第81話 なぜかご立腹

 その瞬間、騒々しかった周囲の雑音の殆どが消え去り、水を打ったように静まり返る。


 唯一聞こえてくるのは車の音と、風の音、そしてその風により揺れる木の音くらいである。


 それこそ目を瞑れば、今この場所には俺と麗華しかいないんじゃなかろうかと錯覚してしまいそうなくらいには人の声が一切聞こえない。


「これで良いか?」


 正直な話を言うと好きな女性とのキスなんか産まれてこのかたした事が無かった為俺自身かなり興奮しており、それこそ嬉しさを爆発させて走り回りたいほどなのだが、流石にそんな姿を好きな女性に見られたくないし、キス一つで一喜一憂する男性と見られるのもなんだか男としてのプライドが傷ついてしまいそうな為、俺は至って冷静だという演技をしながら麗華へ話しかける。


 しかしながら麗華は未だに顔を真っ赤にしてフリーズしており、俺の返事が返ってくる気配が全くしない。


 そして、顔を真っ赤にした状態で数秒間フリーしたあと、小さくコクリと俺の腕の中で麗華は頷くではないか。


 なんだこの可愛い生き物は?


 そして少ししてから周囲の時間も動き始めたらしく阿鼻叫喚の絶叫が聞こえてくる。


 その周囲の反応から、間違いなくこれからの学校生活は大変になるぞというのが想像できるのだが、そうなる事は分かり切っており、大変な学園生活を送る事などキスをする前に既に覚悟はできているし、出来ていなければ手を繋いで登校なんかしないし、登校中の学生がいる前で見せつけるかのように麗華を抱きしめてキスなんかしない。


 さぁ、これから野次馬だった者たちが俺たちへ何人かが突撃しにくるだろうから大変になるぞと身構えていると、やはりというかなんというか一人こちらへ向かってくる人影が目に入ってくる。


 しかしながら俺はその人影の姿を見て、思わず息が詰まってしまう。


「祐也……一体こんな所で何をしているの?」

「え? いや、まぁ……確かに人目が多い場所でするのはマナー的に見ればキスをするのはダメだよな? 次からは気をつけるよ」

「違うっ! そうじゃないでしょっ!?」


 そして、俺の元へときた人物は、少し前にこの俺の告白を断った朝比奈裕子であり、なぜかご立腹のようである。


 なんでキレているのか分からないのだが、考えうる理由としては公衆の面前でキスをした事くらいしか思いつかないため、素直にそのことを謝罪するのだがどうやら違ったようである。


 正直言ってそれじゃなければ何で俺が怒られているのかマジで意味が分からない。

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