第42話 新体制ライブに行くぞ!⑤

 あっという間に二時間のライブが終わり、俺と侑梨は再びレグルスの楽屋に来ていた。

 最初は搬入口付近で上条さんたちを待つ予定だったのだが、マネージャーの荒井さんからの提案により楽屋で待つことになった。

 

(侑梨のゴリ押し感もあったけどね)


「元グループの新体制ライブを見てどうだった?」


 横に座っている侑梨に質問した。


「とても良かったです! 寧々ちゃんの歌唱力は以前よりも上がっていましたし、紗香ちゃんもダンスがさらに磨き上がっていました!!」

「俺も見ていて、二人とも確実にレベルアップしていたと感じたよ」

「流石、レグルスファンの直矢くんですね!」

「正確には侑梨のファンだけどね」

「そうでしたね!」


 約三ヶ月の期間で、ここまで完璧に仕上げてくるとは。ファンの人達も新曲で盛り上がっていたし、新体制ライブは大成功間違いないな。


「———♪」


 すると、侑梨は鼻歌をした。

 この曲は今日のライブでも盛り上がった、侑梨がセンターを務めた曲だ。


(やっぱり何度でも聴きたくなる曲だな〜 この曲をライブで聴けなくなるのは悲しいな)


 だけど俺は侑梨の許嫁だから、リクエストしたら侑梨は歌ってくれそうだな…。


「—♪ ………っん?直矢くん、どうかしましたか?」


 何かに気付いたのか、侑梨は鼻歌を止めて俺の方に視線を向けて聞いてきた。


「侑梨の曲を聴くのが懐かしいなと思って」

「実は直矢くんが知らないだけで、お風呂では結構歌っていたりするのですよ」

「そうなんだ。 全く知らなかったよ」


 というよりも、お風呂場とリビングでは少し距離があるし、ドアで締め切られているから聞こえないのが普通だ。これで仮に聞こえていたら、俺が侑梨のお風呂を覗いているみたいになる。


「直矢くんがいつまで経ってもお風呂を覗きに来てくれないので、歌で誘っていたつもりだったのですが…まさか聞こえていなかったとは」

「そもそも、お風呂場からリビングでは距離があるから何も聞こえないぞ。 あと誘われたとしても、俺はお風呂に突撃するようなこともしないから」

「本当に直矢くんは頑固さんですよね〜 推しの元アイドルが誘っているのに断るなんて」

「頑固ではない。 ただ度胸がないだけだ」


 それに俺が一緒にお風呂入ることは、まだ無理だろう。頑固とか度胸ではなく、その時ではないからだ。まあ、これがいつになるのかは俺にも分からないのだけどね。



 楽屋に来てから三十分が経った。

 館内放送によると最後の列のお見送りも終わったようだ。


 そろそろあの二人が戻って———


「ライブお疲れ様ー!!」

「お疲れ様」


 と言おうとした瞬間に帰ってきた。

 そして侑梨の存在に気づくと、上条さんと蒼井さんが近づいてきて質問してきた。


「侑梨ちゃん、私たちのライブはどうだった?」

「侑梨、ライブの感想を聞かせてくれ」


 侑梨は二人の方に視線を向け、そして微笑してから口を開いた。


「寧々ちゃん、紗香ちゃんライブお疲れ様でした。二人ともステージでは輝いていて、とても素敵でしたよ!」

「くぅ〜! 侑梨ちゃんにライブのことを褒められると嬉しいね! 次のライブにも来てほしよ!」

「最高…私のことを見ていてくれた」


 えっと…蒼井さんの感想は違うと思うけど、本人が満足をしているなら余計な口出しは避けよう。

 これで余計なことを言って、また嫌われるようなことがあったら大変だしな。


「そ・れ・でファン代表の直矢くんはどうだったのかな〜? 私は感想が聞きたいな〜」


 上条さんがこちらにゆっくりと首を向け、微笑しながら聞いてきた。


「俺がファン代表としてコメントするのは申し訳ないから一人のファンとしてコメントするね。 今回の新体制ライブは大成功だったと思うよ。侑梨の卒業前のライブの時より確実にレベルアップしていて、かなり見応えもあったよ」

「「 …… 」」


 感想を終えると、上条さんと蒼井さんは呆然とした表情をしていた。不安になり侑梨の方に視線を向けると優しく微笑んできた。  


(それは大丈夫なのね。でも…反応がないことが気になるな…)


