして」と言葉を続けて、「夕飯も楽しみにしててくださいね」と言い、ルンルン気味にキッチンへと向かった。メイド服を着たまま。
とりあえず夕飯ができるまで少しだけ時間があったのでテレビやスマホゲームで時間を潰していると、キッチンの方からいい匂いがしてきた。
(これは食欲がそそられる匂いだな)
そんなことを考えつつスマホゲームをやっていると、侑梨が「お待たせしました」と言いながら、机の上に料理を並べた。
「侑梨メイド特製オムライスです! 仕上げにケチャップで文字を書いてもいいですか?」
「えっと……お願いします」
「それではオムライスに書かせてもらいますね!」
ニコッと微笑むと、侑梨は慎重にオムライスの上にケチャップで文字を書き始めた。
「……」
これは一日限定メイド喫茶だな。
それに前に行ったメイド喫茶で和樹が頼んでいたオムライスのお絵描きと同じだな。
「最後に隠し味の愛情を注ぎますね」
侑梨は両手でハートマークを作り、オムライスに向けて「美味しくな〜れ!美味しくな〜れ!萌え萌えキューン♡」とビームを打つように両手を前に出した。
「それでは召し上がれ♡」
「いただきます」
机の上にあるスプーンを手に取り、俺はオムライスに視線を向ける。オムライスには先程侑梨がケチャップで書いた【大好き♡】の文字がある。
(推しからの“大好き“はご褒美であるのは間違いないけど、他の芹澤侑梨ファンに知られたら俺は生きてはいないだろうな)
そんなことを思いつつ、ハートマークの方からオムライスを一口サイズ掬い、口元へと運ぶ。
「ご主人様…どうですか?」
味を堪能していると、侑梨が不安そうな顔をして恐る恐る味の感想を聞いてきた。
スプーンを皿の上に静かに置き、侑梨に向けてサムズアップをした。
「とても美味しいよ! オムライスの卵はふわとろだし、チキンライスの味も完璧!」
これは本心からの感想だ。元々、オムライスはあまり好きではなかった。一言でいえば、食わず嫌いなところもあるけど、それでも侑梨が一緒懸命作ってくれた手料理を無駄にすることはできない。
だからこそ、ここまで美味しいオムライスを食べれて、俺はかなり感動している。
「ほんとうですか!ご主人様に喜んでもらえて、私としても作った甲斐があります!」
「本当だよ!最後の隠し味も完璧だね!」
「そう言ってもらえて何よりです!」
「それで侑梨の分のオムライスはないの?」
「ありますよ」
そう言って、侑梨はキッチンへと戻り、そしてオムライスを乗せたお皿を持って戻ってきた。
「持ってきましたけど…?」
どうして自分の分を持ってきてと言われたのか分からない様子の侑梨。それを見て、俺は侑梨に椅子に座るように促した。
「一緒に食べようよ」
「 !? 」
いや、何で驚くんだよ。いつもなら『直矢くんとのご飯楽しいです!』みたい感じなのに、メイド服を着ただけで謙虚気味になるのはどうしてだ?!
「一応確認の為に聞くけど、いまの状態は身も心もメイドになっているの?」
そう聞くと、侑梨はコクリと頷いた。
「なるほど。 だけど俺は侑梨と一緒に食べたいし、一人で食べるより二人の方が楽しく食べれるから、そのメイドモードは解除して一緒に食べない?」
「実は私自身も一緒に食べたいと思っていたのですが、なかなか言い出しにくかったので直矢くんの意見に賛成です」
胸の前でガッツポーズをする侑梨。
ご主人様呼びも普段の名前呼び(時々、名前で呼んでいたけど)に戻り、いつも通りの侑梨が戻ってきたな。
「それじゃあ、オムライスが冷めるから早く食べようか!」
「そうですね!」
侑梨は椅子に座り、メイド服を汚さないように気を付けながらオムライスを一口食べた。
自分で作ったオムライスが相当美味しかったんだろう。幸せそうな顔をしていた。
そして世間話をしながら俺たちはオムライスを完食し、侑梨メイドによるおもてなしは終了した。
(こんなに可愛いメイドを見たから、コスプレイベントで目移りしないんだろうな…多分)
人気絶頂中だったアイドルが卒業したのは、どうやら俺が原因らしい 夕霧蒼 @TTasuki
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