第9話 推しアイドルとビデオ通話をする

 昼休みになり、俺たちはビデオ通話出来る場所を探していた。教室では落ち着いて出来ないと判断をしたからである。


「それで候補先は決めているのか?」

「一応ね。先客がいたり、開いてなかったら裏庭になるかも」

「直矢くんが行こうとしている場所はどこなの?」

「空き教室か屋上だな」


 空き教室なら室内なので雑音などなく快適に電話出来るだろ。屋上に関しては外に出れるか分からない。最終的に手前にある踊り場でもいいと考えてはいる。


「それなら屋上に行こうよ!外に出れるか分からないけど、私行ってみたいんだよね」

「と言っているが、和樹はどうだ?」

「俺はもちろん美唯の意見に賛成だ!」

「それじゃあ、屋上に向かいますか」


 俺たちは屋上へと続く階段へ向かった。


「やっぱり屋上は鍵が閉まっていたね」


  大浪さんの言う通り、屋上は鍵が閉まっていて外へ出ることは出来なかった。まぁ、予想通りだな。


「ダメ元で来ていたから、そんな落ち込むなよ美唯。———んで、どうする?」

「時間的に移動するのは勿体ないから、この踊り場でお昼を食べながらやろうか」


 昼休みが始まってすでに10分は経っていた。先程から俺のポケットでスマホが震えている。きっと、侑梨からの催促のメールだろう。


「俺はお昼食べれるなら、どこでもいいぞ」

「私も大丈夫だよ」


 二人の了承を得たので、俺たちは扉側を背もたれにしてしゃがんだ。これはビデオ通話する時に、日差しが当たらないようにするためだ。


 俺は買ってきたパンの袋を開けてから、通話をする準備をして二人に視線を向けた。


「それじゃあ、電話掛けるけど準備はいい?」

「大丈夫だよ!」

「俺もだ。それよりも早く掛けてあげろ」

「分かった」


 俺は早速、侑梨のトーク画面を開き右上にある電話マークを押した。それからビデオ通話ボタンを選び、侑梨に掛け始めた。


『直矢くん遅いですよ!!私、朝からずっと楽しみに待っていたのに何していたのですか!!』


 侑梨に繋がると、開幕早々に怒られた。


「通話出来る場所を探していたら、時間だけが経ってしまってな」

『下調べを行わなかった直矢くんが悪いですね。私は決めてからすぐに場所を探しましたから』

「ちなみにだが、侑梨はどこから電話を掛けているんだ?俺たちは踊り場だけど」

『私はあまり人に見られない場所です。一応、気をつけないといけないので』

「そうか」


 侑梨がいる学校はアイドル時代から通っているので、侑梨がアイドルだったことを知っている人が多いはず。そのために俺と通話するのも気をつけないといけないと言うわけか…

 アイドルを卒業したんだから、その人の自由にさせたらいいのに。芸能人って大変だな。


 すると、横からお腹を突かれた。突かれた方を向くと、大浪さんが頬を膨らませていた。


「ねぇ、私も侑梨ちゃんとお話したいんだけど」

「そうだな」


 俺は頷き、スマホを持っていた手を伸ばして二人も画面に入るように調節した。


「侑梨ちゃんこんにちは!聞いたんだけど、直矢くんにアタックしまくりなようですね〜」

『こんにちは、ど…美唯さん。えぇ、私は直矢くんのことが大好きなので、私の良さをもっと知ってもらうために頑張っております』

「甘々でいいね〜!侑梨ちゃん頑張ってね!」

『ありがとうございます。それと直矢くんと近いので、少し離れてください』

「あはは…侑梨ちゃんは厳しいね」


 大浪さんは画面に入れるようにしながら、少しだけ距離をとった。それよりも大浪さんのことを泥棒猫と、また言いそうになってましたよね?定着する前に直させないとな。


「おい、俺も侑梨ちゃんと話したいのだけど」

「はいはい…分かったよ」


 楽しそうに話をしている美唯を見てか、和樹が不満そうな顔をして言ってきた。俺はため息をついてから、和樹の方に画面を向けた。


「芹澤さんこんにちは!この前会ったけど覚えているかな?」

『えぇ、和樹さんですよね。直矢くんの友達は覚えていますよ』

「うぉぉぉ!!!!!芹澤侑梨に名前覚えられていた!!凄い嬉しいぞ!!」


 和樹は胸の前でガッツポーズをして叫び出した。だだ… 真横で叫ぶな。耳がキーンとするだろ。俺はジト目で和樹を見ると、和樹は顔を引き攣らせながら片手を曲げて謝ってきた。


「こんな人達はほっといて、侑梨ちゃんはお昼何食べているの?」

『今日は食材が無かったので、私もコンビニで買いました』


 大浪さん…?!俺を和樹と一緒にしないでほしいのだが。そもそも和樹が勝手に盛り上がっているだけで、俺はドン引きしていただけだぞ。そう思いながら大浪さんの方に視線を向けたが、侑梨との会話に夢中のようだ。


