第6話 推しアイドルは自分のグッズを並べる
リビングへと着くと、机の上には俺が片付けたはずの封印の箱が置いてあった。あの中には侑梨がアイドルだった時のグッズが入っており、彼女が卒業と共に推しグッズ封印を行ったのだが。
……あっ、移動させるの忘れてた。
空き部屋が侑梨の部屋になるのに、今朝慌てていた俺は箱のことをすっかり忘れていた。そして箱がここにあるということは、彼女にはバレているということだ。
恐る恐る侑梨の方を向くと、彼女はニコニコしながら俺を見ていた。そして、パンっと手を叩くと彼女は口を開いた。
「そうそう、夕飯の前にこの箱について話そうと思っていたのです」
「箱ね…この箱はどうしたの?」
「あら、とぼけるつもりですか?これは直矢くんが大事に大事にしてくれていた、私のグッズですよ」
一応、バレていないという一縷の望みに賭けてとぼけてみたが… ダメだった。
「侑梨の言う通り、その中には侑梨のグッズが入っています」
「知ってますよ。一度中身を開けて見ましたから!私のことが好きなんだと、愛を感じました」
「愛って…」
アイドルオタクなら、推しのグッズを沢山買うのは当然だと思うんだが。そして中身を見られていたことに、俺は恥ずかしくなり顔が熱くなっていた。
「そんなことより、なんで私のグッズを箱に詰めているのですか?あれですよね。アイドル業界で噂されている、推しグッズ封印ってやつですよね?」
その言葉を聞き、俺は熱かった顔が一気に冷めた。まさかアイドル本人に、オタク界隈で流行っている言葉を知られていたことに。
「確かに…推しグッズ封印です」
「私のことが大好きだった直矢くんは一体どこに行ってしまったのでしょうか…」
侑梨は両手を頬に当てながら体を左右に揺らしていた。
「アイドルの芹澤侑梨が恋愛すると言ってグループを卒業した時に心が離れた」
「では私が直矢くんの前に戻って来たので、直矢くんの心は戻って来ましたね!」
「そんな簡単に戻ってはこないよ。そもそも、アイドルの時と今じゃ全然違うよね」
「私は何一つ変わっていませんけど?」
「いや、変わった。何かストッパーが外れたようにして、侑梨は変わった」
「あらあら…ですが、意地っ張りな直矢くんも大好きですよ!」
うん… 侑梨の笑顔は素敵だよ。だけどね、話しながら箱の中身を出さないでほしいんだけど。これから夕飯を食べるんだよ。机の上が汚れるよ。
とりあえず、グッズを出している理由を侑梨に聞いてみた。
「その…なんでグッズを外に出しているのかな?」
「こんな狭くて暗い所に閉じ込めているのは可哀想なので、部屋中に飾ろうかと思いまして」
「それはお客さんが来た時に恥ずかしいからやめようか」
「もう…直矢くんは恥ずかしがり屋さんですね!」
そう言いながら、侑梨はテレビの台や机の端など、様々な場所に手際よく置いていく。
「あの…せめて俺の部屋の中だけでお願いします」
「ダメですよ!私のグッズをこんな場所にしまった罰です!異論反論は認めません!」
侑梨はグッズを置く手を止めて俺の方を向き、頬を膨らませて手でバツをしてきた。
「そんな…これじゃあ誰も家に呼べないじゃん」
「私がいるので、人を呼ぶことはそもそも不可能ですね。ですが、例外はいます」
「例外?」
例外ということは、侑梨が認めた人物になる。
彼女が認めるほどの人物とは… 俺はゴクリと唾を飲み込み、言葉の続きを待った。
「直矢くんの友達の和樹さんという方と泥…美唯さんです!」
今、確実に大浪さんのことを泥棒猫と言おうとしたよな。一瞬名前を忘れていたな。
と、ジト目を侑梨に向けていると、彼女は「それと」と言葉を続けた。
「私の仲間であった寧々と紗香です!」
「それは…つまり二人がこの家に遊びに来ると言うことですか…?」
「はい!私の引っ越し祝いに、後日来ることになっています!今からとても楽しみです。早く直矢くんを紹介したいです!」
「あはは…」
俺は苦笑したが、内心ガッツポーズをしていた。
だって、現役のアイドルが家にやってくるんだよ。アイドルオタクなら一度は憧れるシチュエーションになるんだよ!しかも、俺のことを紹介してくれるらしい。今すぐに万歳でもして喜びたいが、侑梨が目の前にいるので自重した。
二人(寧々・紗香)のファンにバレたらきっと殺されるな。
「直矢くん、浮気はダメですよ!」
「はい…侑梨のことを裏切りません」
侑梨は何かを感じ取ったのか俺の名前を呼び、満面の笑みをして忠告をしてきた。
俺は侑梨の目を見て誓ったが、この部屋を見る限り二人はドン引きして俺に近寄ってこないだろうと思った。
「では話はこれで終わりにして、夕飯を食べましょうか♪筋トレの時間がなくなってしまいまし。ということで、準備をするので直矢くんは座って待っててください!」
そう言うと、侑梨はグッズが入っていた段ボールを綺麗にたたみ、キッチンへと向かった。
俺は侑梨の背中を見たあと椅子に座り、彼女が料理を持ってくるのを待った。
そして机の上にある侑梨のアクリルスタンドに監視されているように感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます