嫌な確信と疑問

 その日、実はユエを連れて外に出ていた。



 今日はこの時期にしては暖かく陽射しも穏やかで、散歩をするにはちょうどいい。

 ユエも、たまには外の空気を吸った方が気も晴れるだろう。



 そんな軽い気持ちでユエを連れ出したのだが、その試みは思いのほか成功したようだった。



 エーリリテのお下がりの暖かそうな服を着て、とことこと道を歩くユエ。

 その姿を後ろから見つめ、実はくすりと微笑んだ。



 どちらかというと都会に入るこの街には、特に珍しいものがあるというわけではないと思っていたのだが、ユエにとってはそうでもなかったようだ。



 小さいながらも、活気にあふれた市場。

 建ち連なる住宅。

 広場の噴水。

 憩いの場として設けられた緑地。



 そのどれもが、ユエの好奇心を揺さぶったらしい。

 どこで何を見ても、ユエは不思議そうな瞳でそれらに見入っていた。



「そんなに珍しいの?」



 訊くと、ユエは小さく頷いた。



 しかし、ユエはそれ以上の行為には移らずに、じっとこちらを見上げるだけで口を引き結んでしまう。



「どうしたの?」



 ユエの瞳に不安げな色が揺れたことに気付いた実は、そう訊ねる。



「………、………」



 ユエは首を振ってうつむいた。

 そんなユエの前にしゃがんで、実はユエと目線を合わせてやる。



「言いたくないの?」



 優しく問いかけると、ユエはまた頭を振る。



 おや。

 これは、どういう気持ちなのだろう。



 実は首を傾げて、無言でユエの反応を促すことに。



 すると、ユエは困ったように視線をさまよわせた。



 それでも根気強く返事を待っていると、ユエがおそるおそるといった様子で口を開いた。



「私……あまり、しゃべっちゃだめって……そう、言われてるから……」



 実は目をみはる。



 ユエの言葉数が異様に少なかったのには、そういう理由があったのか。

 どうりで、言いたいことを飲み込むような素振りをよく見せるわけだ。



 事情を把握した実は淡く微笑み、ユエの頭をくしゃりと掻き回した。



「いいんだよ、言いたいことを言って。」



 驚いたように目を丸くするユエに、実はなおも優しく語りかける。



「我慢しなくていいよ。別に、言いたいことを言うのは悪いことじゃないんだから。話したいことを、好きなだけ話して。」



 そう言うと、一瞬でユエの表情にささやかな感動が広がっていった。



 きっと、こんなことを言ってもらえたのは初めてなのだろう。

 ほんの少しだけ、その表情に笑みが宿ったように見えた。



 何度も言いあぐねながらも、ユエは薄く口を開く。



「あまり、外に出たことなかった……から。……楽しい。」



 控えめに発せられた言葉。

 その内容に内心で沈んだ気持ちになりながら、実は穏やかな笑みを繕う。



 数少ないユエの言葉を聞く度に、嫌な確信と疑問が脳裏をよぎっていく。



 ユエはあの森に捨てられたのだろうという確信。

 本当に、ユエを元いた場所に帰してもいいのかという疑問。



 だが、それをユエに訊ねるのもまた酷なことだと思う。

 だから自分には、こうやってユエに笑いかけてやることしかできなかった。


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