「そーいえば、直矢くんもコンビニで買ったパンだったもんね。———てことは、侑梨ちゃんの手作りお弁当が食べれるってこと!?」

『そうなりますね。私、直矢くんの為に頑張って美味しいお弁当作ります♪』

「……えっ?!別に俺の弁当は作らなくていいよ。コンビニで売っているおにぎりやパンで十分だし」

『そんな…私は直矢くんにお弁当を作りたいのに…』


 侑梨は涙目になり、段々と声が小さくなった。


「直矢くん。侑梨ちゃんのお弁当を断るなんて可哀想だよ!私が侑梨ちゃんのお弁当食べたいもん!」

「それを言うなら、俺は美唯の手作りお弁当が食べたいのだが。美優、俺のために料理したことないよな?」

「うっ…それは、今関係ないでしょ!!」


 大浪さんは頬を染めると、腕を組んでそっぽを向いた。どうやら料理が苦手なようだ。

 二人のことより、今は目の前のことが重要だよな。侑梨がさっきから、「食べてほしい」と目をうるうるさせながら見つめてきていた。


「侑梨って料理得意なのか?お母さんの料理は確かに美味しかったけど、まだ侑梨の料理は食べたことない。未知数なんだよ」

『得意ですよ!なんなら、今日の夜は私の料理を振る舞いましょう!』

「そ…それは楽しみだが、冷蔵庫には何も入ってないぞ?」


 昨日は侑梨の母親が持ってきた料理を食べたので買い物をしなかったが、実際冷蔵庫にはほぼ何もない。一人暮らしの時は最低限の食材しか買っていないからだ。


『それなら大丈夫です!私、学校帰りにスーパーに寄って買ってきますので!』

「そうか…とりあえず、俺なんかの為に無駄遣いはあまりするなよ」

『はい!大丈夫ですよ!』


 侑梨は満面の笑みをしてサムズアップしたが、あの顔は何も分かっていない顔だ。そう思うのは、以前テレビ番組で色々と暴走していた時にあの顔をしていたから。


 ……不安になるな。


 俺が嘆息をすると、大浪さんが口を開いた。


「侑梨ちゃんの手料理が早速食べれるだと?!」

「いやいや、なんで大浪さんは来る前提で話しているの?」

「ダメなの…?」


 大浪さんは子犬の様な視線を俺に向けてきた。

 すると、侑梨が咳払いをした。


『直矢くんを誘惑したので今日はダメです。機会があれば作ってあげます』

「そんな…誘惑していないのに… その機会っていつになるの?ねぇ、侑梨ちゃん〜」


 あれは誘惑にはならないな。誘惑というのは、侑梨みたいに下着姿で迫ってくることを言うんだぞ。まぁ…本人にそれを伝えても首を傾げながら、「なにそれ?」って言いそうだな。


 おっと、話が進んでいるようだ。


『私の機嫌が直った時でしょうね』

「その機嫌はいつ直るの?明日?明日かな?」

『……分かりません』

「侑梨ちゃん〜」


 なかなか見てられなくなってきたな。ここで和樹を投入するか。俺は和樹に視線を送った。


 俺の視線に気づいた和樹はサムズアップすると、美唯の方に移動して話し掛けた。


「美唯、今日のところは諦めろ。このままだと、さらに芹澤さんに嫌われてしまうぞ?」

「それは嫌だ。一日で嫌われたくない!」


 大浪さんは首を振った。和樹も、「そうだろ」と相槌を打ちながら説得を続けている。


 その間、俺は侑梨と会話をすることにした。


「それでどんな料理を作ってくれるんだ?」

『それは出来てからのお楽しみです!なので、7時近く帰ってきてほしいのです…』

「帰ったら美味しい料理が出来ているということか…」


 まるで———


「新婚夫婦のようだね〜」


 そう新婚夫婦のよう… って、俺はすぐに声をする方を向いた。そこには説得を終えてちょっと疲れている和樹と俺たちの会話を聞いていたのかニヤニヤしている大浪さんだった。


 さっきまで二人とも話に夢中だったのに…いつの間にか俺たちの方を見ていたとか油断してたわ…


『美唯さん、いい事を言っても今回は見逃しとかはないので。ですが、後日招待してもいいですよ』

「ほんとに?!やったー!!侑梨ちゃんの料理が今から楽しみだー!!」

『和樹さんもどうぞ来てください。女子二人より、同じ数の方が直矢くんが安心すると思いますし』

「おう!お誘いありがとな!」


 あの…君たちが話しているご招待する家は、元々は俺の家なんですけど?家主は俺なんだよ。侑梨とは同棲になっているけど、権利は俺が持っているんだよ!!別に二人が来るのは嬉しいからいいんだけどさ。そして侑梨さんチョロいすぎる。


 そう思っていると、ちょうど昼休みを終えるチャイムが鳴った。


「おっと、次は移動教室だったな。急がないと、あの先生は厳しいからな」

「だね!それじゃあ、侑梨ちゃん招待を待ってるね」

『分かりました』


 素早く広げていたお弁当を片付けて、二人は急いで教室へと戻っていった。


「俺もそろそろ行くわ。あと侑梨の言う通り、7時に帰るようにするから」

『お願いしますね!腕を振るって準備をしときますから!』

「楽しみにしている!」


 俺は画面越しで侑梨に手を振り、通話終了ボタンを押した。そしてゴミをまとめて、急いで教室へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る