第11話 推しアイドルとのお出掛け
侑梨と同棲をして初めての休日。俺と侑梨はリビングで朝食を食べていた。本日のメニューはトーストと目玉焼きとウィンナーだ。
「侑梨どうしたんだ?」
侑梨は朝食を食べてはいるが、自分のお皿と俺のお皿を交互に見ては、「う〜ん」と考えていた。どうしたんだろう? いつもの侑梨なら無理矢理食べさせてこようとするのに、今日はおとなしかった。
「直矢くん、私は気づいてしまいました」
「気付いたって何に?」
「これです!!」
侑梨がそう言って指を差したのはお皿だ。
「お皿が何かあるのか?」
「まだ気づきませんか?私と直矢くんは未だにお揃いにしていません!!」
「別にお揃いにする必要はないんじゃね?」
「ダメです!ということで、今日は一緒にお皿を見に行きましょう!」
「また別の日にしない?今日は…ほら、ゲームでもしてさ!」
お揃いのお皿は少しは魅力的だと思うが、買いに行くのが面倒臭い。流石に俺の誘いなら侑梨も断らないだろうと思っていたのだが、予想に反したことを言ってきた。
「それはダメなのです!だから朝食を食べたらお出掛けしますので、準備してください!」
「そんな急なことを言われても、俺に予定があったらどうするんだ?」
「大丈夫です!直矢くんのスケジュールは完璧に把握していますから!」
侑梨さん怖い… 俺のスケジュールを把握しているってどこで知るんだよ… 俺は手帳とか使わない人だし、スマホにも予定を書かない。一体どこで?
「うふふ…それは企業秘密ですよ!」
どうやら顔に書いてあったらしく、侑梨は人差し指を口に当てながら微笑してきた。仕方がないか… 俺は嘆息し口を開く。
「分かったよ… 侑梨の望み通りお皿を買いに行こう」
「では準備があるので、さっさと朝食を食べちゃいましょう!」
「そうだな」
俺たちは残り少しとなっていたトーストをさっさと食べ終えて、出掛ける準備を始めた。
XXX
家を出てから電車を乗り継いで40分。俺と侑梨はショピングモールへとやって来た。ここは3階にフードコートやゲームセンターフロア、2階に暮らしの生活フロア、1階が食品フロアとなっている。
ちなみに、俺の服装はパーカーにジーパンと平凡そうな格好をしている。一方、侑梨は帽子と眼鏡を付けて、デニムジャケットの下にグレーのパーカーを着て、スキニーパンツを合わせていた。
「さてと、最初は何を見る?」
「そうですねぇ…お皿を先に買ってしまうと、割ってしまう可能性があるので遊んじゃいますか!」
「いいね!それじゃあ、3階に行こう」
「はい!」
エスカレーターで3階に上がり、ゲームセンターがある場所まで少し歩いた。目の前にはキッズエリアがあり、その横にクレーンゲームや音ゲー、プリクラなどあった。
ここに来るのも久しぶりだな… 昔はゲームセンターとか大好きでよく訪れていたが、アイドルにハマってからはそちらにお金を使うので疎遠になっていた。そして推しと一緒に来ているのも不思議な感覚だ。
「直矢くん、後程でいいのですが…一緒にプリクラを撮ってほしいです…」
侑梨は俯きながら人差し指をツンツンしていた。
これまでの行動を考えると、強引に連れて行くと思ったのだが… まぁ、これくらいならいっか。
「それくらいなら別にいいぞ?」
「ほんとですか!!てっきり、推しと撮るならお金を払わないと… と言うのかと思ってました」
あっ… 確かに推しと写真を撮るにはまずCDを買わないといけない。そして撮影会に行けたとしても、これまた抽選があり外れたら写真が撮れないという理不尽なシステムがあった。
だが、いまはそんなの関係なくたったの数百円で推しと写真が撮れる。よくよく考えたら、俺って得してるな。
「あぁ、だからプリクラ代もお皿代も全て俺が買うぞ?推しの頼みだからな」
「それは…何というか…申し訳ないので、お皿代は私が出します」
「侑梨がそう言うなら、俺はそれでいいけど」
「ありがとうございます!それではUFOキャッチャーをやってから、プリクラをしましょう!」
そう言って、侑梨は俺の手を引っ張ってうさぎのぬいぐるみがある場所へと向かった。突然の事に俺はびっくりしたが、侑梨の手は柔らかくて顔が段々と緩んでいった。そして無料の握手会だと思った。
