第43話 ライブの後の質問は大変だ

「直矢、おはよう。 早速だけど、週末のライブの感想でも聞かせてもらおうじゃないか」


 週明けの月曜日。普通に登校した俺は自席に座りながらスマホを見ていると、和樹がやって来た。


「なんで、そんなにわくわくしているんだよ… 和樹が聞いたところで、何も面白くないだろ?」

「そんなことはないぞ。 直矢がライブの評価をしていることに意味があるんだよ」

「俺はアイドル評論家ではないから、まともなことは何も言えないぞ」

「直矢自身の言葉を聞きたいだけだし、あと侑梨ちゃんとの話も聞きたいしな」

「そっちが本音だろ…」


 ライブ当日の侑梨との話なんて、特に何も盛り上がるようなことはないぞ。朝起きて、会場に向かって、メンバーと話をして、ライブを見る。

 うん…通り一遍のようだな。


「とりあえず、早く教えてくれよ〜」

「つまらなくても、駄々を捏ねるなよ」

「子供じゃないから大丈夫さ!」


 和樹はサムズアップした。

 本当に大丈夫かな…と思いながらも、とりあえず和樹に話をすることにした。……面倒くさいけど。


「ライブ会場には昼前くらいに着いて———」

「違う違う。ちゃんと朝から話をしてくれないとダメだから」

「はぁ?! 朝から聞いたところで、和樹には何の得もないだろ?」

「いやいや、直矢と侑梨ちゃんのモーニングルーティンを聞かないと、今日一日やって行けないわ」

「やって行けないのはいつものことだろ」


 それにしてもモーニングルーティンか…。

 ライブの日の朝は侑梨の添い寝(下着姿)から始まったけど……和樹に言うと碌なことがないだろうし、大浪さんに伝わる可能性もある。


 だからこそ、話を改竄して和樹に伝えよう。


「それよりも、早く教えてくれよ〜」


 ニヤニヤしやがって…絶対に面白いことを見つけてやろうと思っている顔だよ、これは。


「朝は普通に朝食を食べながら、一日のスケジュール確認をしたくらいだよ」

「おいおい、直矢は侑梨ちゃんに朝起こしてもらわないのか〜? 折角、推しだったアイドルと同棲しているんだから、それくらいの願望はあるだろ?」


 ……願望というよりも、現実で起こっているんだよなそれ。……何度も言うけど下着姿で。


「おっ、一瞬考える素振りが見えたから願望はあるみたいだな! それが見れて俺は嬉しいよ」

「なんで願望を見れただけで、和樹が得するようなことになるんだよ」

「俺の楽しみの一つになっているから」


 こいつ面倒くさいな…。下手なことを言ったら、ご飯のお供にされそうだし。


 和樹はニカッと笑った。


「とりあえず話を進めるけど、それから会場に着いて最初に見たのがグッズ売り場だな」

「流石、アイドルオタクだな。 着いて早々にグッズを見るとは」

「いやいや、少し時間がズレただけでグッズ売り場はかなり混むからな? それで開演時間に間に合わなくなったら大変だろ」

「確かに開演時間に間に合わないのは大問題だな」

「だろ」


 それに最近のライブだと開演五分前にアイドルによる注意事項や前座が行われることが多い。それらを知らない人たちは後々SNSで知るのだが、初心者の頃の俺もその中の一人だった。


