第21話 無邪気な美唯さん

 土曜日の午前10時35分。侑梨は駅前の改札口にて、美唯が来るのを待っていた。

 侑梨はアイドル時代から10分前行動を心掛けているが、今日は美唯とのお出掛けが楽しみすぎていつもより早く来てしまった。

 

 侑梨は壁側を振り向くとバックから手鏡を取り出して髪型を整え、確認を終えると踵を返した。

 それからすぐに自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、視線を向けると美唯が手を振っていた。


「侑梨ちゃん。お待たせ…って、私遅刻はしていないよね?」

「はい!私が早く来すぎただけなので、美唯さんは遅刻してませんよ」

「ちなみにだけど、侑梨ちゃんはここに何時に着いた?」

「えっとですね…」


 侑梨は右手に付けていた腕時計に視線を向け、すぐに美唯の方に戻した。


「10時半過ぎです!」

「それじゃあ、ここに20分以上待ってたってこと?!辛くなかった?」

「そう…なりますね。全然辛くありませんよ」


 侑梨は微笑して、美唯に返答した。

 その光景に美唯はきょとんとしたあと、侑梨の両肩を掴み口を開いた。


「ゆ…侑梨ちゃん。何か欲しい物があったら言ってね。私が奢るから」

「それは美唯さんに悪いですよ。私が勝手に早く来ただけなので」


 侑梨は苦笑しながら両手を振った。


「それじゃあ、私と侑梨ちゃんでお揃いのアクセサリーを買わない?」

「……えっ」


 突然の提案に侑梨は目をパチクリした。


「これなら奢りとか関係ないし、私と侑梨ちゃんの思い出にもなるでしょ?嫌…かな?」

「嫌ではありません!寧ろ、美唯さんとのお揃いは嬉しいですよ!」

「ほんと!よかった。直矢くんとのお揃いではないから嫌かなと思って」

「直矢くんとのお揃いはもっと特別な物を選びますから!もちろん、美唯さんとのお揃いも大切ですよ」

「特別な物ね…(笑)直矢くんは大変だね」


 美唯は侑梨の言う特別な物を想像しながら苦笑した。そして美唯は、「それじゃあ」と言葉を続けた。


「そろそろ行こうか!」

「そうですね!」


 侑梨と美唯は、「うふふ」としたあと、電車に乗るために改札へと歩いた。


XXX


 電車に揺られること30分。侑梨と美唯は目的地である複合商業施設へとやって来た。

 エスカレーターで下に降りている時に、美唯は後ろにいた侑梨の方を向き口を開いた。


「ずっと思っていたんだけど、侑梨ちゃんは卒業しても変装はしないといけないの?」


 待ち合わせの時から眼鏡を付けていたが、美唯はずっと疑問に思っていた。


「確かに卒業したらアイドルではないのですが、私はまだ卒業して間もないので念の為ですね」

「なるほど…アイドルって卒業しても大変なんだね〜」

「そうなんですよ。週刊誌の人達も熱愛報道を狙ってきますからね。芸能界を引退したのに迷惑な人達ですよ」

「あはは…確かに迷惑な人達だね」


 美唯は顔を引き攣りながら苦笑した。美唯は侑梨がそれを自覚しながらも、直矢のことを迎えに来たら、人前でイチャイチャしていたからである。

 これだけの事があったのに、未だに週刊誌にスクープされていないのが不思議であった。


 侑梨は、「そう思いますでしょ?」と言ったあと、「それで」と言葉を続けた。


「最初は何を見ますか?時間的にはお昼になんですが…」

「お昼時は皆んな来て混んでそうだから———いきなりアクセサリーでも見に行っちゃう?」

「 !! 美唯さんの案を採用します。是非、見に行きましょう」

「急に上から目線になってる(笑) だけど、そんな侑梨ちゃんも嫌いじゃないよ」


 美唯は笑顔で侑梨に抱きついた。その時に侑梨は、「きゃっ!」と可愛い声を漏らした。


「もう…美唯さんたら。いきなり抱きつくのはやめてください。他のお客さんの迷惑になりますよ」

「だって可愛いんだもん〜」


 水平のエスカレーターに乗り移ると、美唯は侑梨のほっぺをツンツンとしてきた。


「それを言ったら、み…美唯さんも可愛いですよ」

「もう侑梨ちゃん最高だよ。お胸もこんなに柔らかそうで…揉み心地よさそうだし」


 美唯は手をうねうね動かしながら、生唾をゴクリと飲み込んだ。

 侑梨は彼女の頭に手刀を喰らわすと、腕で胸を隠しながら身を引いた。


「何をしているのですか。美唯さんだって柔らかそうな胸をしているではないですか」

「うふふ…侑梨ちゃんにそう言ってもらえると、なんだか照れるな」


 美唯は口角を上げながら頭を掻いた。


「私…私だって、恥ずかしかったんですよ」

「ごめんね!あとお泊まり会もいつかしようね!」

「………えっ?!お…お泊まり会?!」

「とりあえず、その話はお昼食べている時ね〜 ほら、アクセサリー屋さん見えたよ!」


 美唯に手を引かれて侑梨も小走り気味になった。


 それと侑梨の頭の中には"お泊まり会"という言葉がずっとループしていた。

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