第40話 新体制ライブに行くぞ!③

「直矢さん、侑梨さん、お待ちしておりました」


 搬入口へと着くと、俺たちを見つけたマネージャーの荒井さんがこちらに駆け寄り挨拶をしてきた。


「荒井さん、お久しぶりです」

「私の無遅刻記録が更新されましたね!」

「侑梨さん、遅刻しないのは常識ですからね」


 言い、荒井さんは俺と侑梨を交互に見てきた。


「あの…どうかしましたか?」

「マネージャー?」

「すみません。 直矢さんがお手持ちのライブグッズの袋に目が入りまして」

「あっ、待ち合わせ時間まで少しだけ時間があったので、早速買わせていただきました」


 俺は袋からペンライトとマフラータオルとTシャツを、侑梨も自分のTシャツを鞄から取り出して荒井さんに見せた。


「お買い上げありがとうございます。 ですが、Tシャツは差し上げましたよ?」

「初耳なんですが?!」

「一部の関係者には、Tシャツを差し上げているのですよ。 侑梨さんも知っているはずですよ」


 俺は侑梨の方に視線をゆっくり向けた。

 すると、侑梨は「忘れてました」と言い、てへぺろとしてきた。


「ゆ〜り〜? 忘れてたはダメだろ〜?」

「で、でも、私からのプレゼントだから、直矢くん的には嬉しかったでしょ?」

「まあ…嬉しかったよ」


 俺は頬を掻き、視線をずらして言った。

 本当は顔を見て言いたいのだが、まだ人前では抵抗があった。


「ふふ。 早く、人前でも愛の囁きができるようになってくださいね!」


 まるで全てを見透かされているようだ。

 だけど愛の囁きをするには、恥ずかしさを取り払うのと、侑梨のことを今以上に———。


 と考えていると、荒井さんが呆れ顔をしながら声を掛けてきた。


「そろそろ、お二人を楽屋に案内してもよろしいでしょうか?」

「そ、そうですね! 案内をお願いします!」

「もう…直矢くんったら、話を逸らさないでくださいよ」

「侑梨さん、その話は楽屋に向かいながらでも出来ますので、とりあえず向かいますよ」


 侑梨は渋々頷いた。


 そして俺たちは荒井さんの後ろに着いて行き、レグルスの二人が待つ楽屋へ向かった。





 搬入口から楽屋までは五分程度で着いた。

 その五分間は、侑梨から話を逸らしたことについての追及が行われ、受け答えに苦労した。


 そして、いま———


 楽屋の前に立っている俺は、その苦労が忘れるほど、とても緊張していた。


「それでは、楽屋に入りますよ」


 荒井さんは楽屋の扉をトントンと叩き、中から「どうぞー」と女性が返事をする声が聞こえると、ゆっくりと扉を開けた。


「失礼します。 侑梨さんと直矢さんのお二人をお連れしました」

「マネージャー!ありがとうー!」 


 上条さんが荒井さんに感謝を述べると、視線をこちらに向けて微笑んできた。


「二人とも久しぶりだね〜! 元気にしてた?」

「お久しぶりです」

「はい! とても充実した日々を、直矢くんと共に送っていますよ」

「私も、そんな台詞を言いたいね〜!! 紗香ちゃんもそう思うでしょ?」


 上条さんは一人で頷いた後、椅子に座っている蒼井さんの方に顔を向けて呼び掛けた。


 俺と侑梨も蒼井さんの方に視線を向けると、侑梨には微笑み、俺には相変わらず敵意の視線を向けてきていた。


(あれ…? 前回二割ほど仲良くなれたはずなのに、またリセットされた感じ…? ゲームで例えるなら、ログインするのを数日忘れて、ヒロインの好感度が一気に下がった感じになるのかな… ハードルが高すぎるだろ)


