第5話 推しアイドルは押してくる
side 芹澤侑梨
「さて、直矢くんが帰ってくる前に準備をしちゃいましょう!」
侑梨は一足早くファーストフード店を出て家へと帰ってきていた。家と言っても彼女の家ではなく、直矢の家である。
侑梨が先に帰ってきたのには理由がある。それは愛する直矢を玄関でお出迎えしたかったからだ。
なので、直矢には一時間後にインターホンを押して帰ってくるように伝えた。その間、彼はお店で和樹たちと話をして時間を潰している。
「おぉ!部屋も完璧に出来てますね!」
侑梨は着替える為に部屋に行くと、何もなかった部屋にベッドや机、衣装ケースなど引っ越しが終わっていた。そして机の上には母親からの手紙があり、侑梨は手に取り開いた。
『侑梨、貴方の荷物は一部だけど必要な物を運びましたよ。それと直矢くんの心をちゃんと撃ち抜きなさいよ!元アイドルなんだから簡単でしょ?』
手紙は引っ越しについてと、この家の主である直矢を魅了させなさいという内容だった。
「もちろんです!大好きな直矢くんの心を掴むことなんて、私にかかれば簡単です!」
大浪さんの提案で"お試し期間"を設けられた今、侑梨が遠慮することなく積極的に直矢にアタックできる。
「それじゃあ、例の衣装に着替えてお出迎えの準備をしましょう♪」
侑梨は手紙の横に置いてある
着替えを終えた侑梨は台所へ行き、晩御飯の準備に取り掛かろうと冷蔵庫を開けた。
「うぅ… お母さんが準備してくれている…」
中には二人分のおかずが入っており、ここにもメッセージがあった。
『直矢くんの胃袋を掴んじゃえ!』
ノリノリの文章が書いてあり、侑梨はため息をついた。本来なら自分で作って、自分の料理で直矢の胃袋を掴みたいのだが、これでは母親に胃袋を掴まれそうだと思ってしまった。
「仕方がありません、今回はお母さんの好意に甘えましょう。別に直矢くんの心を撃ち抜くことは料理以外でもありますし」
気を取り直して侑梨はリビングにあるソファーに座り、直矢が帰ってきた時のイメージを頭の中で思い描いた。
———ピンポーン
そして一時間が経ち、直矢が帰ってきた。
侑梨は元気よく、「はーい」と返事をして玄関まで走っていった。
XXX
side 斑鳩直矢
『はーい、今開けますね!部屋のドアは開けてますので、そのまま入ってきてください♪』
「分かった」
マンションの共同玄関のインターホンを鳴らすと、侑梨が元気よく返事をしてきた。俺は軽く返事をして、エレベーターがある場所まで歩いた。
一人暮らしを始めて一年、俺はマンションのインターホンを鳴らすのは初めてだった。今までは鍵を使い開けていたので、誰かに開けてもらうことに不思議な感覚になっていた。
エレベーターで5階まで上がり、家の前まで着いた俺は玄関先で深呼吸をした。自分の家のはずなのに緊張していたからである。
……よし、開けるぞ!
意を決して、俺は玄関のドアを開けた。
「お帰りなさい、直矢くん♪ご飯にする?お風呂にする?それともわ・た・し?」
俺は真顔で玄関のドアを一旦閉めて、もう一度開ける。
「直矢くん♪私のことが好きすぎて恥ずかしくなったのかな?そんな恥ずかしがらずに私に飛び込んで来ていいんだよ!直矢くんが好きだって言ってくれた、アイドル時代の衣装も着ているんだから!」
どうやら幻聴ではないらしい。そして侑梨が着ている服はレグルスの2ndシングルの時に着ていた衣装だ。(可愛すぎる) そして俺が握手会の時に、彼女に好きだと伝えた衣装。
まさかあの時の話を覚えているとは… 侑梨が来て半日しか経っていないのに、驚くことばかりだな。
「ただいま侑梨。とりあえず、お風呂はまだ入らないし、侑梨を選ぶこともない。ご飯は着替えてから食べるよ」
「うふふ… なんだか、新婚さんになった気分になりますね!」
侑梨に言われて、俺はハッとした。
確かに今のは新婚がやる会話になる。いつの間にか、彼女のノリに合わせてしまっていた。
「な、何を言っているんだよ。俺は着替えてくるから、リビングで待ってて」
「直矢くんがそう言うならリビングで待ってますね。抱きついてほしかったのに…」
「抱きつくことはしません!」
俺は侑梨をくるっと回転させて、リビングまで背中を押した。その時、彼女の髪からいい匂いしたのは口に出して言えない。
部屋に着いた俺はブレザーとズボンを先に脱ぎ、ハンガーに掛けてシワが付かないようにした。そして私服のズボンを履き、ワイシャツを脱ごうとした時に部屋のドアが開いた。
「直矢くん!夕飯なのですが、私のお母さんが作ってくれたらしいので楽しみにしてください!お母さんの料理はすっごく美味しいので!———カッコいい体をしてますね…!」
侑梨は開けてから一人で黙々と話すと、俺が上半身裸なのに気付き手で目を隠した。のだが、手の隙間からチラチラみながら、恥ずかしそうにしながらボソッと呟いた。
俺は細すぎず太すぎずと中途半端な体なのだが、一人暮らしを始めてから重い物を持つようになり少しだけ筋肉が付いている。なので、侑梨の一言は少しだけ嬉しかった。
一生女の子に見られることはないと思っていたが、侑梨と同棲するなら体を鍛えようと思った。
「あ、ありがとう。でも弱々しい体だから、もう少し鍛えないとダメだね」
「それでは、私と一緒に筋トレしますか?アイドル時代にやっていたことですが、直矢くんにも効果あると思いますよ?」
侑梨がやっていた筋トレは本格的なものだろう。アイドルは体力が必要になる。その為、毎日歌とダンスレッスンや筋トレは欠かせないと聞く。
きっと、俺がやると過酷なものになるに違いない。
……だけど、やってみたい!!
不安よりも好奇心が勝ち、俺は侑梨に「やりたい」と伝えた。
それを聞き、侑梨は微笑しながら口を開いた。
「分かりました!夕飯を食べ終えましたら、一緒に筋トレをしましょう!直矢くんの体に触れられるの今から楽しみです♪」
どうやら俺の筋トレは色んな意味で過酷になりそうだ。
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