「それでグッズは何を買ったんだ?」

「マフラータオルとペンライト、あと侑梨がライブTシャツを買ってくれた」

「おいおい、直矢が侑梨ちゃんにプレゼントではなくて、侑梨ちゃんが直矢にプレゼントしたのかよ」


 そこは男の直也がプレゼントをしないと、と付け足して言ってきた。かなり強調して。


 それは分かっている。分かっているけど、予算的に自分のグッズだけで限界だったんだよ!とは言えず、俺は普通に開き直って返事をすることにした。


「侑梨がお揃いにしてほしいって言ってきたからね。その好意を無下にはできないからね」

「そんなことを言いつつ、本当は自分のグッズを買ったら予算が無くなっただけだろ?」

「そ、そんなことはないけど」


 ほんと和樹は勘がいいな…。

 ボロを出さないように気をつけないと。


「とりあえずグッズの話はこれで終わりにして、続きを話すからな」

「逃げたな」

「逃げてない」

「まあ、いいや。 それより最後まで話をしてくれるなら、後々面白いことがありそうだしな」


 俺の話のどこに面白い要素があるのか、和樹の判断基準がいまいち分からないな。


「何度も言うけど、本当に何も面白いことは起きないからな?」

「いいから〜 いいから〜」


 小さくため息をつき、俺は話の続きをした。


「それでグッズを買った後、レグルスのマネージャーとの待ち合わせ場所に向かって、メンバーがいる楽屋まで案内してもらった」

「な…なんだと?! 一般人は立ち入れないアイドルの楽屋に直矢が行った…だと!?」

「どこで驚いているんだよ。 侑梨がいるんだから、メンバーに挨拶しにいくのは当然だろ?」

「平気な顔をして言っているけど、普通は芹澤さんがいても入れないと思うんだけど…」


 確かに元メンバーの関係者でも、普通はアイドルがいる楽屋には入れてくれないだろう。

 そうなると、事務所の人たちには俺を男として見られていないのか…? それとも侑梨が首輪を繋いでいるから大丈夫だと思われ———って、俺は犬扱いになるのかよ…。


「どうした?」

「何でもない」


 いまの考えを話したところで、どうせ和樹は肯定しかしないだろう。

 そう思いながら、俺は言葉を続けた。


「特例ってことでいいんじゃない?」

「おいおい…簡単にまとめるなよ。 特例で楽屋に入れるなら、俺だって入りたいんだからな!」

「和樹…何のために楽屋に入りたいんだよ。 大浪さんという可愛い彼女がいるのに」

「確かに美唯は可愛いことには異論はない。 だが、アイドルの楽屋にも魅力があるんだよ! アイドルたちが着た衣装、アイドルたちが着ていた私服、そしえ心地よい香り。どれを取っても魅力的だろ?」


 ……アイドルオタクではない和樹が話しているはずなのに、何故か迷惑なオタクにしか見えない。

 きっと、話し方が問題なんだろうけど、ここまで熱く語られると若干引くな。


「……厄介者だな」

「おいおい、その表現は酷いな。 さっきのは直矢の為に合わせただけで、アイドルにはこだわっていないからな。 俺の場合はメイドだ!!」


 やっぱり、メイド基準だったか。

 これを元に考えると、あれから何回か大浪さんに隠れてメイドカフェに行っているな。

 やはり侑梨のメイド服姿は、和樹には絶対に見せたくないな。


「また大浪さんに怒られても知らないよ?」

「大丈夫! 俺の隠蔽作戦に失敗の二文字はない!」

「それは失敗するフラ———」

「おーい? 急に話を止められると怖いんだが」


 和樹の言う通り、俺はいまとても怖い。

 それは———


「直矢くん、おはよう! ライブは楽しかった?」


 目の前のドアから大浪さんが教室に入って来て、満面の笑みを浮かべながら挨拶をしてきたから。


 和樹の方をチラッと視線を向ければ、恐る恐る後ろを振り向き、大浪さんの様子を伺っていた。


「お…大浪さん、おはよう。 とても楽しいライブで最高の一日だったよ」

「うんうん、表情を見れば楽しかったのが一目瞭然で分かるね」

「表情で分かるものなの…かね?」


 俺は苦笑しながら聞いた。

 だって、いまは恐怖の表情をしていると思っていたから。……ライブの話で顔が緩んだのかな。


 大浪さんは俺に向けて人差し指を指した。


「この美唯探偵が全てお見通しなのだよ!」


 ……うん? 急に探偵ごっこが始まり出したということは、危険な予感がするな。(和樹が)


 大浪さんは俺に向けていた人差し指を横にずらし、今度は和樹の方を指した。


「そして和樹がメイドカフェに行っていたことも。 あと迷惑ファンみたいな発言のこともね」

「な…何故、美唯が知っているんだよ?!」

「しかも数分前のことまで知っているしね」

「答えは簡単だよ」


 そう言って、大浪さんは中腰になり、机の淵に両手を付けて、言葉を続けた。


「二人の会話を廊下で聞いていたから」

「そんなに大声で話をしていないのに、どうして聞こえているんだよ!」


 大声で話していない? そんなことはないぞ。

 楽屋の話の時は盛り上がっていて、少し声量が高かったと思うぞ。


「何でって言われても、聞こえてきたのは事実だしね。 てか、和樹って話しが盛り上がると小声で話していても途中から声量が大きくなるよ?」


 彼女である大浪さんも言っているから、俺の考えは間違いっていないようだ。


「それが事実だとしたら、俺は教室内でかなり変態的な要素を口走ったことになるじゃん」


 自覚はあったのか。


「直矢、嘘だと言ってくれ!!」


 こちらに視線を向けて、和樹は涙目になりながら訴えてきた。

 

 小さくため息をつき、俺は大浪さんの方に視線を向けた。そしてお互いに頷き合い、


「「事実」」


 と笑みを浮かべながら断言した。


「そんな…俺は変態扱いになるのかよ」

「ということで、和樹は昼休みと放課後に事情聴取をするから逃げないでね」


 そう言い残して、大浪さんは自席へと向かった。


「和樹、頑張ってね」

「もし明日、俺が学校に来なかったら、その時はよろしくな」

「えっと…分かった」


 何をよろしくなのかは分からないが、とりあえず返事だけはしておいた。


 そしてチャイムと共に担任が教室内に入って来て、ホームルームが始まった。

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