気持ち悪い矛盾
ユエがここに来てしばらく。
ようやく、ユエもここの環境に慣れてきた様子だった。
相変わらず自分以外の人とはあまり話せないようだが、それでも多少は肩の力を抜いて過ごしているように見えた。
しかし前回の一件以降、外に出るのは嫌がるようになってしまった。
無理
ユエに関して気になる部分は多々あるのだが、それよりも今は、片付けるべき問題が山積みだった。
「……はぁ。」
窓際に寄せた椅子に座って、実は意味もなく外の風景を眺めていた。
ユエはベッドに座り、朝からずっと本を読んでいる。
意外なことに、ユエは文字が読めた。
それだけではなく文字を書くこともできるし、ある程度の勉学も習得しているようだった。
言葉遣いや礼儀の所作にも、どこか上品な雰囲気を感じることが多々ある。
―――矛盾していると思う。
ユエの魂は血の契約に縛られている。
それなのにユエは、
仮にユエを隷属させるつもりなら、何故教育を施す必要があるのか。
逆に教育を施すならば、どうして血の契約を交わして彼女を縛る必要があったのか。
この矛盾が、どうしようもなく気持ち悪い。
ユエの周囲に渦巻いているものはひどく
「色々と、引っかかることもあるのにな……」
ユエには聞こえないよう、小さく呟く実。
ふとその時、眺めていた景色の中に何かが見えた。
それは空を駆け、まっすぐにこちらへ向かってくる。
実は無言で窓を開いた。
それに反応して、ユエが本から目を離す。
しばらくして、実が開け放した窓から白くて大きな狼が入ってきた。
その純白の毛並みと鋭い眼光に、ユエは瞠目してしまう。
ハエルは実の前に座ると、
「話は聞いてきたのですが、やはりユエさんのことも、それに関連するものも、誰も目にしていないということです。」
「そっか…。ありがとう。」
ハエルの報告に、実は微かに顔をしかめた。
ユエを連れてきた人間の姿を誰か見ていないかと思って、ハエルに調べてもらっていたのだ。
結果は、今しがた聞いたとおり。
森に住む守護獣たちは、何も見ていないらしい。
ちょっとでも手がかりが得られるのではないと少し期待していたのだが、現実はそう上手くいかないようだ。
情報が少なすぎて、早くも手詰まり状態。
この状況に、実は深く溜め息をつく。
「まあ、俺も調べられることを調べるか……」
こうなっては仕方ない。
ユエの出自に関することは一旦置いておいて、別の切り口から状況を打破することを考えよう。
きっと、その方がユエのためになる。
そうなると―――ここから先は、完全に自分の管轄だ。
実は左手を口元に持っていき、じっと考え込む。
「………」
一方、ユエは膝の上の本には見向きもせず、まっすぐにハエルを見つめていた。
その表情は怯えて硬直しているというよりは、初めて見るものに興味津々で見入っている風だった。
ユエはそっと本を脇に寄せて、ベッドを降りる。
ゆっくりとハエルに近付いて、ゆらゆらと揺れる尻尾に手を伸ばした。
―――バシッ
毛先が触れただけだったのだが、その瞬間
「ひゃっ…」
ユエは尻餅をつく。
突然のことに、ユエがきょとんとしていると……
「すみません! その……つい癖で…っ」
第三者の声が
そこに白い狼の姿はなく、さっきまでそこにいなかったはずの白髪の青年が、床に膝をついて焦った様子でこちらを見下ろしていた。
「ハエル……お前なぁ……」
事態を察した実が、半目でハエルを見やる。
それに、ハエルはさらに焦ったようだった。
「いや、これは守護獣の本能といいますか……本当にすみません!」
実に頭を下げるハエル。
「俺に謝られても…。ま、ユエが泣いてるわけでもないし、大丈夫じゃない? 念のために、ユエの前では人の姿でいておいてよ。」
言いながら、実は苦笑を呈する。
こんなに焦るハエルの姿も珍しい。
大人相手ならまだしも、さすがに子供に対してまで守護獣の性質を押しつけられないらしい。
「………?」
焦るハエルと笑う実を交互に見て、ユエはやはりきょとんとしていた。
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