まさかの事態

 少女の病状はよくなかった。



 薬はなんとか飲ませるものの、食欲がほとんどなく脱水症状も起こしていたため、もう一度医者を呼んで注射を打った。



 しかし、それでも少女が全快と言える状況になるまで、ゆうに一週間ほどは経過した。



 その間の実はというと、タリオンの屋敷で過ごすことにしていた。



 少女が心配だったこともあったが、自分以外の人間が部屋に入ると、何故か少女がひどく怯えてしまうのだ。



 事実、契約の力にうなされる少女を楽にできるのは自分だけなので、どちらにせよ少女の傍にいる必要はあった。



 それに加えて、あんな風に他人に極端に怯える少女を見ると、どうしようもなく自分と重なって、不安になってしまって……



 そんな苦い思いを噛み殺しながら、実はかいがいしく少女の看病に勤しんだ。



「よし、もう大丈夫だね。」



 いつものように薬を飲ませた後、実は少女の頭をなでて笑った。



「うん。」



 それに、少女は控えめに頷いた。



「ありがとう……実お兄ちゃん……」



 恥ずかしそうに視線をさまよわせながら、少女は小さな声でそう言った。

 すると、少女の言葉に実も実で少し頬を赤らめる。



「お兄ちゃんって……なんか、むずがゆいな。実でいいよ。この辺の子供たちにもそう呼ばれてるし。」



 少女はしばらく実をじっと見つめると、やがてこくりと頷いた。

 実がほっとして微笑むと、ちょうどよくドアがノックされる。



 途端に、少女が身を強張らせた。

 ぎゅっと腕に手を回してくる少女に、実は苦笑いしながら彼女の頭を軽く叩いてやる。



「大丈夫、悪い人じゃない。いいよ。」



 答えると、静かにドアが開く。

 そこから現れたエーリリテは、起き上がっている少女を見ると頬を緩めた。



「よかった。もう大丈夫みたいね。それにしても……」



 次に、エーリリテは大きく息をつく。



「相変わらず、べったりね。」



 その視線は、実の腕をがっちりと掴んでいる少女に注がれていた。



「ま、まあ……そのうち慣れるよ。」



 実は苦笑する。

 そして次に、ゆっくりと少女に視線を移した。



 ここまで動けるようになったのだ。

 話を聞いてもいい頃だろう。



「君、名前は?」

「……ユエ。」



 不安げに揺れる瞳でこちらを見上げる少女に微笑んで問いかけると、少女はぽつりと答えた。



 実は続けて問う。



「じゃあ、お父さんやお母さんは? 森ではぐれたの?」



 とにかく、この少女がどこの誰なのかをはっきりさせないと話にならない。

 それに個人的に、この少女の両親には訊きたいことが山のようにある。



 しかし、ユエはその問いを聞いた瞬間、悲しそうに眉を下げてうつむいてしまった。



「……いない。」

「え?」



 実とエーリリテの声が見事に重なる。

 ユエは首を横に振った。



「お父さん、お母さん……いない。分かんない。」



 はっきりと、少女はそう口にした。



「実……あんたって子は……」

「ええっ!? 別にこれは、俺のせいじゃ……」



 半目で呆れたようにこちらを見るエーリリテに、実は慌てて両手を振る。



 そんな目で見られても、別に故意があってこうなったわけではないのだ。

 会った瞬間に倒れた子供の身の上など、分かるはずもないではないか。



 だが、現実は変えようもなく……





(どうやら俺は……また自分から、厄介事を引き込んじゃったみたい……)




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