第39話 新体制ライブに行くぞ!②

 自宅を出発し、電車でニ回乗り継いで約一時間。

 俺たちは目的地の会場である、ドームシティーホールの目の前に立っていた。


 周囲を見渡すと、開場六時間前にも関わらず“レグルス“の法被を着た人がグッズ列に並んだり、ランダムグッズの交換をしている人達が沢山いた。


「新体制になっても、レグルスの人気は衰えていないな。ファンとしては嬉しい限りだ」


 新体制になると、それまでのファンが離れてしまう場合が多い。今回の場合はグループの中で、一番人気の芹澤侑梨が卒業したので少し心配だった。


 まあ、チケットの当落発表の日にSNSにトレンド入りしていたから杞憂だったのは間違いない。


「私もです! それより、この広場にいるお客さんは会場のキャパに対してかなり多いですよね?」

「確かに多いけど、いつものことだよ」


 これはアイドルライブあるあるだ。

 チケット争奪戦に負けた人がグッズを現地まで買いに来ているのだ。ただ、最近はオンラインで買えるのに現地まで来ているのは、チケットをくれる人を探しているのだろう。


(最近は不正転売が厳しくなったから、その辺も難しくなっているんだけどね)


「いつも車で搬入口からの会場入りだったので、グッズ売り場周辺がこんな風になっているとは知りませんでした」

「他のアイドルグループと違って、レグルスはグッズ売り場に顔を出したことないよね」

「私たちは会場入りしたら、すぐにリハーサルになり、昼休憩を挟んだあと最終確認をしています」

「本当に一瞬でも顔を出すのは難しかったんだね」

「そうなんです。 本当はファンの皆さんの顔を見たかったのですけどね」

「でも、そのおかげでファンは最高の時間を過ごせるから感謝だね」

「直矢くん、恥ずかしいことを言わないでくださいよ〜!!」


 侑梨は赤くなった顔を両手で隠し、上半身を左右に揺らした。……嬉しさが外に漏れ出ている。


「それより、あまり大きな声を出していると、ファンの人達にバレてしまうぞ?」


 ここにいるのは“レグルス“のファンだ。

 仮に変装をしていたとしても、声だけでバレる可能性は大いにある。

 

 俺はファンだが、声だけでは判断できない。


「大丈夫ですよ! もう私のファンはいないので、絶対にバレません!」

「いやいや、侑梨のファンだった人も絶対に新体制ライブは見に来るはずだよ?」

「私は卒業してグループにはいないのに、私のファンが新体制ライブを見に来るのですか?」


 侑梨はこてんと首を傾げた。


「一言で例えるなら、一区切りになるのかな?」

「一区切りですか」

「そう。 侑梨ファンの人達は新体制ライブを見届けて、レグルスからも卒業するつもりなんだよ」

「それを聞きますと少し寂しくなりますね。 ですが、私の我が儘でグループを卒業したのは事実なので、何も言えませんですけどね」


 侑梨は頬を掻きながら、苦笑した。


「そんなことはないよ。 さっきも言ったけど、ファンの人達は推しに出会えたからこそ、最高の時間を過ごせたんだよ。 だから、その時間はファンにとっては掛け替えのない思い出になるんだよ」


 俺自身も“レグルス“の芹澤侑梨に出会えた時間は、掛け替えのない思い出になっている。

 ただ、それ以上に同棲してからの侑梨に思い出がどんどん上書きしていくことが怖いけど…。俺、天罰とか地獄に落ちたりしない…よね?


「とっても嬉しい言葉をありがとうございます。 私も直矢くんに出会えたことは掛け替えのない思い出の一つです」

「ありがとう」


 嬉しい…。嬉しいんだけど、マジで天罰とか喰らわないよね?例えば、侑梨ファンがナイフを持って襲ってきたり———うん、ないな。


「それよりも、今回はグッズを買うのですか?」

「………買っていいの?」

「ダメとは言いませんよ。 だって、オンラインで後日販売を買うつもりだったのでしょ?」

「………その通りです」


 実はグッズは買うつもりではなかったのだが、ライブ会場に来たら買いたい欲が出てしまった。


 だけど侑梨を目の前にしてグッズを買うのは引けたので、オンラインの後日販売で買うつもりだったのだが———侑梨には全てお見通しだったようだ。


「それで何のグッズを買うのですか?」

「えっとね…」


 俺はスマホを取り出し、公式SNSに掲載されているライブグッズの紹介ページを開いた。

 今回のグッズはTシャツ、トレーナー、マフラータオル、ペンライト、キーホルダー、生写真の計六種類になる。


 本音を言えば、俺は全部欲しい。

 だけど、今回のグッズ予算は一万円以内でと考えているので、買えるのは二つまでだ。 


 そして二つの買う物は家で決めている!


「マフラータオルとペンライトを買うよ」


 この二つで五千円だ。

 残りの五千円は別のライブ用に使うか、侑梨とのプライベートに企てるつもりだ。


「生写真やTシャツはいらないのですか?」

「Tシャツは悩みどころだけど、生写真は買うつもりはなかったよ」


 俺が生写真を買っていたのは侑梨がいたから。

 侑梨が卒業した時点で、生写真に関しては買うことはなくなった。


「そうなのですね。 それじゃあ、私がTシャツを二着買いますので、お揃いで着ませんか?」

「えっ、買ってくれるの?」

「はい! 私は直矢くんとお揃いの服を着て、大好きなグループを一緒に応援したいのです!」

「ありがとう」


 俺と侑梨はグッズ売り場へと向かった。

 そこで長い待機列に並び、約十五分ほどでグッズを買うことができた。


 そして約束の時間のお昼になったので、俺たちは搬入口にいるマネージャーの元へ向かった。


 

 

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