第1章 見えない鎖

襲い来る寒さと絶望

(寒いなぁ……)



 薄暗い森の中を、必死に歩く。



 ここはどこなのだろう。

 どこを向いても同じ景色ばかりで、どのくらい進んだのかも分からない。



 急に連れ出されたと思ったら、ここで置いていかれた。

 それからはずっと、一人でここにいる。



(私、捨てられたのかな……)



 多分、そうだと思う。



 ここに自分を連れてきた人は、後でまた迎えに来るから、大人しくしてろって言っていた。



 だけど、そんなものが来るはずないと、頭のどこかで知っていた。



 きっと迎えは来ない。

 自分は、もうたった一人ぼっちだ。



 あてもなく歩き続ける。



 静かな森は、歩く音や荒くなっていく呼吸の音まで、一つの物音も漏らさずに耳に届けてくるばかり。



「………っ」



 時おり吹き抜ける風に、体が震える。



 ここ最近、思い切り寒くなった。

 この格好では、寒さが身にみる。



 立ち止まっては辺りを見回して、なんの根拠もなく歩く。



 意味はなかったけど、止まっていたくなかった。

 立ち止まってしまったら、考えたくないことを考えてしまう。



 捨てられたのだと実感してしまう。

 分かっているのに、やっぱり分かりたくなかった。



 だから歩いた。

 だけど……



「うぅ……」



 足が痛くなって、とうとう座り込んでしまう。



 もう歩けない。

 一度座ってしまったせいで、立つこともできない。



 まるで、地面の土に気力も体力も吸われていくみたいだ。

 体の芯が寒くて、感覚がにぶっていって、ひたすらに眠い。



(もうだめかな……)



 一体何がだめなのか分からないけど、そう思った。



 ガサガサガサッ



 ふいに揺れた、近くの茂み。



 動くのも億劫おっくうな首を回すと、ちょうどその茂みから何かが飛び出して、あっという間に目の前を通り過ぎていった。



 でも、速すぎて何がなんだか分からなかった。



「こらーっ!」



 すぐ後にそんな声がして、また茂みが揺れる。

 今度は人だと、ちゃんと分かった。





 ぼやける視界の中で見たその人は、とても綺麗だったように思う。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る