第18話 彼女はとても凄いらしい

 新生レグルスのライブ…つまり上条寧々と蒼井紗香の2人による、新体制になってからの初ライブだ。その新体制になってからのライブに俺と侑梨を招待してくれるらしい。


「上条さん。侑梨は簡単に招待することは出来ると思うのですが、俺は難しいと思うのですが?」


 侑梨の場合は元レグルスのメンバーなので、マネージャーや社長に頼めばすぐに手配してくれるはずだ。だが、俺は違う。俺はレグルスの元ファンであり、侑梨をグループから卒業させた張本人だ。

 

 そんな簡単に事務所は俺にチケット(関係者席)を用意するはずがない。


「なるほど…直矢くんは心配なのね。自分はファンだし、侑梨ちゃんをグループから卒業させたもんね。それで———」

「———ちょっと、待って。上条さん、何で俺が考えていてことをほとんど分かるの?!


 上条さんが口にした台詞は、俺が内心思っていたことだ。どうやって俺の心を読み取ったんだ…?


「それそれ。直矢くんはね、少しだけ顔に出ることがあるから気をつけた方がいいよ」

「えっ…俺ってそんなに顔に出ているの?!」


 俺は椅子から立ち上がり驚いていると、横にいた侑梨は微笑し口を開いた。


「確かに直矢くんは少々顔に出ることはありますね」

「マジか…侑梨も気づいていたなら、言ってほしかったよ…」

「言いませんよ!私は直矢くんのその顔も好きなので、私に不都合が生じることは伝えません!」


 侑梨は真面目な顔をしながら語った。

 俺は彼女の台詞を聞き流しながら椅子に座り直し、上条さんに視線を向けた。


「話を戻すけど、俺を招待することは難しいよね?」

「難しくはない。侑梨の一言があれば、社長やマネージャーはチケットをくれるだろう」


 ずっと呆然としていた蒼井さんが、突然口を開いた。俺はすぐに彼女の言葉を聞き返した。


「どうゆうこと…ですか?」

「侑梨は社長やマネージャーと凄く仲良かったからな。侑梨の口利きがあればチケットなど簡単に手に入るさ」

「確かに。侑梨ちゃんが言えば、直矢くんのチケットは簡単かも」


 侑梨のコミュ力凄いな。マネージャーと仲良いのは分かるが、社長とまで仲良いとは…しかも交渉できるほどにだ。

 

「侑梨って凄いんだな」

「そんな凄くないですよ〜 でも、直矢くんのためなら頑張りますけど〜」


 侑梨は左手を頬に添えながら、右手でひらひらさせながらニヤけていた。


「話はまとまったみたいだね!一応、私たちからも頼んでみるけど、それでもダメなら侑梨ちゃんを召喚する形にするから!」

「よろしくお願いします。新生レグルスの初ライブはこの目で見たいので!!」

「ふっふふ。それじゃあ、直矢くんにもう一度レグルスを好きになってもらえるように頑張らないとね!紗香ちゃんもね!」

「気に入らないが、侑梨のためなら仕方がない」


 上条さんと蒼井さんが2人で話を続けていると、横にいた侑梨からお腹を突かれた。

 俺は彼女の方を向くと、頬を膨らませて呟いた。


「浮気もの…」


 この言葉の意味は先程の、『新生レグルスのライブはこの目で見たいので』が原因だろう。


 侑梨にとって新生レグルスは自分のいないグループになる。それを好きな人に見たいと言われたら、確かに浮気と思うよな。オタク用語で言ったら、推し変されたことになる。


「大丈夫だよ。俺はずっと侑梨の側にいるから。(だって、侑梨を怒らせたら怖そうだし)」

「約束ですよ。私のことを絶対に裏切らないでくださいよ!!」

「裏切らないよ。侑梨を裏切るようなことはしないさ」


 侑梨の手を握り真っ直ぐ見つめて、彼女に嘘をついていないことを証明した。

 

 すると、目の前にいた上条さんは俺たちの雰囲気に気づいたのか、ニヤニヤしながら口を開いた。


「君達は少し目を離している間に、甘々な雰囲気になることが多いね。最高だからいいけど」

「偶々ですよ。上条さんがそう思っているだけで、普段はこんな雰囲気にはなってません!!」

「侑梨ちゃん。普段から甘々な雰囲気なの?」

「もちろんです!私から甘えているので、毎日甘々な生活ですよ!」

「なにそれ〜!!私もここに住みたいよ!!」

「ダメです!ここは私と直矢くんの愛の巣です。他の人が住むことは許されません!」


 侑梨さん。一応、この家の名義は俺の父親だからね?俺と侑梨の愛の巣にはならないからね。


「寧々がここに出入りしていたら、週刊誌のいいネタにされるぞ。そこは自重しろ」


 上条さんの軽率な発言に、蒼井さんが腕を組みながら言ってきた。

 上条さんは口を尖らせながら、「紗香ちゃんの言う通りにしますよ〜」と適当に返答した。


 普段見れない2人に俺は動画を撮ってオタク仲間に共有したい気持ちになったが、色々な事情を鑑みて自分も自重した。


「もう18時になるのか。時間が経つのはあっという間だな」


 時計を見ると時刻は17時50分。外も夕焼け色に染まっていた。


「それじゃあ、私たちはそろそろ事務所に戻りますか」

「寧々ちゃん帰っちゃうの?夕飯も一緒に食べようと思っていたのに」


 上条さんは手を合わせて、侑梨に返答する。


「ごめんね。この後、事務所で色々と打ち合わせがあって…ね。チケットのことは聞いておくからさ!」

「仕方がありませんね。寧々ちゃん、紗香ちゃん頑張ってね!」

「侑梨ちゃーん!ありがとう!!」

「侑梨。ありがとうな」


 そして2人は侑梨とハグをして、事務所へと帰っていった。


XXX


side 芹澤侑梨


 その日の夜。侑梨は直矢と共にリビングで紅茶を飲みながら談話していた。


「今日はお疲れ様です。寧々ちゃんと紗香ちゃんのオフ姿はどうでしたか?」

「そうだな…上条さんは想像通りって感じだったけど、蒼井さんはびっくりした。蒼井ファンに伝えたら、ギャップ萌えって言うかもね」

「うふふ。確かに紗香ちゃんはギャップ萌えになりますね」


 侑梨は微笑したあと、紅茶を一口啜った。

 すると、机に置いてある侑梨のスマホがなった。


「あらら」

「どうしたんだ?」

「どうやら私が召喚されることになるようです」


 寧々と紗香は社長とマネージャーから良い返事がもらえず、メールで自分に泣きついてきた。

 だけど予想通りではあったので、侑梨は一言、「後日行きます」と返信した。


「そうか。あの2人でもダメだったんだね」

「大丈夫ですよ!私がちゃんと直矢くんのチケットを取ってきますから!」

「侑梨…いや侑梨さん、よろしくお願いします」


 侑梨は紅茶を一口啜ってから、直矢に返事をして微笑した。

 

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