 侑梨の表情から大丈夫だとは分かるが、不安が少しだけ残っていたので上条さんに聞くことにした。

 

「その…何か気に触ることがありましたか?」

「……あっ、ごめん。 直矢くんの感想にグッときて思考回路が止まったよ〜 だから、気に触ることなんて一つもないから安心してね!」


 上条さんはサムズアップしてきた。

 そして上条さんは、未だ呆然としている蒼井さんの肩に両手を置き———前後に揺さぶった。


「ね、寧々。 ゆさ…揺さぶるのを…やめろ」 


 蒼井さんの叫びが聞こえるのに、一向に止めようとしない上条さん。その光景を微笑ましく見ている侑梨。……三人の仲の良さが伝わるな。


 すると蒼井さんがこちらの方を向き、鋭い視線を向けながら口を開いた。


「おい、直矢。 助けてくれたら、私との好感度を六割にしてやる。 だから、助けろ!!」


 びっくりした…。また謎に怒られるのかと思ったけど、俺に助けを求めてくるとは。

 それに前回二割ほどで、数時間前はほぼマイナスになっていたのに、ここで助けたら六割?!


(蒼井さんのことだから、すぐにマイナスになるんだろうな…)


 そんなことを思いながら、蒼井さんが「早く助けろ」と睨んでくるので嘆息しつつ、上条さんに声を掛けた。


「上条さん。 蒼井さんが困っているので、その辺りで揺さぶるのをやめませんか?」

「そんな優しい言葉では、寧々は止めようとはしないぞ。 私が許すから寧々を離してくれ」

「そうそう! 私を止めたければ、ちゃんと引き離すようなことをしないとダメだよ〜!」


 仕方がない…。あまり乗り気ではないけど、仲良し度の為にやるしかない。 


 と決意をして、上条さんの肩に手を置こうとしたら、侑梨が横から俺の手を掴んだ。


「直矢くんがやる必要ありませんよ」

「でも誰かが止めないと、蒼井さんが大変なことになると思うんだけど…?」


 主に蒼井さんの機嫌の悪さが気になる所。


「その役目が私なのです。 安心してください。仮に私が助けたとしても、直矢くんとの好感度を下げるようなことをしないように、紗香ちゃんには伝えますから」


 侑梨は微笑むと、上条さんの元へ向かった。


「寧々ちゃん。 紗香ちゃんが困っているから、その辺でやめてあげようね?」

「あ…その…侑梨ちゃん。 ちょっと、肩に添えてあるはずの手に力が入っているの…ですが?」


 外野の俺から見ても、確かに力が入っているように見えるな。手は添えているだけなのに不思議だ。


「……何か気になることでもありましたか?」

「いえ…何もありません」

「それなら紗香ちゃんを揺らすのをやめて、肩から手を離しましょうね」

「………はい」


 諦めたように上条さんは肩から手を離した。


 肩から手を離されると、蒼井さんはホッとしたような表情をした。


「侑梨、助かったよ」

「当然のことをしたまでです。 あと私が助けましたが、直矢くんとの好感度を下げないでくださいね? 途中で私が止めなければ、直矢くんが助けていたので」


 侑梨は約束通り、好感度の件を伝えてくれた。

 これですんなり頷いてくれればいいのだが、蒼井さんが頷くとは思えないんだよな…。


「………侑梨のお願いには断れない…な。 好感度の件は六割のままでいいだろう」

「ありがとうございます♪」


 えっ…マジ?!俺が何かを言っても横に首を振るだけだったのに、侑梨の一言で維持できたよ…。


 侑梨…いや、侑梨さん。ありがとう!!


 すると蒼井さんは俺の方に来て、


「という訳だ。不本意ながら、直矢との好感度が六割になった。 これ以上は上がることはないから下げるようなことをしないんだな」


 と言いながら、右手を差し出してきた。


「ありがとう。 嫌われないように気を付けるよ」


 俺も右手を出し、蒼井さんと握手をした。


「いや〜 何だかんだで二人の仲が深まって良かったね〜! 私、とっても嬉しいよ!」

「そうですね! 直矢くんが私の大好きなメンバーと仲良くしてくれて嬉しいです!」

「そもそも寧々が余計なことをしなければ、直矢なんかと仲良くなることはなかったのに」

「そんなことを言って〜 実は紗香ちゃん、直矢くんのことが少し気になっていたりして〜?」

「っな?!」


 蚊帳の外で繰り広げられている会話に耳を傾けると、蒼井さんが俺のことを気になっている…?