 苦笑していると、蒼井さんは椅子から立ち上がり、上条さんの横に並んだ。


「別に… 私は思わないけど。 それより、さっきの『久しぶりだね』は違うでしょ」

「………っん? 対面して会うのは久しぶりだよ?」

「そうなんだけど… 私の一言目はこれだから」

「さ、紗香ちゃん?!」


 突然、蒼井さんが侑梨に抱き付いた。

 侑梨も突然のことに驚きながらも、助けを求めるように上条さんに視線を向けていた。


 俺に助けを求めないのは、侑梨の気遣いでもあるんだろう。……これ以上、蒼井さんに嫌われないように、とか。


「なんで噴水広場でのイベントの時に、楽屋に挨拶しに来てくれなかったの? 私、侑梨に会えなくてつらたんだったんだよ」

「 !! もしかして、私たちの姿が見えていたのですか?」

「確かに二階からイベントを見ていたけど、あの人混みの中からよく見つけられましたね」


 噴水広場からだと、二階はギリギリ顔の判別はつくと思うけど、その他大勢の中で俺たちを見つけるのは凄いことだ。


 すると、上条さんが手を挙げながら、蒼井さんの言葉に抗議をしてきた。


「一つだけ言っておくけど、第一発見者はこの私なんだからね?」

「第一発見者って… 上条さん、俺たちは生きていますからね?」

「細かいことは気にしないの〜! とりあえず、そのことを前提として話を進めてね?」


 軽く受け流されたのは気になるが、俺と侑梨は顔を見合わせてから、上条さんに頷いた。


 その確認が出来ると、上条さんは言葉を続けた。


「で、何故二人を見つけられたかと言うとね。 二人の場所だけ、私には甘々空間が見えたんだよ」

「いや、あの場ではイチャイチャとかしていませんよ? ごく普通の会話をしていましたから!!」

「私の目に狂いはない!!」

「侑梨も上条さんに反論を———って、まだ抱き付かれていたのかよ」


 未だに蒼井さんに抱き付かれている侑梨。

 だけど、そろそろ解放されたいらしく、「紗香ちゃん、そろそろ離してほしいな〜」と背中を叩いているけど、耳を傾けてくれてなさそうだった。


「上条さん… お願いしてもいいかな?」

「もち! 紗香ちゃんのことなら任せて!」


 上条さんは二人の元へ駆け寄ると、侑梨の体から蒼井さんの手を無理矢理引き離した。


「はい、侑梨ちゃんは直矢くんの隣に行ってね〜 紗香ちゃんは私の隣ね〜」

「寧々ちゃん、ありがとうございます… 直矢くん、私やっと解放されましたよ〜」

「寧々、何故引き離すんだ。———侑梨、私から離れないでくれー!!」


 上条さんに一礼すると、侑梨は蒼井さんに耳を傾けず、そのまま俺に抱き付いてきた。


「解放されたのは良かったけど、何故俺に抱き付いてくるのかな?」

「直矢くんの温もりを感じたくなったからです」


 侑梨は嬉しそうな声で言った。

 ほら、侑梨がそんな風に言うから、引き離された蒼井さんが物凄く睨んできているよ…。


「とりあえず、一旦離れようか」

「あっ…」


 一旦、侑梨を離した。そのおかげか、蒼井さんの表情を落ち着いたように見えた。


「直矢くん、先程の話は私の負けでいいよ。 これ以上の話し合いは出来そうにないから」

「勝ち負けは関係ないと思いますけど、これ以上は確かに難しそうですね」


 俺の隣には侑梨が感覚がないほどピッタリとくっつき、上条さんは暴走一歩手前の蒼井さんを羽交締めにして止めていた。これでは、話の続きをするのは無理だろう。


 このまま楽屋を出るか迷っていると、いつの間にか消えていた荒井さんが戻ってきた。


「失礼します。 直矢さん、侑梨さん、こちらをどうぞ」

「「ありがとうございます」」


 渡されたのは、今回のグッズで販売されていたパーカーだった。


「先程Tシャツをお買い上げしたと聞きましたので、パーカーを差し上げます」

「これって、本当ならTシャツをあげる予定だったけど、先に買ってしまったからパーカーで代用します…みたいな感じですか?」

「………直矢さんにはいらないようですので、そちらのパーカーの返却をしてもらってもいいですか?」


 元々、パーカーは値段的に買うのを断念していていたので、プレゼントで貰えるなら貰う。


 だから、ここでやる事は一つ。


「その…変なことを聞いてごめんなさい。 とても嬉しいです。 大切に着たいと思います」

「別に取り返そうとはしていませんので、謝ることはありませんよ」

「ありがとうございます」


 俺は一礼をし、パーカーを抱き締めた。


「もしTシャツとパーカーを着替えるなら、二人ともここで着替えていく? あと開演時間まで、ここに居てもいいよ?」

「えっ…いいのですか?」


 それは有り難い。

 俺は男子トイレとかで着替えればいいと思っていたけど、侑梨は安全な場所で着替えさせたかった。

 

「もち! そろそろ、私と紗香ちゃんは最終確認に行くから、楽屋には人が来ないし」

「荒井さん、本当にいいのですか?」

「まあ下手に外で着替えられて、侑梨さんのことがお客さんにバレたら大変ですし、それと関係者席の案内も楽になるので許可します」

「ありがとうございます」

「寧々ちゃん、マネージャー、ありがとうございます!」


 俺と侑梨は荒井さんと上条さんに一礼した。


「それじゃあ、私たちは行くねー!」

「頑張ってください!」

「寧々ちゃん、紗香ちゃん、楽しみにしているよ!」

「二人ともありがとう〜!」


 上条さんは蒼井さんを連れて、最終確認の為に舞台へと戻った。去り際に再度蒼井さんに睨まれたのは、もう仕方がないと割り切った。


 そして俺と侑梨は交互にライブTシャツとパーカーに着替えて、時間まで楽屋で待機していた。

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