「このぬいぐるみとっても可愛いですね!」
「可愛いけど…いかにもアームが緩そうなんだよな」
「聞いたことがあります。簡単に取らせないために、いくらか払わないとアームが緩いままだと」
「そーゆうのはどこで聞くんだ?」
侑梨は時々、マニアックそうなことを言うがどこから仕入れているのか気になった。
「雑誌やSNSなどですね。アイドルだって調べているんですからね!偶に、誹謗中傷などが目に入ることはありますけどね…」
侑梨は苦笑いしながら平然そうに言っているが、内心はきっと辛かったはずだ。俺だって、その投稿を何度か見たことあるが酷かった。
俺は侑梨に視線を向けて頷き、侑梨の頭を撫でた。
「な…直矢くん。突然どうしたのですか…」
「推しが悲しそうな顔をしていたから何かしてあげたいと思い…嫌だったか…?」
「いえ!!とっても嬉しいです!!家に帰ってから、もっとしてほしいくらいです!!」
「それは考えておく…よ」
侑梨の満面の笑みに、俺は頭をガシガシ掻き、視線をずらしながら言った。恥ずかしかったから。
「楽しみにしていますね。それでは、ぬいぐるみを取りましょう」
「出来るだけ頑張りたいと思います」
それから俺はワンコインを入れて6回挑戦したが取れなかった。そのあと侑梨が挑戦するので俺がもう一度ワンコインを入れてあげると、侑梨は最後の最後にぬいぐるみを取ることに成功した。
「やりました!これも全て直矢くんのお陰ですね!」
「俺は何もしていないぞ。ただ推しにお金を貢いだだけだ」
「ずっと思っていましたが、その推しというのはやめてください。今は彼女なので、彼女のためにと言ってください!あと、貢ぐとかの言葉も禁止です!」
「わ…分かりました」
俺は渋々、侑梨の話に頷いた。まだ彼女とは認めていないが———他人から見ればカップルなのかもしれない———推しという言葉は今日で卒業するようだ。
「ではプリクラに行きましょう」
侑梨は踵を返して、プリクラコーナーへと向かって行った。俺はその背中を追いかけた。
プリクラコーナーに着いた瞬間から俺はとても居心地が悪かった。それは入る時に女性のみや男女のみと看板に書いてあったり、コーナーにはほぼ女性しかいなかったからである。
俺は肩を竦めながら歩いていると、侑梨が俺の袖を引っ張ってきた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫です。私と一緒にいれば、直矢くんは不審者ではありませんから!」
「それはありがたいね」
「それと、これが撮りたいプリクラ機なので中に入りますね」
「えっ、ちょっと?!」
突然一台の機械の前に止まると、俺の腕を強く引っ張って中へと入った。
俺が呆然としている中、侑梨は慣れた手つきで次々に操作をしていく。そして設定を終えたのか、俺の方に視線を向けて口を開いた。
「直矢くん、あと10秒で撮影が始まります。急いでポーズしてください!」
「ポーズって言っても、何をすれば…」
と困惑していると、機械から指示が出された。
『最初は猫のポーズをしましょう』
まさかの猫のポーズ。これはなかなか恥ずかしいのだが、横にいた侑梨は、「一緒にやろ!」と言ったので照れながら招き猫ポーズをした。
そのあとも指示されたポーズをしていき、撮影は最後になっていた。
『最後は好きなポーズをしましょう』
好きなポーズか… 俺はシンプルにピースでいいかな。侑梨はどうするんだろう?
「侑梨は最後はどうするんだ?」
「秘密です。その時を楽しみにしていてください」
どうゆうことだろう… よく分からないが、カウントダウンが始まっていたので、俺は考えるのをやめた。
そしてシャッターが切られた瞬間、俺の頬に柔らかい感触が感じた。すぐに振り向くと、侑梨がキスをしてきていた。
「えっ… どうゆうこと」
頭が回らずにただ呆然と、俺は悪戯顔をした侑梨を見つめていた。
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