 いやいや、あんなに早く好感度を下げてくる彼女だから、上条さんの悪ふざけに決まっている。


 それに俺の話となれば、侑梨は黙っていない。


「その件については、私は反論させていただきます。 紗香ちゃんは直矢くんのことは好きではありません。好感度は六割でも、好意に関しては一つもありません」

「そうなんだが……侑梨に反論されるのは辛い」

「紗香ちゃん、ごめん… 私も悪ふざけが過ぎたよ」


 侑梨の反論で二人が意気消沈した。


「侑梨。 上条さんと蒼井さんの元気がなくなるから、その辺で反論はやめようね?」

「もちろん、反論はもう終わりましたよ。 あとは今後直矢くんのことを好きになっても、私という正妻がいることを釘刺しておくだけです!」


 わざわざ釘を刺さなくても、侑梨から奪おうとする人なんていないだろ。


「ということで、寧々ちゃん、紗香ちゃん。 直矢くんに好意を持ってはダメですよ? ですが、ラブではなくて、ライクの方なら歓迎です」

「はいはい、好意は持たないから安心してね〜」

「私も侑梨だけいればいい」

「よろしい! 直矢くんも分かりましたか?」

「分かった」


 どう返事をすればいいのか分からないが、とりあえず侑梨の言葉に頷いた。


 すると扉からトントン、と叩く音が聞こえた。

 上条さんが「どうぞー」と言うと扉が開き、マネージャーの荒井さんが中へと入ってきた。

 

「二人とも楽しい時間はもう終わりだよ。 会場の撤収時間が迫って来ているから、早く着替えなさい」


 気付けば時刻は午後21時半。

 会場の片付けが始まり、出演者達は帰路についてもおかしくない時間になっていた。


「え〜 私、もっと侑梨ちゃん達とお話したい〜!」

「侑梨とは一時的にお別れ…か」

「はぁ…馬鹿なことを言っていないで、早く着替えてきなさい」

「「はあーい…」」


 そして二人は俺たちに「またね」と挨拶をして、更衣室へと渋々向かった。


「侑梨さん、直矢さんも遅くなる前に帰宅してくださいよ?」

「大丈夫ですよ! 何があっても、直矢くんが私のことを守ってくれますから!」

「も、もちろんです!」


 侑梨に言われたら守らないと…な。

 まあ、何事も無いのが一番だけど。


「それでは直矢さん頼みましたよ」


 そう言って、荒井さんは一礼して部屋を出た。


「それじゃあ、俺たちも帰ろうか」

「はい! 感想会をしながら帰り、家に着いたら私が出演しているライブ映像を見ましょう!」

「そうなると、今日は夜更かし決定だな」

「ですね」


 そんな話をしながら楽屋を後にし、数時間後には何事もなく無事に家に帰宅した。



◇◆


 レグルスのメンバーである上条寧々と蒼井紗香を家に送り届けた荒井マネージャーは、事務所にて森元社長と話をしていた。


「新体制ライブは成功したのはよかったけど、開演前に不審者を本当に捕まえることになるとわ…」

「ですが優秀な警備員のおかげで、騒ぎになることもなく捕まりましたね」


 二人が話しているのは以前、芹澤侑梨の熱狂的なファンが『侑梨ちゃんが恋人を作ったなんて…僕は認めないぞ!!』と手紙を送ってきていた。


 その後も何度か同じ人らしき人から手紙が届き、ライブ直前になり『侑梨は俺の嫁だ』とか意味不明な手紙を送ってきた。


 だけど新体制ライブを中止にすることは出来ないので、警備を厳重にした結果———無事に捕まった。


「とりあえず、新生レグルスはここからが大事だぞ。 荒井マネージャー、頼んだぞ」

「はい!! この新体制ライブ成功を糧に、今まで以上に飛躍させていきたいと思います!」

「うむ。 私も楽しみにしているよ」

 

 荒井マネージャーは一礼して、自分のデスクへと戻った。そして机にあるパソコンと睨めっこをしながら、次の企画を考え始めた。

 

 

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